派手で強気な彼女の場合

 可愛いものが好きだ。ふわふわ柔らかいもの。ひらひらのレース。パステルカラー。きらきら光るもの。女の子らしいもの。

 誰に押し付けられたわけでもない。私が、これが、好き。

 少女漫画も大好きだった。胸がきゅんとする。さすがに大人になったら、こんなことが現実には起こるわけないってわかる。でも、可愛くしていたら、いつか王子様が、なんて。夢見るだけは、タダだろう。


 知らなかった。女の子らしい、は生きづらい。


 嫌な人に声をかけられる。待ち伏せされる。わざとぶつかられる。酔っ払いに絡まれる。痴漢にあう。あちこちでなめられる。

 そして決まって言われる言葉。


「おとなしそうに見えるからね」


 抵抗しなそう。文句言わなそう。許してくれそう。

 そう、ってなんだ。全部推測じゃないか。それらは全部、見た目の印象だ。

 そんな時、SNSで見かけた。


『金髪でバンギャの恰好してると絡まれない』


 私は単純なので、やってみた。さすがにすぐに金髪にすることはなかったが、派手な柄物のシャツを着て、思いきりメイクを濃くして、厚底のブーツを履いた。

 そうしたら、なんだか少しだけ、人が私を避けた気がした。

 避けられたい、なんて変だろうか。でも、私は避けられたい。近寄られたくない。私のパーソナルスペースに、無遠慮に入ってほしくない。

 そんな言い方をすれば、だったら外に出るなとか、公共交通機関を使うな、と言われる。そういうことじゃない、という意見は、絶対に伝わらない。だから言わない。

 伝わらないから、諦める。言い争う気力なんて、だいたい残ってない。


 効果がある、と確信した私は、栗色のウェーブだった髪を、金髪のストレートにした。そうすると、今まで持っていた服が似合わなくなった。それを残念に思いながらも、身の安全には変えられない。パンクっぽい服を買い足した。

 最初は金髪にしたが、だんだん金髪はそれほど珍しくなくなった。何かこう、ヤンキーっぽくしよう。と思った私は、髪を赤くした。体感だが、効果はあった。完全に無くなったわけではないが、以前に比べたら、減った。しかし、さすがに赤い髪となると、女の子らしい服装は全くと言っていいほど合わなかった。

 私は、女の子らしい、を封印した。


 可愛い恰好をしていないと、可愛い小物も、可愛いアクセサリーも、何もかも似合わない。でも、自分でそれを選んだのだから、仕方ない。身の回りの物が、全てシンプルになっていった。恰好が派手なので、持ち物まで派手にする気にはなれなかったからだ。


 可愛いが遠ざかって、暫く。着替えていると、何かが手に刺さった。


「痛ッ!」


 見ると、ブラのワイヤーが飛び出ていた。そういえば、暫く買い替えていなかった。下着は高いので、服を買い揃えることを優先していて、後回しになっていた。

 いい加減これはやばい、と私は下着を買いに行くことにした。


 久しぶりに訪れたランジェリーショップは、なんだかきらきら輝いて見えた。長らく離れていた「可愛い」が、そこにはあった。もちろん、セクシーなタイプも置いてはあったが、私の目は可愛らしいフリルやレースの下着にくぎ付けだった。


「可愛いですよね~、それ!」


 熱心に眺めていた私に、スタッフが声をかけてきた。私はそれにどきりとして、急に恥ずかしくなった。こんな恰好をしているのに、こんなフリフリの下着なんて。


「今月入った新作なんですよ! 良かったらご試着されますか?」

「いえ、私、こんな恰好だし。似合わないかなって」


 私の言葉に、スタッフは一瞬きょとんとして、笑った。


「上から着ちゃえば、わかりませんよ!」


 今度は私がきょとんとした。そして、思わず笑った。それはそうだ。下着なのだから、上から服を着てしまえば、わからない。

 なんだかおかしくなって、私はそのまま試着をした。

 サイズを測ってもらって、合うものを出してもらう。


「いかがですか?」


 鏡に映った私を見て、少しだけ、泣きそうになった。

 ああ、そうだ。私、こういうものが、好きだった。

 赤い髪は、やっぱりちょっとだけ合わないかなぁなんて思ったりもしたけれど、全然ちぐはぐってこともない。パステルピンクの生地に刺繍された糸は、赤だった。


「これ、ください」


 震える声を隠そうとして、そっけなく言ってしまった私に、スタッフは笑顔で答えた。


「ありがとうございます! とてもお似合いですよ!」


***


 それから、私の髪はずっと赤い。就職の時に一度だけ茶色にしたが、服装自由の会社に的を絞っていたので、入社が決まって暫く後、赤に戻した。最初は色々言われたが、規定違反ではないので押し通した。これで仕事が全然できなかったら向こうも文句を言えただろうが、幸いなことに私は仕事ができた。根が真面目なので、手を抜くことはしない。きちんと仕事はする、という姿勢を、一応は評価してくれているようだった。

 赤い髪に、赤いハイヒール。これは警告色だ。私に危害を加えたらやり返す、と視覚に訴えている。服装はさすがに私服と仕事用で多少区別しているものの、なるべく強気に見えるものを選んでいる。

 そんな風に着るものを選ぶのは、本当は少し悲しい。けれど、もはや今の恰好の方が身に染みついてしまったし、年齢を重ねるにつれ、髪の色とは無関係に可愛いものは似合わなくなってきていた。

 それに、悪い事ばかりではない。こんな悪目立ちする私のことを「かっこいい」と評してくれた女性がいた。同性にかっこいいと言われるのは、なかなかどうして、悪くない。

 その時のことを思い出して、会社の女子トイレの鏡の前で私はふっと微笑んだ。

 今日は、大好きな少女漫画の新刊の発売日。定時で仕事を上がり、身だしなみを整えたら本屋に寄って、お気に入りの紅茶店でじっくり読むのだ。

 今日の下着は、ヒロインをイメージした真っ白なレースの下着。肩紐の部分まで可愛らしくデザインされており、中央には取り外し可能なチャームが付いている。それでいてベルトが幅広で補正力が高く、背筋が伸びる。読書をすると猫背になりがちだから、それも選んだ理由だった。

 うきうきしながらトイレを出ようとすると、一人の女性社員が入ってきた。噂をすれば影、というところだろうか。口に出してはいないが。

 その女性社員こそ、以前私を「かっこいい」と言ってくれた、田中さんだった。


「お疲れ様です」


 彼女も帰り支度だろうか、と思いながら、何も持っていないことに気づく。これは、残業なのかもしれない。


「お、おつかれさま、です」


 少しどもった挨拶を返された。もしかして何か怖がらせてしまっただろうか、と思いながら、出ていこうとする。


「あ、あの!」


 すると、田中さんから声をかけられた。


「はい?」


 何か用事だろうか、と私は振り返った。しかし、田中さんは視線をうろうろさせた。


「あ、え、え~っと……」


 仕事に問題でもあったのだろうか。何か言い辛いことなのだろうか、と私は田中さんの言葉を待つ。


「け、剣持さんって、姿勢いいですよね。やっぱりハイヒールだからですか?」


 聞かれて、私は目を瞬かせた。確かに、ハイヒールは姿勢を良くする、と言われている。踵が大きく持ち上がるので、姿勢良く立たないと普通に転ぶ、というだけなのだが。

 ハイヒールを履きたいのか、姿勢を良くしたいのか、どっちだろうな、と考えながら、私は口を開いた。


「そうですね。ハイヒールも関係あると思いますけど、あとは今日補正ブラだから、ちょっと背筋伸びてるかも」

「補正ブラ?」


 田中さんが首を傾げた。あまり下着に興味を持たない人なのかもしれない。余計なお世話かな、と思いつつも、聞かれたことが嬉しくて、つい饒舌になってしまう。


「田中さん、下着どんなのつけてます?」

「えっ!? え、っと、ふ、普通のやつですね……」


 普通のやつ。これは、なんとなく覚えがある。気持ちはわかる。下着は高いし、普段人からは見えないし、ついつい適当にしたくなる。


「今結構見た目も良くて機能的なやつ多いんですよ。姿勢が良くなったり、脇や背中をすっきり見せたり、胸を綺麗な形に整えたり」

「へ、へぇ……」


 ちょっと引いているようにも見えた。お喋りが過ぎただろうか。知って欲しかっただけなのだけれど、やはり余計だっただろうか。


「すごいですね。やっぱり、恋人がいると、下着までちゃんと気をつかうんですね」


 そう言われて、私は思わず顔を歪めそうになった。私は、一度も恋人がいると言ったことはない。別に恋人の有無はどう思われても構わないのだが、私が下着に拘るのは、恋人のためじゃない。


「私、恋人はいませんよ」

「えっ!?」


 田中さんは驚いたように声を上げて、心底不思議そうに聞いてきた。


「じゃぁ、なんで……?」

「そんなに不思議なことですか? だって、下着って本来誰にも見せない自分だけのものでしょう。一番、自分の好きにしていい自由な服ですよ」


 偉そうに言えたことではないが、知って欲しかった。私を「かっこいい」と言った彼女には、憧れが見えた。彼女が、目立たないように地味な恰好をしていることは知っている。それが彼女の処世術なのだ。私の派手な恰好と同じ。だから、服装に口を出すなんて、野暮なことはしない。

 それでも、その殻の内側で。あなたは、かっこ良くも可愛くも、好きな自分になれる。

 私は、鞄からよく行くランジェリーショップのショップカードを取り出した。


「これ、私がよく行く店。良かったら、一度のぞいて見てください。試着だけでもいいし、一回ちゃんとサイズ測ってもらうと、それだけで結構違いますよ」

「は、はぁ……ありがとうございます」


 彼女が受け取ったのを確認して、私はトイレを出た。やっぱり余計なお世話だっただろうか、でも、要らなかったら捨てるだろうし、とぐるぐる考えながら、私は本屋に向かった。


 無事に新刊をゲットして、紅茶店で馴染みの店主の淹れたダージリンを飲みながら漫画を読み進め、私はほうっと息を吐いた。

 いくつになっても、きゅんとする。

 さすがに堂々と読むのは少し恥ずかしいのでカバーをかけてもらっているが、おそらく店主は私が少女漫画を読んでいることに気づいている。でも別に、何を言われるでもない。穏やかな時間が過ぎるだけ。

 今の見た目になってからは、男性からはすっかり敬遠されている。男受け悪いよ、と何度も言われた。でも別に、私は男受けのために可愛い恰好をしていたわけじゃないし、今もそのために自分の恰好を変えようとは思わない。

 でも、もし。いつか、私に安心してシフォンのワンピースを着せてくれる人と出逢えたら、なんて。夢見るだけは、タダだろう。


 その時までは、フリルとレースの下着が、私のドレスだ。

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