第4話 卵から生まれた鳥たちと太陽

   ドラゴンが大きく描かれた手作りのエプロンをして俺は調理実習の準備をしていた。

 調理室は白を基調としたもの教壇の前には教師用の調理台とホワイトボードそれに冷蔵庫ある。それぞれの調理台には銀色のシンクとIHヒーターとオーブンが備え付けられている。


今日の料理は四人一組でそれぞれ食材を持ち寄り、オムライスを作る。それでは俺以外のメンバーを紹介しよう!


 一人目は俺に気のある転校生、葛葉花音。食材の量が実にアメリカンだ。アルバイトはフードファイターかな? 彼女のエプロンは、市販のもので四葉のクローバーが散りばめられたレモン色のかわいいものだ。

「そのエプロン、かわいいし似合ってるよ」

「ありがとう!クロウ君、私と一緒に食べたい?」

「まぁどっちしろ、一緒には食べるだろうけど」

 完成したら班ごとに食べるしな。葛葉さんの場合、別の意味が込められてそうだ。


 では気を取り直して二人目は、俺をからかうことが唯一の生きがい。雀野日和。下剤を盛られないか心配だ。エプロンは茶色の無地。以上!

「何か失礼な事思ってない?」

「そんな事ないって、いつも通りだから」

「本当に?」

 三人目は俺に懐いている、小鳥遊葵たかなしあおい妹の友達でイラストレーター志望。白髪ショートで肌も白色。目は水色。体はスレンダー美少女。背丈は俺の胸あたりまで。雀野よりこの子の方が病弱に見える。

 小鳥遊のエプロンは淡い水色に胸元にはかわいらしいペンギンの絵が描かれているものだ。

「よろしくね。烏間君」

 小さくて、かわいらしい声で話しかけてくる。

「お前だけが頼りだ。残りの三人はまともな料理ができそうにない」

「それには烏間君も入ってるの?」

「俺が料理男子に見えるか?」

「それはなんとも……」

 二人からの不服と言わんばかりの視線が送られてくる。そんなのは、よそに俺は先生の元へ向かった。

「どうしたの。カラス君」

「みんな揃ってそのあだ名で呼んでくれますけど、もうツッコミませんからね」

「あらっそう。それでどうしたの。カラス君?」

「……なんでうちの班だけ男子が俺一人なんですか?」

「嫌だった?」

「嫌じゃないですけど、料理に愛情よりも殺意を込められそうで怖いです」

 今だって男子から強烈な殺意を注がれている。

「だってあの子たちみんな、カラス君と一緒の班になりたいって言うんだもん」

「先生、思春期男子に向かって、そういう事を軽々しく言わないでください」

 なんだよあいつら俺の事大好きかよ! それとも他に友達がいないのか? とてもそんな風には見えないが、男子からのあの熱烈な殺意は、三人の人気があってこそだと思うし。


 そんなわけでなにかと事情がありそうな調理実習は始まった。正直オムライスの作り方なんて、さっぱり分からない。

 とりあえず俺と小鳥遊がチキンライス。雀野と葛葉さんが卵の部分を作ることになった。卵の部分の正式名称を知っている奴がいたら教えてくれ。


 ここからは俺の勝手な料理が下手なイメージ。これさえ踏まなければ、俺の胃袋は掴める。

 料理が下手な人の特徴。その一。米研ぎが雑。

 ここは俺でもできる。というよりここしか得意なところがない!

「ご飯は事前に炊いてあるから大丈夫だよ」

「俺の存在意義が失われました」

「きっと他にもできることがあるから大丈夫だよ」

 そう言って小鳥遊は励ましてくれた。

 よく考えたら他のメニューがあるならともかく、今回の調理実習のメニューはオムライスのみ、もしご飯を炊いていなければ、調理の大半が米炊きで、キャンプと変わらない。林間学校じゃないんだから。

「そんなこと言わないで、私も料理下手だから、手伝ってくれると嬉しいな」

「まぁお手柔らかにお願いします」

「こちらこそ」

 なんとなくお互い礼をする。

「さて、俺が鶏肉を一口サイズくらいに切るから、小鳥遊は、玉ねぎをみじん切りにしてくれ」

 自分の名前のせいで、鶏肉を切ることに多少の抵抗はあるけど、例え玉ねぎであっても、人に涙は見せたくない! とういのは建前で、本当は小鳥遊の泣いている姿が見たい! そんな正気を疑ってしまいそうな理由が本音だ。

「ねぇ烏間君、みじん切りってどうやるの」

「それは俺も知らない」

 料理が下手な人の特徴その二。切り方を知らない。

 基本、縦、横、斜めにしか切れないし、サイズもバラバラ。名前が付いている切り方なんて、剣士の必殺技と同じ感覚である。何より小さいものは怖くて切れない。

 いざとなったら手で千切るか、それもダメならいっそのこと、丸ごと使うという手もある。


 すると雀野がやってきて包丁を持った小鳥遊の手に自分の手を添える。なにこれ、姉妹でお料理教室にでも来たのかな。

「みじん切りはこうするんだよ」

 雀野の声がいつにも増して、艶っぽく聞こえる。

「雀野そんな声出せたのか」

「あなたをみじん切りしてあげましょうか?」

 もうそのドスの聞いた声で切り掛かってるんですけど。

「カニバリズムは勘弁してください」

「あなたはカラスだから、カニバリズムには含まれません」

「その理論だと、お前もスズメだからカニバリズムには含まれないぞ」

 ごほんっ!そう言ったところで先生が咳払いをした。調理実習中にカニバリズム話をするなんて正気じゃないと思われたんだろう。

「あの日和ちゃん、このあとどうするの?」

「えっと、このあとはねぇ、あっちゃんと猫の手にしないとダメだよ」

「にゃあ」

 その時、その場にいた人全員が小鳥遊の方を向いた。そして各々、やべぇ、超かわいい。マジ天使など語彙力を全く感じさせない言葉が出てくる。鶴の一声ならぬ猫の一声で、彼女はその場を支配下に置いたのだ。

「ニャー!」

「どうした雀野、急に変な声出して……」

 瞬間、猫パンチというにはあまりにも強烈な一撃が俺の腹を襲った。胃袋を掴むってそういうことじゃないのよ。

「私と碧どっちがかわいいか言ってみなさい」

「それはもう、野良猫と家猫くらいの違いがあるとしか言えない」

「どういう意味だ。こら!」

「別にどっちがなんの猫か。なんて言ってないだろう」

 すると、先生がおもむろに、パン、パンッと、手を二回叩く。

「そこの二人、戯れあってないで、真面目に取り組みなさい」

「先生にはこれが戯れあっているように見えるんですか?」

「はい、それから葛葉さんと小鳥遊さんが困った顔であなた達を見ていますよ」


 二人ともダンボール入れられた捨て猫のような顔になって俺達を見ていた。小鳥遊は、まだ玉ねぎを一つも切っていないのに涙目になっているし。

「あっごめんね。葵、目を刺激しないために良かったら私のメガネかけてみて」

 声色がお母さんが電話に出た時くらい違うぞ。

「こうかな。どう似合う? 烏間君」

「なんでカラスになんか聞くの」

 もう雀野は何なの声優にでもなりたいのか。そしてなぜ機嫌悪くした。俺もびっくりしたけどさ。

「そうだな。幼い子が大人になろうと、おしゃれしてきました。って感じだな」

「それって褒めてるの?」

「似合ってるぞ」

 小鳥遊は下を向いて、はにかんだ。

「私よりも?」

「雀野、これ以上出しゃばると、嫌われるぞ」

「どうなの?」

 ちょっと圧がやばいんですけど。

「そりゃあ元々雀野メガネだし。今回はその新鮮さも相まってということで。はいっこの話はここでおしまい!」


 さて俺は向かいにいる葛葉さんの方を見る。さぞ、寂しがっていることだろう。この状況明らかに葛葉さんだけ仲間外れだし。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 彼女の手元にはありとあらゆる卵料理が並んでいた、目玉焼き、卵焼き、だし巻き卵にスクランブルエッグ、オムレツ、卵かけご飯は、もはや料理じゃないか。俺には卵焼きとだし巻き卵の違うはよく分からないが、だし巻き卵の方が好きだ。

「すごいな葛葉さん。これ全部一人で作ったのか」

「うん!」

 うわっ眩し、大陽かよ! なんか急に自分が虚しく思えてきた。

 

  やっぱり葛葉さん絡みづらいなぁ。 何をどうすれば良いのか分からなくなる。まだ彼女のことを何も知らないからなのか。調子が狂う。

「ねぇ烏間君、次はどうしたら良い」

「あっえっと、フライパンにバターを塗ってから玉ねぎと鶏肉を炒めて、それで……」

「……レシピ覚えてるんだね」

 気遣わせちまったな。

「それで玉ねぎが飴色になってきたタイミングでご飯を入れてウスターソースと醤油、そしてケチャップを加えると良いよ」

「葛葉さんありがとう。ねぇ烏間くん聞いてる?」

「おうっ聞いてるぞ。小鳥遊」

 いつの間にか四人全員こちら側に集まって少しだけ窮屈なってしまった。

 キーンコーン、カーンコーン

 そんなまだ懐かしいと言える年齢でもないのに、この妙な胸焼けから解放してくれるメロディーに救われた。

「それじゃあ休憩しましょうか」

「ちょっと先生、私達、今ちょうどフラパン使い始めたところなのに、このままじゃ焦げちゃいますよ!」

「それは雀野さん達が騒いでたからでしょう。もうみんな作り終わってるわよ」

「そんなバカな⁉︎」

「ですから、あなた達は休憩時間なしです!」

「そんなの横暴だ! 教育委員会に訴えてやる!」

「何とでも言ってなさい」

「先生トイレ!」

「先生はトイレではありませんって、今は休憩時間だから自由に行って良いですよ。虎上君」

「ありがとうございます。ほら一緒に行こうぜ。陵」

「おう!」

「あんた達は女子か!」

「君は女子じゃないのかい。雀野君!」

「うるせぇ、虎上ちゃん」


 そんなやりとりの俺達は調理室室を一旦、あとにした。

 階段横に設置してある自販機で緑茶を買ってからベンチに腰をかける。

「いやぁ正直助かったよ」

「どうしたんだよ急に、お前ってそんなにウブい奴だっけ?」

「あぁ、まぁその葛葉さんが俺に好意を持ってくれてるのは嬉しい」

「まさか愛が重いとか」

「いや、なんか波長が合わないんだ」

 広輝はしばらく考え込む。

「お前って唐突に沈む時あるよな」

「何だよそれ」

「お前が巴に振られた時もそんな感じだったぞ」

「いやっあれはその……」

「おいおい、そこはツッコんでくれよ」

「んっあぁそうだな」

「キレがねぇぞ。キレが、ったくさっきのやり取りだって本当は陵が裁くべき所だろう」

「そうなのか?」

「そうだよ。雀野は本来ボケなんだから」

「それ、本人に言っとくから」

「やめて、俺が殴られるから」

 人が落ち込んでる時に何の話をしているんだ。俺もどうして沈んでるんだ。

「だからさ。葛葉さんみたいなタイプは初めてなんだよ」

「そこまでたくさんの女子の関わったことないだろう。陵」

「うるせぇ女たらし」

 すると、さも昔の思い出を振り返って思いだし笑いでもするように広輝は吹き出す。笑い事で済ますなよ。

「葛葉さんがどういうタイプなのか何となく想像付くけど、確かに陵とは合わなそうだな」

「そこまでハッキリ言われるといっそのこと清々しいな」

 やべぇ、ちょっと胸がざわついた。嫌な気分になったのかな。心臓の鼓動が恋の足音みたいなってやがる。久しぶりだなこの感覚。

「でも時間はかかっても良いから、仲良くしてやれよ」

「もちろん!」

 きっと怯えていたんだろう。彼女の俺に対する愛情の大きさにその出所も分からない上に俺はそれだけのものを受け入れる器を持っていない。だから気圧されたんだ。

「なぁ陵、もうトイレに行っても良いか。そろそろ我慢の限界なんだが……」

「マジでトイレに行きたかったのかよ!」


 調理室に戻ると。いかにもギャルギャルした女子が広輝に声をかける。こういう子って、つい警戒しちゃうけど話してみると。わりと良い子だったりするんだよな。

「ねぇとらっち、美兎みうちゃんがフライパン重たいから持ってくれだって」

「分かったぁ」

 そう言って広輝は自分の班へ戻っていく。


 俺の班はというと明らかに落ち込んでいた。。今度はお前らかよ。よしっトイレにでも連れて行くか。

「どうしたんだよお前ら」

「ごめん、チキンライスを焦がしちゃった……」

 それはもうおこげとか、そういう香ばしいものではなく、ダークマター並みに黒焦げである。

「小鳥遊って冗談抜きで料理下手だったんだな」

「だからそう言ったでしょう」

「いやっここまでとは聞いてねぇよ」


「ちょっと美兎ちゃん、陵のことばかり見てないでフライパンの中身に集中しないと、あぁなっちゃうよ」

「別に私は見てないから!」

 なんか向こうで騒いでるな。って広輝の野郎、女の子と一緒にフライパン持ってやがる!

「烏間君これからどうしたら良いかな」

「んっそうだな。まずこのダークマターは小鳥遊が責任持って食べろ」

「うぐっ!やっぱり」

「雀野は、いつも世話になってる保健室の先生にご馳走して来い」

「えっ何で⁉︎」

「お前がいると面倒くさいからだ」

「えぇ!ひどい!」

「良いからさっさと行け」

「寝込んでやる!」

「どんな捨てセリフだよ」

 雀野は彼氏に突然振られてしまった時のように走り去っていた。でもこれでよし、俺は絡みやすい雀野にいつも甘えてしまう。こうすることで自分に逃げ場を無くす。

「烏間君、これ、苦いしなんか砂利を食べてる気分」

「誰もダークマターの食レポなんぞ望んでない!」

「……ねぇクロウ君、私は何をすれば……」

「……? 花音かのんはチキンライスを作り直してくれ。お前ならできるだろう。俺はその間、花音が作ってくれた卵料理を全部食う」

「ずるい私も食べたい」

「それ全部食べ終わったらな」

「分かった!ってさっき花音ちゃんのこと名前で呼んでたよね。私も名前で呼んでほしい」

「料理が上手くなったらな」

「私、がんばるね」

「小鳥遊、がんばれ」


「陵の奴無理やり距離を詰めに行きやがった。ってか何かあったのか? 特に葛葉さん」

「あぁ何か、カラスたちの帰りが遅いからって狐ちゃんが迎えに行ったんだけど、すぐに帰ってきちゃってそれからずっとあんな感じ」

「その狐ちゃんっていうのは葛葉さんのことか」

「そっ! 葛の葉姫って狐の妖怪いるっしょ。だから狐ちゃん」

「お前ってギャルの割に博識だよな」

「あぁそれっ! ギャルへの偏見だかんね」

「悪かったって、それと葛葉さんが落ち込んでるの、俺が原因かもしれない」

「どゆこと?」

「実は――」


 勢いで、花音って名前で呼んじゃったけど大丈夫だよな。 

「てかこれうま⁉︎ だし巻き卵最高!」

「本当に……?」

「あぁもちろん。何より、家族やお店以外で食べると、何かこういつもと違う趣きがあるっていうか」


「前々から思ってたが、あいつの言葉選びって絶妙だよな。いつもあんな感じなのか。ヒロ」

「言われてみればそうかもな。だからこそ葛葉さんみたいにストレートな言い回しされると、余計戸惑うのかも」

「あれは、誰でも戸惑うって、ったく相変わらずおちゃらけてんだが、真剣なんだか、分からねえ奴だな」

「そういえばこの前、陵がお前らのこと窓際族とか言ってだぞ」

「ぷっ! それ絶対あたしらが、いつも窓際でだべってるからでしょう」

「くそっ皮肉りやがって、あいつ俺らに何か恨みでもあんのかよ」

「別にないと思うぞ」


「はっぶっしゅ!」

「クロウ君大丈夫、風邪?」

「いやっ大丈夫。誰か噂してんのかな?」

 そんなこんなでオムライス無事完成。

 あっダークマターは小鳥遊が責任持って美味しくいただきましたとさ。


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