第3話
「もしもし、一樹君?」
「……え?」
気がつくと、俺は教室に居た。
そして、目の前には神凪さんが座っている。
「ぼーっとしているみたいだけど、大丈夫? 具合が悪いのなら、もう帰って休んだ方がいいわ」
「い、いや……そういう訳じゃなくて、おかしな夢を見てたんだ」
「一樹君、ずっと起きてたわよ?」
不思議そうに首を傾げる神凪さん。
「そうだったっけ……?」
何にせよ、俺が夢を見ていたことは事実だ。
エイリアンやら女神やらが出てくる、荒唐無稽かつ支離滅裂な悪夢だった。
「ちなみに、どんな夢を見たの? 気になるわ」
興味津々といった様子で問いかけてくる神凪さん。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「大丈夫。私は夢の内容で怒ったりしないわ」
神凪さんは優しくそう言った後、小声で「たぶん」と付け足した。
「……神凪さんにエイリアンが寄生してて、そいつが俺のこと殺す夢」
俺が一息で話すと、神凪さんは黙って俯く。
やっぱり怒らせてしまったのだろうか?
「ご、ごめん。けど俺だって見たくてこんな夢を見た訳じゃ――「どうして?」
突然、顔を上げて俺のことを睨みつける神凪さん。
「あ……」
その姿を見て、先程までの出来事が夢ではないと確信した時にはすでに遅かった。
「――どうして知ってるの?」
そんな問いかけと共に彼女の腹部が突き破られ、中からエイリアンが飛び出して来る。
「キシャアアアアアアアアアアアアッ!」
「ぎゃあああああ――」
こうして、俺の首は再びエイリアンによって切り落とされ、教室の床へ転がるのだった。
*
「もしもし、一樹君?」
「ああああああああああッ!」
「ひっ」
「あ……?」
気がつくと、俺はまた放課後の教室に居た。
そして、目の前には神凪さんが座っている。
「い、いきなり叫び出してどうしたの一樹君……? だ、大丈夫?」
神凪さんは、怯えた目で俺のことを見つめていた。
「ご、ごめん」
「な、何か悩みごと? 私で良ければ相談に乗るけど」
「いや、気にしないで」
「そう言われると、とんでもなく気になるわ……」
ソワソワしながら呟く神凪さん。
もはや、今までの出来事が夢などではないことは、明らかだった。
となるとつまり、あの女神の話を信じるのならば、世界を救う為には神凪さんに告白して、OKの返事を貰う必要がある。
「……どう考えても無理だろ」
おまけにあの説明を聞く限りだと、もし仮にそれが成功したとしても、神凪さんの中にはエイリアンが残ったままなんじゃないだろうか?
(はい、その通りです。しかし、悪さをすることは無くなりますし、神凪琴弓もエイリアンの影響下から解放されます)
「わぁっ?!」
すると突然、脳内に直接先ほどの女神の声が響いて来た。
(これが……最後の通信です。下等生物の少年よ……勇気を振り絞り、告白を成功させて人類を救うのです……!)
「そ、そんなこと言われても!」
(言い忘れていましたが……告白に成功しない限り……あなたは私の力によって何度も蘇り……永遠にこの放課後をループし続けます……逃げられませんよ……)
「おい!」
(あ、通信が)
頭の中に響いていた女神の声は、そこでぴたりと止んだ。
「切り方がわざとらし過ぎるぞ!」
「ほ、本当に大丈夫なの一樹君……?」
その時、神凪さんが椅子から少しだけ腰を浮かせながら言った。
さっきから俺が叫んだりぶつぶつと呟いたりしているせいで、完全に怯えきっている。
「一樹君……何か変よ……! まるで一樹君じゃないみたい……!」
「エイリアンに寄生されて、おまけに操られてる神凪さんにだけは言われたくないな」
「どうして?」
「あ」
いけない。思わずツッコミを入れてしまった。
「キシャアアアアアアアアアアアアッ!」
「ぎゃあああああああああああああッ!」
後悔した時にはすでに遅く、俺の頭はまたまた胴体とサヨナラしたのだった。
*
「もしもし、一樹君?」
「…………」
「顔色が悪いみたいだけど……大丈夫……?」
「どちらかと言えば……駄目かもしれない」
俺はそのまま机に突っ伏した。
「そ、それは大変だわ! 具合が悪いならすぐ保健室に――で、でも、保健の先生ってこの時間まで残っているのかしら?」
慌てふためいている様子の神凪さん。
そこまで俺を気遣ってくれるだなんて、やっぱりとても優しい人なんだな。
「いや、保健室に行かなくても大丈夫。少し精神的に疲れただけだから……」
「……ごめんなさい、一樹君」
「どうして神凪さんが謝るんだ? 別に、神凪さんのせいじゃ……」
……無いこともないな。むしろ、俺の具合が悪いのは明確に神凪さんのせいだ。
「一樹君は自分から進んで実行委員になったわけじゃないのに、私が仕事を押し付けすぎてしまったみたい。だから……無理させてごめんなさい、一樹君……」
そういって項垂れる神凪さん。
彼女の言葉を否定しようかとも思ったが、いっそその罪悪感を利用してしまうのも有りかもしれない。
どうせ失敗したら全部無かったことになるんだし、物は試しだ。
「悪いと思ってるならさ」
「……え?」
「俺と……その、付き合ってよ。そうしないと人類が滅亡するし、俺もこの放課後から抜け出せないんだ。何言ってるのか分からないと思うけど」
「一樹君……」
神凪さんは、きょとんとした顔で俺の方を見た。
「……そういうの、最低だと思う。人の弱みにつけ込んで、おまけに意味の分からない言い訳で逃げたりしないで」
「………………」
「見損なったわ。あなたの事……そんな人だと思ってなかった」
「……あはは」
――ふと気がつくと、俺の首はまたまた床に転がっていた。
*
「もしもし、一樹君?」
「ごめんなさい」
次に意識を取り戻した時、俺は咄嗟に神凪さんへ謝った。
「謝らなくていいから、言いたいことがあるのなら言って」
「………………」
「一樹君、ずっと私に何か言いたそうにしてるでしょ?」
「………………」
すると神凪さんは、何だか少し前に聞いたような返事をしてくる。
「……でも、文化祭と関係ないことだし」
俺は、無意識にあの時と同じような言葉を返した。
「何だっていいわ。思わせぶりな態度を取られると、私の方も気になって話し合いどころではなくなってしまうの」
「…………」
神凪さんのこの言葉。まるで告白でも待っているみたいな感じだな。
そんな思い上がりも甚だしい妄想をするくらいには、俺の頭もおかしくなっていた。
エイリアンに頭を落とされすぎたせいだ。
「………………」
――そもそも、夏休み前の神凪さんは本当に左利きだったのだろうか?
他人に興味がない俺が、どうしてそんなことを知っている?
神凪さんの名前をちゃんと覚えたのだって、文化祭の実行委員になってからだ。
ただ、神凪さんは何となくミステリアスな感じがするから、きっと利き手も珍しい左利きだろうと、偏見で決めつけていただけのような気がする。
とにかく、俺は神凪さんのことを何も知らない。
ずっと一緒に文化祭の準備を進めて来たのに、知ろうとしなかった。
学校一の美少女で真面目な優等生というキャラクターに当てはめて、色眼鏡で彼女のことを見ていた。
「一樹君?」
その時、神凪さんが俺の名前を呼ぶ。
「神凪さん」
俺は椅子から立ち上がった。
自分でも分かっていなかったけど、俺はもっと神凪さんのことを知りたいらしい。
「ええと……何かしら?」
正直、人類の危機とかもうどうでもいい。
「……好きです。俺と……付き合ってください」
俺は、意を決して神凪さんに告白する。
あまりの恥ずかしさに「断られて人類が滅びるなら、それもアリかな」と一瞬だけ思った。
「………………!」
あまりにも長いこと返事が無かったので気になって、ふと神凪さんの顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「あ、えっと……一樹君……わ、わたしのことが……す、好きなの……?! ほ、ほんとに……? わ、私でいいの?」
「神凪さんじゃないと駄目です」
「…………!」
思ったより焦っている感じの神凪さん。いつもの様子からは想像できない。
「そ、その……えっと……よ、よろしくお願いしますっ!」
そう言って、神凪さんは俺の手を取る。彼女の手は、汗で少しだけじっとりとしていた。
「わ、私も一樹君のことが好きですっ!」
驚いたことに、神凪さんも俺のことが好きだったらしい。
――なんだ。こんなに簡単なことだったのか。
「一樹君、無理やり実行委員にされたのに、文句も言わないで私より頑張ってくれて、えっと……そんな所が良いなって、思ってましたっ!」
「…………そうだったけ?」
「一樹君、夏休みが明けてからすごく変わったわよね! 別人みたいに! きっと、成長したのだと思うわ!」
「嘘だろ……?」
とにかく、こうして人類は救われ、俺は学校一の美少女と付き合うことになったのだった。
〜Happy end〜
……だけどそもそも、俺が見たあれは本当に現実の出来事だったのだろうか?
もしかすると、神凪さんが告白を待っているという事実から目を逸らす為に、都合の良い現実逃避をしていただけなのかもしれない。
きっとそうなのだろう。
だから、もうあんな事は忘れてしまおう。
――記憶改変完了。
神凪さんのお腹には生命体が潜んでいる~告白に成功しないと人類滅亡~ おさない @noragame1118
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