俺《クズ》が彼女《ヤンデレ》に喰われたわけ

甘桜歓喜

俺《クズ》が彼女《ヤンデレ》に喰われたわけ

俺の名前は成田。


下の名前は嫌いで、基本的に名乗らないようにしている。



仕事も趣味も特になく。毎日コンビニでアルバイトをし、賃貸のマンションで細々と暮らす、しがないフリーターだ。



幼い頃からテキトーに生きてきたつけが回ってきたのか、今みたいなクソな暮らしになった。



今の生活を自分で選んだわけだが、当然ながらそれを気に入っているわけではない。



抜け出せるのなら今すぐにでも抜け出したい。



かといって就活する気はない。



必要な金は仕送りでどうにかなっているが、その生命線もいつまで持つかは分からない。



ある日俺は散歩に出かけることにした。



理由は特にないが、強いて言うならば気分転換と現実逃避だろう。



街中の喧噪は、常に俺の存在をかき消すかのように騒がしい。



俺という存在を無視するとは、まったく恐れ多い。



こういうことを思うのは傲慢だが、これが俺の生まれつきの性格だ。友達がいないのも、この性格のせいだろう。女子からモテなかったのは外見のせいで間違いないだろうが。



しばらく道を歩いていくと、道ばたで犬に吠えられている少年を見かけた。



少年は道の端で体育座りをしており、犬はその少年に、今にも噛みつきかからん勢いで吠えていた。



俺は近くまで行くと、その犬をつま先で蹴飛ばした。



犬は蹴られると、今度は俺に向き直り再び吠え始めたが、俺が地面を強く踏みつけるようにして威嚇をすると、悔しそうに逃げていった。



俺は僅かな達成感を覚える。



別に少年を助けるために犬を蹴った分けではない。



もともと犬は嫌いだ。



そして今は犬を蹴っても、たった今少年を助けたという前提ができあがるため、端から見て悪にならないから蹴った。



「大丈夫か?」



俺は少年に言った。

心配している風を装うことで、助けたと思わせられる。



「は、はい。……僕を助けてくれたんですね」



少年は立ち上がると、薄い笑みを浮かべて俺の目をまっすぐに見つめる。



俺は眉をひそめた。


黒い背広のような服に、黒色の半ズボンをはいていて、顔は青白く、目は鋭く大きい。


なぜか、目を大きく見開き、微笑を保っている。



不気味すぎる。



俺はすぐに行こうとする。



「待って下さい! 何かお礼をさせて下さい」



俺は足を止める。



「お礼?」



「そうです。なんでもあなたの願いを叶えてあげます」



何を言っているのかさっぱり分からなかったが、俺はとっととその少年から離れたかった。



「言っている意味が分かない。大人をからかうな」


俺がそう言い捨て、去ろうとすると、急にガクンと体が動かなくなる。



「!???」



「こんなチャンス、人生でもう二度と起こらないかも知れないんですよ」



気が付くと、少年が俺の隣に立っていた。



体が動かない……? おかしい……どうなっているんだ?



「お、おい! お前何を……」



「こんなチャンス、人生でもう二度と起こらないかも知れないんですよ」



少年は同じ事を繰り返し言った。



???…………チャンス……?


とりあえず適当な事を言った。



「じゃあ……可愛い女の子と一緒に暮らしたい」



「可愛い女の子?」



「そう。可愛くて、髪型も、身長差も、匂いも全部俺のタイプで、地味にエロくて……俺にべた惚れの女の子。一緒に同じ家で暮らせたらいいな……」



俺は勢い余って半分以上本心の望みを伝える。冷静に考えればもっとまっとうな願いはいくらでも思い付いただろうが、なぜかそういう願望がとっさに頭に浮かんだ。



「分かりました。じゃあ、明日まで待って下さい」



「……は?……おおっ」



少年が納得(?)すると、俺は急に動けるようになる。



「大丈夫です。あなたの思い描く理想像そのものを実現しますので、ご安心下さい」



俺は強い恐怖心を覚えた。少年は相変わらずまっすぐと俺を見ている。どこか俺を嘲うかのような眼差しで、薄く微笑んでいた。


俺は走って逃げ去った。


なんだったんだ? いったい……。






次の朝、俺はチャイムの音で目が覚めた。



布団から出、玄関のドアを開けると、そこには……。



「おはようございますっ! 今日からあなたと一緒に暮らす、遠藤ねなです。よろしくお願いしますっ」



「……は?」



意味が分からないまま硬直してしまう。



突然尋ねてきたのは、ピンク色の髪の色をした可愛らしい少女だった。


肌は白く、目は薄い水色をしていて、背はだいたい160センチくらいある。女子高生なのか、制服を着ている。手足はすらりと細長い。そして、ツインテールの髪を背中にかかる辺りまで伸ばしている。声は声優と勘違いしそうになるほど甘く、柔らかい。


まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような完璧で完全で完成された美少女がそこには立っていた。



まさかこれは……。



「お邪魔します」



とりあえず彼女を家に入れ、リビングで話すことにした。



「もしかして……君って、昨日俺が言った可愛い女の子……だったりする?」



「はい! そうです」



「マジか……」



まさか、昨日の少年に言った願いが本当に実現したとでも言うのか? だとすると、昨日の要望通りだとすると、彼女は俺に惚れていて、今日から俺と一緒に暮らしてくれるということになるが、まさかそんな非現実的な事が!? 



「君……本当にこれから俺と一緒に暮らしてくれるの?」



「はいっ! そうです」



と、猫のようなかわいい甘撫で声で言う。



「俺の事……好き?」



「あ、えと、それはその……」



彼女は急にあわわとせわしなく動くと、急に恥ずかしそうに視線を落とし、うんとうなずく。



このブサイクで生産性ゼロのダメ人間が好きだと? 


それも初対面でまだ少ししか会話もしていないのに? 一目惚れでもしたというのか。


冗談だろう。


これは何かのドッキリなのだろうか。



「これ、なんかの番組ですか?」



「え? ばんぐみ?」



「俺、正直顔あんまり良くないんで、テレビに映るのとか嫌なんですよね」



すると、少女は急に立ち上がり、俺の隣の椅子に腰掛け、真剣な顔でまっすぐと俺を見つめた。



「……え?」



彼女は両手を俺のあごに添えると、すっと唇を重ねてきた。



「……!」



驚きのあまり突き放そうと下が、彼女の甘い柑橘系の匂いが鼻孔をくすぐり、その柔らかすぎる唇の感触に身動きひとつ取れなくなる。



彼女は俺からゆっくりと唇を離すと、再びまっすぐと俺を見つめながら言った。



「これは嘘じゃなくて、愛情ですよ」



そう言って彼女は柔らかく微笑む。



これはドッキリじゃない!


と、結論づけるより先に、疑念を抱くこと自体が愚かのように感じられた。


俺は彼女と一緒に暮らすことにした。



「よろしくな、ねな」



「あ、え、下の名前……あ、はい……よろしくお願いします……」



彼女は頬を赤く染めると、少し目を背ける。


かわいい。



「俺の事は成田と呼んでくれ」



「わ、分かりました。成田くん……」


かわいい。



「タメ口でいいよ。これから一緒に暮らす仲なんだからさ」



「う、うん。わかった」



それから、俺はねなちゃんとおしゃべりをした。


異性と話すのは数年ぶりだが、彼女と話しているときはなぜかまったく緊張せず、彼女の目もまっすぐと見ることができた。



「ねえ成田くん。膝の上に乗ってもいい?」



「いいよ」



するとねなちゃんは俺の膝の上に腰を下ろす。彼女の太ももの感触が膝にしみこむ。


俺は無意識にそっとねなちゃんを抱きしめ、髪の匂いを嗅いだ。柑橘系の匂いが脳の奥まで浸食していく。甘い砂糖に侵されていく。



「はあ……幸せだ……」



「私も……」



「大好きだよねなちゃん」



それを聞くと、彼女は嬉しそう笑う。


それから俺はねなちゃんと一日中一緒に過ごした。ねなちゃんにどんな問を投げかけても必ず俺が望んだ答えを出してくれた。例えば、



「ねえ、ねなちゃって今何色のパンツはいてるの?」



「ピンク」



といった具合である。



うむ。我ながら気持ち悪いのは自覚している。



しかも、俺の言うことをなんでも聞いてくれて、「ねなちゃん、ほっぺにチューして」とか、「俺の耳甘噛みして」とか、自分がして欲しい要望を欲望のままに述べても、すべて「うんっ」と、言った通りにしてくれる。



そして、その日の夜は、ねなちゃんに晩ご飯を作ってもらった。当然のことながら、それも目を見開くほどに美味しかった。



寝るときは、彼女を抱き枕のように抱きしめて眠った。


彼女は何一つ嫌な顔を見せなかった。俺みたいなブサイクを相手に。



次の日も、その次の日も、俺は毎日ねなちゃんと同じように過ごした。



気が付いたら、バイトに行くことも忘れていて、生活もふしだらになっていったが、必要な事はすべて、彼女がやってくれていた。



毎日イチャイチャしながら夢のような日々を過ごした。












そんな生活が二週間以上続き、俺は少しずつねなちゃんに飽きてきた。


いや、飽き自体は一週間くらいで来ていたが、二週間目でついに限界がやってきた。


彼女と一緒にいることが、苦痛で仕方がなくなってきた。



にもかかわらず、なぜか彼女は、最近やたら俺への関わり方が濃厚になってきた。


俺が嫌がれば嫌がるほど、鬱陶しいほどまでに絡んできた。



ある朝。



「おはよっ! 朝だよっ! ねえ起きてよダーリン! ねえ一緒に遊ぼうよ! いつもみたいにイチャイチャしよっ! ねえ最近ダーリン冷たいよ! 起きてよダーリン朝だよ! いつまで寝てるの? つまらないよダーリン起きてよ! 私を一人にしないでよ! つまらないよ! 起きてよダーリン!」



いつの間にか俺の事を「ダーリン」と呼ぶようになり、朝はこのように大きな声で叩き起こされるようになった。


ちなみに一緒に寝ると徹夜でずっと話しかけてくるため、別々で寝るようにした。それでも「ダーリン一緒に寝よ!」と鬱陶しく絡んでくることもある。



俺は決心した。



「悪いけど……もう俺の家から出て行ってくれないかな」



「え……?」



「もう限界なんだよね。君うるさいし、しつこいし、鬱陶しいし。さらに言うとうぜーし、キモい。モラルとかないわけ? もう俺に構うな。っていうか、ここ俺の家だし、出てってくれる?」



すると、彼女はきょとんとした顔で棒立ちになると、急にうつむき、肩をふるわす。



もしかして泣いってしまったのだろうか。



面倒くせー。



「ふふ……」



「ん?」



「あっはっはっはっはっはっはっはああああ!」



彼女は突然大きな声で笑い出した。俺はその様子にどん引きする。


彼女は、さっきよりも高いテンションで言った。



「もおおおう! ダーリンはときどき変なこと言い出すんだからああ! じゃあ一緒にお風呂入ろっか!」



彼女はそう言って強引に俺の腕をつかんで風呂場に連れて行こうとした。



「ま、待って」



俺がふりほどこうとすると、彼女は握っている俺の腕に力を込めた。


信じられないほど強い握力で、今にも自分の腕が折れてしまうんじゃないかと俺は驚き、



「や、やめろおおおおおおおおおお!」



俺は怒鳴り、彼女を突き飛ばし、家を飛び出した。



ダッシュで家から離れ、そのままできるだけ遠くへ逃げた。



ひょっとして追っかけてくるのではないかと身構えたが、幸い追ってくることはなく、俺はホッと胸をなで下ろした。










結局その日はもう家には帰れず、ネカフェで夜を明かすことにした。



しかし、次の日目が覚めると、強い後悔が巡ってきた。


昨日俺はねなちゃんを突き飛ばしてしまった。それだけじゃなく、家から出て行けだの、鬱陶しいだの、傷つけるような事をたくさん言った。



「やべー。嫌われたかな……」



あんなにいい女は他にいない。このまま嫌われたらもったいなさすぎる。



そう思うといてもたってもいられなくなり、家に戻ることにした。












家に戻り、チャイムをならすと、中からはまったく反応がなく、ただチャイムの音だけが響くだけだった。それから二、三回ならしても誰も出ないため、ドアノブにてをかけると、当たり前のようにドアが開いた。もうねなちゃんは家を出て言ったのだろうかと思いながら、中に入った。



家の中は何故か暗く静かで、少し不気味に感じながら廊下を歩いて行くと、



「ドッ」



急に後ろから鈍い感覚が襲ってきたかと思いきや、意識が途切れた。












目が覚めると、俺はベッドの上で寝転んでおり、ゆっくりと周りを見ると、そこは自室だった。



全部夢か……?



そう思って起き上がろうとすると、体のあちこちがヒリヒリすることに気づいた。



「なん……だ?」



「あ、ダーリン目覚めた!」



「……!!!」



その声を聞いた途端、一緒で体がこわばった。



そして、ゆっくりと自分の体を見ると、俺はなぜかパンイチで、体のあちこちに引っかき傷やら、打撲のあとやらがあった。



そして、俺の体の上に下着姿で馬乗りになったねなが、満面の笑みで見下ろしていた。



「おはよう! ダーリン!」



「ひゃあああああああ!」



俺は彼女から離れ、部屋を飛び出した。


家を出て助けを呼ばなくては! この際、半裸で人目に晒されるのを恥ずかしがる暇なんてない!



しかし、玄関の前まで来ると急にめまいがして、床に倒れてしまう。



「あ……れ?」



「ダーリンどこ行くのお?」



そう言って、足音が近づいて来る。



「部屋に戻るよ。ダーリン」



そう言って彼女は俺の足をつかんだ。



「や、やめろおおお!」



俺がもう片方の足でねなを蹴ると、彼女は俺の足首を軽々と掴み、「えいっ♪」っと、まるでバナナでも握り潰すかのように、俺の足を折った。



「いっっっったああああああああああああああああ!」



俺の足はぐにゃりとあらぬ方向に曲がっていた。



「いっ……いたあああああ! うああああ、足があああああ!」



ねなは人間じゃない! これはマジメに危険だ! 殺される!



すると彼女は俺の髪の毛を掴み、そのまま寝室まで引きずっていく。そして寝室に着くと、ベッドの上に放られた。



「ご、ごめん、俺が悪かった! 許してくれ!」



俺は涙目になりながら訴えかけるが、なぜか彼女は苦笑いを浮かべる。



「もう、ダーリンは……赤ちゃんじゃないんだから、泣いてばっかりいちゃ駄目でしょ?」



そう言って彼女はもう片方の足首も握り潰す。



「いっだああああああああ!」



「あはははっ」



それから彼女は頬を赤く染め、楽しそうに俺の体のあちこちを握り潰していった。


足首、膝、指の関節、手首、肩……。


俺はそれらを折られる度に悲鳴を上げる。


彼女の目はとろんとしていて、呼吸は荒かった。


彼女は興奮しているようだった。


俺の体を壊すことで快感を得ているのだ。



一通り俺の体の関節という関節を折ったあと、彼女は俺の胴と顔をべろぉーっととなめた。


そして、俺の目をまっすぐと見て言った。



「ねえ、……食べていい?」



その目はまるで、目の前に一層のスイーツが並べられたのを目の当たりにした、無邪気な少女のものだった。



た、たべる? おれを? にんげんを? たべる? は、え?




「だ、だめ……」



俺は弱々しい声でそう言った。



「ダーリン、……いっただっきま~~~~すっ」



そして、首筋に甘い吐息がかかったのかと思いきや、鋭い感触がやってきて、そこで意識は途絶えた。










































グチャグチャ……チャグチャグ……バキキッ……キッ……ぺちゃっぺちゃっ……。






「うん、おいしっ♡」






そこへ、黒い背広服と半ズボンをはいた少年がやってきた。






「ねな。この人間はうまいかい?」






「あ、ご主人様ぁ! うんっ! すっごく美味しい!」






それから彼女はベッドから降りると、徐々に身を縮こませ、一匹の犬に姿を変えた。






その見かけは、成田青年がいつぞやに蹴り飛ばした犬そのものだった。






「それじゃあ帰ろうか」






犬はワンッと吠えると、無音で立ち去る少年のあとに着いていった。


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俺《クズ》が彼女《ヤンデレ》に喰われたわけ 甘桜歓喜 @ice2

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