悲恋っていいよね。

 自分には、関係ないものだと思っていた。私は病気なんてかからなくて、事故にも合わなくて、順風満帆に寿命を終えるものだと思っていた。今となっては、なんでそんなことを考えていたのか、と思う。

 背中を押される感触。落ちるのは一瞬で。何かを考える暇もなく、水面にたたきつけられた。漫画とかでよく見る、時間がゆっくり流れていくような感覚なんてみじんもなくて。ただ、目の前に水面が迫ってきた。そう思ったのも、自分の幻想かもしれないが。私の意識は、水面にたたきつけられた時点で消えた。

 思い残すこと。大学生の私にとって、まだ出していない課題や、出席しなきゃいけない授業がたくさんあったこと。まあ、真っ先にそれが浮かんでしまうことが少し悲しかったりするけど。まあ、もうどう頑張ったって、どうにもならない。提出期限には到底間に合わないだろうし、授業だって、受けられたものじゃない。もう、自分の体は自分のものではないことをうすうす気づいている。

 やっぱり、少し気になってしまうことがもう一つある。なんでこんな時にって思うかもしれないが、いや、こんな時だからこそなのだろうか。自分が自由落下した場所。ここはデートスポット。自分はデートしていたはずなのだ。片思いの人と。ここまでこぎつけるのに、どれだけ勇気を振り絞ったことか。こんなことなら、勇気なんてなければよかったのに。いや、死ぬ前にいい思い出ができたと喜ぶべきなのか。でもやっぱり、慣れないことをするのはやめておいた方がいいなあ。片思いの人に迷惑をかけてしまったじゃないか。

 やだなあ。このまま終わるのか。恋人っぽいことなんて、何も起こらない人生だった。せめて、片思いの人に思いを伝えて、少しでも興味を持ってもらえたら、少しは浮かばれたかもしれない。

 未練たらたらだなあ。


 どこに行ったんだろう。少し席を外していた時間でどこかに行ってしまった。欄干に人が集まっている。ここは夜景がきれいだから、君も喜んでいた。

―今どこにいる?

 メッセージを送ったけど返ってこない。もしかして、何かやらかしたかな。怒って帰っちゃったとか…。いや、でもここを離れる前にはそんな様子はなかったし、たぶん怒る前に僕に言ってくれると思うけど。

 青ざめた顔をして人々が帰っていく。スマホで下を撮っている。少し気になって欄干に寄ってみる。

―人が落ちたって。

 え。思考が止まる。違うはずだと思いたい。違う。こんなの違う。デートを誘うのは君からだったから、今度は僕が勇気を出そうと思ったのに。

 下に向かいながら、後悔がめぐる。もっとはやく、僕が戻っていれば。いや、そもそももっと早く僕が思いを伝えていれば、こんなことにはならなかったのか。臆病な僕を恨む。


今日はデート日和。夜景もきれいに見える。


僕は君のことが好きでした。

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百瀬ひなたの妄想 Scent of moon @twomoons

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