第12話 契約
異世界に来てから既に4年が経過した。僕たちの日常は随分大きく様変わりしている。学園で行っていた訓練は近衛兵が使う訓練場に変わった。遅れて入学した学園も卒業し今では帝国の騎士たちと一緒に訓練をするようになっている。今でも元の世界の事は思い出すが神様の言う通りであれば向こうはまだ1,2ヶ月しか経過していないのだろう。
恋人である陽子を思い出すがあと1年。もうすぐ誕生する魔王をみんなで倒し元の世界に帰る。その目標がもう目の前まで来ているのだ。だからこそ、1年後に起きる大きな戦いで死なないように必死で僕は訓練に励んでいた。
「大精霊の契約……ですか?」
「そうです。光魔法の適性があり、現在もっとも可能性があるのはヤマト、貴方です」
日課となった格闘訓練をミティスさんと続ける中でそんな事を言われた。魔法というファンタジーに染まったつまりだったけど、精霊と聞くとまたそれっぽいなと思ってしまう。
「それはどこで契約できるんですか?」
「マリリダダラの拝殿と呼ばれる場所になります。場所はここの南方にあるマロリヤ大陸です、少々魔物も多く治安も良くない場所なのですが、そこの拝殿に光の大精霊ルクスが今もおります」
「マロリヤ大陸ですか」
学園でも習ったけど、確かオグマナ共和国がある大陸だったかな。冒険者の国なんて言われるくらい冒険者の数が多い国だったはず。
「マリリダダラの拝殿の近くにある迷宮へ潜る冒険者が多いのですが、拝殿へ行く者もおります。あそこは観光地になっていますからね」
「観光地……ですか」
「はい。こちらの身分証明書と紹介状を用意します。そうすれば大精霊ルクスに会う事は可能なです」
「行くのは僕だけですか?」
「はい。実は2人も同様に各地にいる大精霊の捜索をするため国外に出る予定です。火の大精霊と水の大精霊を探すためですね」
火と水。つまりユイトさんとリコさんが契約するためって事だろうか。あれ、でもそれなら……。
「それなら僕たちじゃなくてミティスさん達が契約出来る大精霊を探した方がいいんじゃ――」
「ああ。そういえば説明していませんでしたね。私とユーラは既に大精霊と契約をしているのです。リオドに関しては闇の大精霊になるのですが、闇の大精霊の居場所はどうしても都合が悪く話し合いの結果諦めることになりました」
「え? そうなんですか」
ミティスさんとユーラさんが契約していたというのは驚きだったが、それと同時に納得もした。2人とも化け物染みた強さを持っているからだ。でもリオドさんが契約出来る闇の大精霊の都合が悪いっていうのはどういう事なんだろう。
「相変わらず顔に出やすいですね。実は闇の大精霊の居場所は分かっているのです。過去に私が任務で遭遇したことがありましたので」
「だったら――」
「場所が悪いのですよ。闇の大精霊がいるのは……魔大陸オルデナレニア。現在真祖の吸血鬼が住んでおり、1年後に魔王が誕生する予定の場所です。流石に危険を冒してまで今あの大陸へ行くのは難しいと言わざる得ません」
真祖の吸血鬼の事は知っている。授業でも習った話だし、一度だけあった勇者マイトさんが戦った相手だったはずだ。かなり強い不死身の魔人。そんな相手とさらに魔王までいるんだ。頑張ろうと思っていた心に少し影が出来る。
「心配しないでください。マイトさんから聞いた話で想像するに、勝機がないわけではありません。ヤマト、ユイト、リコの3人の力があればケスカの使徒を抑え込めるはずです。そしてケスカと魔王は私たちで何とかします。そこにさらに大精霊の力によるパワーアップが見込めればより勝機は増えていくでしょう」
ミティスさんは心強い事を言ってくれる。でもそんなにうまく行かないのは僕でも分かる。現状考えられる作戦はミティスさんの言う通り戦力を分ける形になると説明を受けている。いくら僕からすれば最強とも思えるミティスさん達でも魔王と吸血鬼を相手に戦うのはかなり不利なのは明らかだ。最初マイトさんの協力がなぜないのか疑問だったが、どうやらマイトさんの勇者の力を誰かに引き継ぐ予定なのだそうだ。そのためマイトさんの戦闘能力が大幅に落ちてしまうため、帝都の守りに配属される予定と聞いている。
ならどうするか。僕たちがやるしかない。少しでも早くケスカの使徒を倒し、ミティスさん達に加勢する。そのためにも大精霊との契約は確かに必須だと感じた。
「わかりました。行ってきます」
「ありがとうございます。もうヤマトの力なら大抵の魔物と戦ってもまず負ける事はないでしょう。本来であれば私も同行したいのですが、いくつか帝都に残り調べたいこともありますので別の人に同行をお願いしてあります」
「は、別の人ですか?」
「そうです。――ああちょうど来ましたね」
ミティスさんの視線を追うと2人組の男女がこちらに向かって歩いてきた。そのうち1人はヤマトも見覚えがある。
「……マイトさん?」
「よお。久しぶりか。今回俺が同行する。ただ魔物との戦闘は基本お前がやれ。俺は道案内や野営の手助けをするだけだ」
「は、はい。わかりました。あのそちらの方は?」
もう1人の女性は日本人のような黒髪にポニーテールをした女の子だった。マイトさんへ寄りそうようにいるところを見ると恋人だろうか。
「ああ。俺が少し遠出するからな。わざわざ見送りに来てくれたんだ。ありがとうシファニー。行ってくるよ」
「うん。気を付けてね!」
少し小柄でスレンダーな女性だが幸せそうだ。その2人の光景を見ているとやはり向こうの世界に置いてきてしまった陽子を思い出す。頑張ろう――そう心の中でつぶやいた。
「では、マイトさん。ヤマトをよろしくお願いいたしますね」
「ああ。任せてくれ。じゃあな」
そうして僕はマイトさんと一緒に初めて帝都の外へ出る事になった。
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