第13話 約束

「はああッ!!」


 握っている剣を振り抜き、目の前の魔物を切り裂いた。襲ってきたゴブリンの首を切り飛ばし飛び散る血が僕の顔に付着する。生暖かい血が顔につき異臭がするため吐き気がする。もう何度吐いたか分からない。でも初めてゴブリンの命を奪う時は本当に大変だった。手が触れえ、襲ってくるゴブリンの攻撃を受けてしまい、マイトさんに助けられた。


「こりゃ少し予定変更するか」


 その一言で始まった特訓だ。特訓と言ってもただひたすら魔物を倒すというだけだ。ただし魔法は使っちゃだめ。魔力強化はありという内容だ。ようは殺すことに慣れろという事らしい。そのため、帝都を出て、マロリヤ大陸についてから首都ネロアを目指しながらひたすら魔物を倒し続けた。


「流石に慣れたか?」

「はあ、はあ、どうでしょうか」

「――まだみたいだな。必要以上に力んでいるし、身体を強化している魔力量も必要以上に多く使っている。お前の力量なら今の4分の1程度の魔力量で大丈夫だ」


 使う魔力が多いというのは何となく自分でも分かる。最初は命を奪う事を躊躇っていた。でも次は自分の命を奪おうとしてくる生き物と対峙するのが怖く必要以上に力を込めているんだろう。



「魔物相手にそれだと魔人相手だとどうなるか分からんぞ」



 マイトさんのその言葉は僕の心を大きく搔き乱した。ずっとどこかで考えていて、それでも考えないようにしていた事。




 僕は魔人と命のやり取りを出来るのか。




「マイトさん。――魔人ってそんなに人間と似ているんですか?」

「ん? ああそうだよな、見た事ないか。魔人の見た目はほとんど人間と大差ない。肌が褐色系で耳が少し長いくらいだな。言葉だって話すし、生活だってしている。俺たちと大差ない」


 言葉が出なかった。てっきりもっと悪魔みたいな見た目をしていて人を虐殺しているような連中なのかと思ってた。


「そ、それは……何で人間と争ってるんですか……言葉が通じるなら話し合いだって――」

「無理だ」


 僕の言葉にかぶせるようにマイトさんは零した。


「……無理なんだよ。この世界の歴史は人間と魔人の争いの歴史だ。今でこそ人間側が有利になっているが、数百年前は立場が逆だったんだ。人間は虐げられ魔人が統べる世界だった。そんな中で誕生した勇者が人間の中で立ち上がり魔人たちと戦った。そうして勝ったり負けたりを繰り返しながら俺たちはずっと生きてるんだ。考えてみろ、今まで暴力で支配していて同じ種族もほとんどが死んで、住む場所だって人目を避けて逃げるように生きていく連中に対して、今まで悪かったこれからは仲よくしようなんて言ってお前は仲よく出来ると思うか?」




 ――無理だ。向こうの立場なら恨みしかないはずだし、今更何を都合のいいことをとしかならない。こっちが歩み寄ろうとしてもそれは偽善的で独りよがりなものにしかならないのだろう。



「俺には分からない事情だが、お前のいた世界だとこういう殺しはやったことないのか?」

「――はい」

「そうか。この世界は人の命は軽い。魔物に殺される事だってざらだし、街の中じゃなければたとえ殺人が起きても目撃者がいなければ捕まる事だってない。そういう場所だ。だから人を殺す事を恐れるっていう事が俺たちには分からない感覚だが、せめて自分の命を守る事だけを考えろ。自分の命の重さをちゃんとわかってやれるのは自分自身なんだからな」


 

 そういって前を歩くマイトさんを見て少し苦笑いをしてしまう。この世界を守ってほしいと言われて召喚された。その意味の重さを理解したのは最近だ。最初は軽く考えてた。魔法っていう未知の力を手に入れて、頑張れば頑張る程強くなれるこの非日常に酔っていたのかもしれない。でもこうして命のやり取りをして、戦う相手の事を知って、その中で本当に僕はこの世界を守る事が出来るのだろうかと考えてしまう。だというのにマイトさんは自分の命を守るために戦えという。


(自分の命も守れないんじゃ、世界どころの話じゃないか)



 目にも見えない大きなものを守るというよりはよっぽど現実的な気がした。





 

 オグマナ共和国の首都ネロア。周囲は山岳地帯に囲まれており、そこの近くの山頂に目的の拝殿があるそうだ。ここまで来るのに既に2か月くらい経ってる。野営にも随分慣れ、帝都にいたころと比べればこの2か月で一気にこの世界に馴染んだような気がする。


「なんだか警備が多いですね」


 

 マリリダダラの山脈と呼ばれる山々の山頂にある拝殿があるのだが、道は随分整備されており、山を登る人も多い。不思議なことに軽装な人が多くとても魔物と戦うような人たちではないようだ。



「ああ。一応の警備だな。このマリリダダラは大精霊ルクスの力が働いているから魔物がいないんだ。でも山賊とかは偶に出るからな。その備えらしいぞ」


 そういわれ確かに気づく。この山に入ってから確かに魔物の気配が感じなくなった。なるほどそれだけ大精霊の力は強いって事なのか。そのまま山道を歩いていくと広い場所に出てそこに大きな拝殿があった。どこか神秘的な場所で空気も澄んでいるような気がする。多くの人が並んでおり、拝殿近くには祭服のような服装をしている人たちもいるようだ。


「あの人たちは?」

「大精霊の世話をしている連中だ。世話と言っても機嫌取りをしているだけらしいがな。ほら行くぞ」


 マイトさんの後に続いて拝殿の中に入っていく。中で祈りを捧げている人々を横目に進みながら年老いた神官のような人の所まで行く。


「どうなされましたかな」

「これを」


 懐から取り出した封筒を渡した。それを見たあの人は顔色を少しだけ変えて少々お待ち下さいと言ってその場を去っていった。


「少し待機だ。ただもうじきここの責任者が来る。そうしたらそこからはお前の仕事だぞヤマト」

「責任者ですか。ここってどこかの組織が管理しているんですか?」

「この世界にも幾つかの宗教がある。最大の宗教はラクレタ教会だ。トップの聖女様は創造主の声を聴く事が出来る貴重な存在だからな。そしてその次に大きいのがここにある精霊教会だ。そのまんま精霊を崇めている組織だな。大体各地にどこでもある。その中でもここは光の大精霊が住む場所だからそれなりに厳重ってわけだ。ほらきたぞ」


 マイトさんの視線を追っていくと綺麗な服を着た妙齢の女性が歩いてきた。てっきりもっと年配の人かと思ったけど、よく考えれば聖女様も随分若い人だったしそういうものなのだろうか。



「お待たせしました。ヤマト・クルス様というのはそちらの方でしょうか」

「は、はい。僕です」


 薄い緑色の長い髪。物腰の柔らかそうな表情をした美しい女性だった。思わず見とれてしまいそうになったので目を瞑り軽く首を振る。


「どうされました?」

「いえ。なんでもありません」

「ふふ。そうですか。私はフィオ・ゼルツシアと申します。さて、ルクス様との契約の件ですね。ではこちらへ。申し訳ありませんがここからはお1人でお願いいたしますね」


 フィオさんはマイトさんに向かってそう話すと奥へ歩いて行った。



「行ってこい。しくじるなよ」

「はい。行ってきます」


 軽く肩を叩かれ、その激励を刻むようにフィオさんの後を追った。中へ入ると物音が一気に消えたように錯覚する。長い廊下を歩く自分の足音さえも聞こえないように感じる程だ。前に進むにつれ自分の心臓が、大きく鼓動するのが分かる。緊張しているのか。




「この奥です。どうかくれぐれも失礼の無いようにお願いいたしますわ」


 

 前に進む。真っ白な空間に足を踏み入れるとそこには一人の少女がいた。随分幼い。大体7歳くらいだろうか。僕が来たのが分かったのかこちらを向いて僕の顔を見ている。



「は、初めまして。ヤマトと言います。ルクス様でしょうか」



 返事がない。どうしたもんだろうか。もっと近くに行ってもいいのかな。そう思っていると幼い声が響いた。



「お主。変わった人間じゃの」

「え、そ、そうかもしれません。元々この世界の人間じゃないので」

「ほお!」


 ルクス様がそのまま小走りでこちらに近寄ってくる。幼い外見に驚いたがなるほど確かにすさまじい魔力の持ち主のようだ。


「面白いの! 聞かせておくれ!」

「え!? あ――わかりました」


 もう展開が分からない。僕はただ聞かれたまま前の世界の事を話した。学校のこと、授業のこと、友人との遊び、部活、そして恋人の陽子の話。もうどれだけ話しただろうか。随分時間が経ったような気がする。


「うむ。面白い。面白いぞヤマト。ここ数年退屈じゃったがなるほど、オプスの言う通りじゃったか!」

「え? 誰ですかそれ」

「ぬ、知らんのか? 土の大精霊オプスじゃ。ほれお主の仲間に契約者がおるはずじゃぞ」


 仲間? ユイトさんとリコさんじゃないよな。ってことは同じ帝国の人かな。


「名前は何て言ったかの。確かユーラじゃったかな」

「ああ。ユーラさん! ここに来たんですか?」

「おお。数年前じゃがの。ワシが気に入りそうなやつがおるぞと言っておったから楽しみにしておったんじゃよ。それでヤマト。どうするワシと契約するかの?」

「は、はい! お願いします!」

「よい返事じゃ。ではお主に1つワシからの願いを聞いてもらおう」


 え、願いごと? いやでも頑張ろうここで契約しないとだめだ。


「えっとどんなお願いですか?」

「簡単じゃよ。ワシはとある人物を探しておってな。見つけたらお主にそ奴を殴り倒してほしいのじゃ」

「――は?」

「殺すのはだめじゃぞ。半殺しってやつじゃ」


 幼い少女の外見の子からすさまじい事を言われている。


「え、ちなみに理由を聞いても?」

「簡単じゃ。そやつをワシの夫にしようと思っての」

「は? え、は?」

「おぬしは見所がある。ワシの力を使いこなせるようになればあ奴なぞ一撃じゃ、一撃」


 そういってシャドーボクシングのように拳を握った手を動かしている。冗談を言っている様子はない。


「あ……あの……その人ってどこにいるんですか?」

「知らぬ。死んだ死んだと言われておるが、間違いなくあ奴は死んでおらぬ。じゃがどこにおるかわからんのじゃ。なに探せとは言わぬ。ただ見つけたらそ奴を捕まえてほしいのじゃ」


 頭が痛い。どういう話なのかさっぱり分からないけどその人探しを強要されないならまだいいのかな。


「わかりました。引き受けましょう。所でその人の名前を聞いてもいいですか?」



 もし知っている人だったらどうしよう。そう考えながらルクス様の言葉を待った。




「うむ。そうじゃな。そ奴の名前はレイド・ゲルニカ。どこにいるか分からぬが会えばすぐに分かる。頼んたぞ」



 あれ。その名前……学校の授業で習った気がするぞ。確かもう亡くなったっていう先代勇者じゃ……。なら会う事はなさそうかな。

 こうして僕は光の大精霊ルクス様と契約をした。もうすぐ誕生まであと1年を切っている。死なないように自分の命を守りながら、世界を救えるように尽力しよう。






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こちらで番外編は終了となります。

明日より本編の方を再開しますので、よろしくお願いいたします。

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混色魔力の異世界英雄 カール @calcal17

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