断章 『絆される呪い』

断章 第1話 『足止めと冒険者』


 宿屋の主人は受付にやってくる男女二組の客には決まって質問を投げかける。──『昨晩はお楽しみでしたね』と。


 これはカマをかけているのだ。この一言を添えるだけで昨晩は本当にお楽しみだったのかどうかが、客の反応で手に取るように分かる。


 この一言を言わなくても昨晩と翌日の距離感の差である程度把握できるが、最終確認、駄目押しという意味合いで必殺の言葉を使う。

 なぜこんなことをしているのかというとただの暇潰しだ。それでもこの暇潰しのおかげで観察眼はそれなりに養われた。

 塵も積もれば山となる、そんなような慣用句がどこかの国にあったはずだ。


 さて、本日の対象は黒髪の少年と兎耳の少女の客だ。

 宿屋の主人の見立てでは二人とも十代後半。あの年頃に我慢などという概念は存在しない、欲望に忠実──そうなると導き出される結論は明白。


「ふっ、確実に楽しんでいるはずだ」


 絶対的な自信があった。

 すると、飛んで火に入るなんとやら、例の二人が受付にやってきた。

 兎耳の少女は黒髪の少年の腕にべったりと抱きついているではないか。


 ──分かり易すぎて手応えがないぜ。


 あまりにも易しい問題に宿屋の主人は苦笑してしまうが、すぐに営業用の笑顔に切り替えてお決まりの台詞を放つ。


「おはようございます。──『昨晩はお楽しみでしたね』」


 会心の一撃を叩き込んだ。

 これは確実に取った、と宿屋の主人は内心でほくそ笑んだ。


「お楽しみだ……?」


 黒髪の少年が怒りを露わにする。

 いや、それは怒りというより焦りの類いだ。

 宿屋の主人はその焦りの正体をすぐに突き止めることができた。

 少年が受付に置いている左手の人差し指は曲がってはいけない方向へ曲がっていた。見ているだけで背筋が寒くなる。


「お客さん、その指、どうしたんですか?」

「この子に折られたんだよ! お願いします、救急箱を貸してください!」


 宿屋の主人の理解が追いつかない。

 なぜ、指を折られたというのにそんなに親しげにくっついているんだ。

 相手の指を折るなど並大抵の怒りではない。それなのに実行した兎耳の少女からは怒りというものを全く感じない。


「……触ってたから折った」

「前の約束継続中だったのかよ!? つか、寝ている時は不可抗力なんだからノーカンでいいだろ! 痛みで目の前真っ白になったわ!」


 宿屋の主人はさらに驚愕する。

 兎耳の少女の首には奴隷の証である霊装が着いていた。奴隷が主人に暴行を加えるなんて聞いたことがない。前代未聞だ。普通、奴隷が主人に少しでも危害を与えたら即刻処分されてしまうだろう。


 しかし、暴行を加えた奴隷が腕に抱きついても主人である黒髪の少年は特に激怒することなく、骨が折れたという事実に焦っているだけだ。

 理解の範疇を超えた二人の関係性に困惑する宿屋の主人は縋るように魂の言葉を再度放つ。


「さ、昨晩は、お、お楽しみでしたね」

「何だアンタ、喧嘩売っているのかよ! この世界では骨を折ることが楽しみなのか!? 何だそれサイコパス過ぎるだろ! 頼むから救急箱を貸してくださいよ!」

「は、はいっ! 今すぐに持ってきます!」


 少年の剣幕に圧された宿屋の主人は急いで救急箱を取りに向かう。


 ──世の中理解できない関係もあるものだ。


 黒髪の少年と兎耳の少女が宿を離れるまでの間、二人を見る度に宿屋の主人は内心でそう思うのだった。



×××



 救急箱を借りることができたヒガナは部屋に戻り、応急処置をアリスに施してもらう。意外にも手際が良くて舌を巻いた。


「もしかして結構何でもできるタイプだったりする?」

「……花嫁修行のおかげ、夢はお嫁さん」

「意外過ぎる夢に正直驚いている」


 どこまでが本気なのかは分からないが、とりあえず乗ってみる。手際が良いのは確かなので、歴代主人の誰かが覚えさせたのかもしれない。


「……今日も触ったら折る?」

「サラッと怖いな。想像の十倍は痛かったから折るのはなしで。こんな馬鹿な提案をしたあの時の自分をブン殴ってやりたい」

「……それは安心……骨折るの大変、疲れる」

「簡単に折ってましたよね? 俺が起きた時に二本目に手をかけていたよね?」


 追及にアリスは顔を逸らし黙秘権を行使する。

 しかしながら、兎耳の微妙な動きで二本目も折ろうしていたことは何となく分かった。

 包帯を巻かれた指を眺めていると、ふと桃色の髪をした少女のことが脳裏に浮かんだ。


「モニカの魔術、凄かったな」


 アリスの痛々しい傷、ヒガナの致命傷を跡形もなく完治させた奇蹟の現象。

 あの柔らかで優しい輝きは今でも鮮明に焼き付いている。


「……治癒魔術を使えるのは中々いない」

「そっか。因みにアリスは使えたりは?」

「……使える」

「じゃあ、この指治してくれよ!」


 ヒガナは椅子から勢いよく立ち上がって、包帯が巻かれた左人差し指でアリスを指差す。

 それに対してアリスは眼前にあるヒガナの人差し指を優しく撫でて、


「……これはヒガナの罪……なかったことにしたら全然成長しない」

「深いけど腑に落ちねぇ」

「……そもそも治癒魔術使えない」

「使えないのかよ! 見栄張ってんじゃねぇよ!」


 朝からアリスの不思議な世界観に触れて、ドッと疲れたヒガナは大きな溜め息を吐いた。

 溜め息の原因はアリスだけではない。

 ヒガナは窓から町の景色を眺める。


 セルウスの隣町に着いてから早二日。

 ヒガナたちは足止めを喰らっていた。その理由は跳梁跋扈している魔獣の存在だ。時期なのか、はたまた常にそうなのかは不明だがとにかく大量の魔獣が行く手を阻んでくるのだ。

 襲ってくる大量の魔獣に対処するのはアリスただ一人。しかも、ヒガナとルーチェを守りながらとなるので難易度は一気に跳ね上がる。

 一日、二日はもつかもしれないが、それ以上はアリスへの負担があまりにも重過ぎる。


「さて、どうしたもんか……」


 ヒガナが打開策を考えていると、アリスがポツリと呟く。


「……ヒガナは本当に変なの」

「変?」

「……奴隷なんて道具、使い潰せばいい」

「────っ」


 アリスの放った言葉にヒガナの心が軋んだ。

 彼女は、自分は幾ら傷ついても構わないから王都へ向かえばいい、と言っているのだ。


「……奴隷を買うのは偉いのか、冒険者……前のはよく分からない、後ろのは仕事を手伝わせる……荷物を持たせたり、囮にしたり……ヒガナもそうすればいい」

「そんな……」

「……それが奴隷の役目……しないのは、奴隷を買う……私を引き取る意味がない」


 ヒガナは頭を掻きながら、不思議そうに首を傾げているアリスを一瞥して俯く。


「損得勘定で動けるほど人間は精巧じゃないんだ」

「……?」


 これ以上、この話を続けたくなかったヒガナは別の話題を見つけようと頭を回す。

 その時だった。

 この状況を打開する方法を思いついたのだ。


「冒険者だ。冒険者に護衛を頼もう」


 そのきっかけを与えてくれたのは先のアリスとの会話というのが皮肉でしかないが。



×××



 ヒガナたちは冒険者協会へとやってきた。

 受付を探しながら協会内を見て回る。時間帯もあるのか、冒険者と思わしき人たちがごった返していた。その大半が自尊心を装備したような顔をしており、『俺が一番だ』という雰囲気が全身から満ち溢れている。

 そして、気に食わない奴、弱そうな奴にはとことん絡む勢いで、


「おい、変な格好した兄ちゃんよ。奴隷なんて連れ……ヒィィ!!?」


 因縁をつけてきた冒険者がアリスを見た瞬間、信じられないほど情けない悲鳴を漏らす。

 悲鳴に反応した冒険者が振り向き、恐怖で顔を真っ青にして声を張り上げた。


「あ、あの〜アリスちゃん。何でこうなっているのか説明して欲しいんだけど」

「……知らない」


 一体アリスの何が冒険者たちをそこまで怯えさせるのか分からないまま、ヒガナは受付探しを再開する。

 少しして受付に辿り着くことができた。その頃には悲鳴も徐々に収まったが、ひそひそ声がそこらから聞こえてくる。

 受付のお姉さんはアリスを見て表情を固くしたが、すぐに笑顔を作る。何というプロ意識だ。


「いらっしゃいませ。依頼ですか? 受注ですか?」

「……ヒガナ、この人おっぱい大き……むぐっ」

「い、依頼です。王都までの護衛をお願いしたいんですけど」


 セクハラ発言をするアリスの口を手で押さえながらヒガナは依頼内容を受付のお姉さんに伝える。

 受付のお姉さんは机に乗っかるほど育った胸を手で隠し、若干不愉快そうな表情を浮かべた。


「王都までの護衛ですね。では、依頼表に記入をお願いします」


 受付のお姉さんはヒガナの前に羊皮紙とペンを差し出す。

 とりあえずペンを取ってみたが、この世界の文字は全く書けないし、羊皮紙に何が書いてあるのかさっぱり分からない。

 一文字も書けずに止まっていると、アリスがヒガナの手に自分の手を重ねて文字を書き始める。


「文字書けるの……?」


 驚いたのは受付のお姉さんだ。

 そう、アリスは文字を読むことも、書くこともできるのだ。この間の買い物もアリスが文字の意味を教えてくれなかったらヒガナは何も買うことができなかっただろう。


 軽快にペンを走らせて依頼内容を全て記入したアリスは羊皮紙を受付のお姉さんに返した。

 驚愕しながらも受付のお姉さんは依頼表に目を通して、不備がないことを確認する。


「問題ありません。では、内容の確認と報酬金についてですが──」


 受付のお姉さんの的確で丁寧な説明のおかげで話はとんとん拍子にまとまり、最後に報酬金を預託した。


「依頼を受けてくれる冒険者の方が居ましたらご連絡しますね」

「お願いします」


 受付のお姉さんは辺りを見回してから、少し屈んでヒガナを手招きする。何かと思いつつヒガナは顔を近づけた。


「個人の事情に首を突っ込むのは褒められたことではありませんが、お連れの方とは早いところ縁を切った方が賢明ですよ」

「アリスは随分と怖がられているようですけど、原因ってあるんですか?」

「言動が変わっているというのも原因の一端ですが、彼女は冒険者の奴隷として活動していた時に色んな場所で揉め事を起こしてたらしいですから。すぐに暴力で解決する、話し合いをしようにも話が通じない、など悪評は王国中の冒険者協会に知れ渡っています」


 受付のお姉さんの忠告を受けたヒガナは、うたた寝しているアリスの頭を撫でながら笑みを浮かべる。


「ご忠告ありがとうございます。でも、俺はアリスを見捨てたりはしません」

「なぜですか? 危険からはなるべく距離を置きたいのが心理じゃないですか。私には分かりません……」

「仲間なんで。それに可愛いじゃないですか。兎耳まで付いてて萌えますよ」

「はぁ!?」

「可愛いは正義ってことです。それじゃあ、よろしくお願いします」


 ヒガナはアリスを起こしてから協会を後にした。

 その後ろ姿を眺めていた受付のお姉さんは、奇妙なものを見たような表情のまま頬づえをついて、羊皮紙に書き込まれた名前に視線を下ろす。


「スオウ・ヒガナ、ね。……いい子そうなのにどこで狂っちゃったのかしら」



×××



 協会から出て、しばらく歩いたところでヒガナは立ち止まってアリスに顔を向けた。

 あの場では気にしない素振りをしていたが、受付のお姉さんから聞いた話がどうしても気になっていたのだ。


「冒険者の人と一緒に居た時、暴力で解決していたって本当なのか?」

「……守っただけ……弱いところ見せたら敵が味を占める」

「もし、俺がそういう場面になったらアリスはどうする?」


 その答えは既に知っている。

 ヒガナだけしか覚えていない世界での出来事。

 この問いは単なる確認作業でしかない。


「……同じことをする」

「その時は、せめて加減して欲しい」


 願いを呟く主人に、アリスは呆れたように首を横に振った。兎耳も力無く垂れ下がっている。


「……ヒガナは甘々……徹底的に潰さないとダメ……また来るから」

「だからって」


 瑠璃色の鋭い視線がヒガナを射抜き、言葉を強制的に終わらせる。


「……敵は殺すのが普通」

「────っ」


 ヒガナは自分の甘さを今更ながら実感した。

 そうだ、ここは日本では無いのだ。

 一歩、外に踏み出せが死が身近に付き纏う異世界。

 既に過酷さは経験しただろう。あの黒装束の二人組に何度も殺された。何度もアリスを殺してしまった。あれ程までに辛く、苦しい、それこそ数回の死も経験した。

 それでも平和ボケしているなんて異常というか、学習能力の欠如も良いところだ。

 平和ボケしているヒガナと常に死に対する危機感を持ち合わせているアリス。

 どちらがこの世界において正しいかは議論する必要もない。


「……その優しさは毒」

「そう、だな」


 頭では理解できたところで心は納得していない。

 ヒガナは自分の性格を──歩んだ十七年で培ったものを否定する気はない。それこそ死んでもだ。だが、異世界においてヒガナの性格は致命的と言えるかもしれない。

 下唇を噛んで浮かない表情のヒガナを見て、アリスは己の胸に手を添える。


「……手を汚すようなことをは私に任せればいい」


 反論はできなかった。

 間違っている、と言っても口だけになるのは目に見えているからだ。

 ヒガナよりアリスの方が強いのは明白。

 強い者に守られるのは決して悪いことではない。弱さ故に何もできないのが辛いのだ。


「そうだ、悪いのは弱い俺だ……文句ばっかり言ってごめん」

「……謝る必要ない」


 アリスは気にしていない様子だったが、ヒガナの中には大きなしこりとして残った。



×××



 三日後。

 ヒガナ達は未だに足止めを喰らっていた。依頼を受けてくれる冒険者が現れないのだ。

 ヒガナとアリスは協会の休憩場のテーブルにぐったりと突っ伏していた。因みにルーチェは宿でぐっすりだ。


「何で反応がないんだよ……」


 苛立った声で愚痴を漏らすヒガナ。

 それに対して、落ち込んだように兎耳が垂れるアリス。


「……私のせい、ごめんなさい」

「アリスのせいじゃないよ」


 ヒガナはそう言うが、実際のところ依頼を受けてくれる冒険者が居ないのはアリスの存在が大きい。

 この界隈を縄張りとしている者でアリスの悪評を知らない者は居ない。尾ひれがついて悪評が凄まじいことになっているため、アリスには関わらない方がいいと言うのが半ば常識として冒険者の間で広がってしまっている。

 ヒガナはその現実に腹を据えかねていた。


「噂だけで決めつけやがって。冒険者なら自分の目で見定めろっていうんだ」

「それなら、見定めてみようか」


 机に突っ伏していたヒガナが顔を上げると、目の前に四人の冒険者が立っていた。

 どうやらパーティーのようで、それぞれの役目がひと目で分かる格好をしている。


 そのうちの一人、リーダー的存在感を醸し出している青年の手にはヒガナが出した依頼表が握られていた。


「受付嬢に聞いたらここに居るって聞いたから顔を見にきたんだ」

「依頼を受けてくれるんですか?」


 堅牢そうな鎧に身を包み、巨大な斧を構えた三十代くらいの男性がのそりと前に出て豪快に笑う。


「他の野郎には止められたがな。そこまで止められたら逆に受けてみたくなるのが冒険者の性分ってものだろう。少なくとも俺たちはそうだ」

「『俺たち』ってやめなさいよ。私はまだ納得していないわ」

「まあまあ、そんなに怒ったらシワが増えますよ」


 背中に弓を背負った露出の多い女性をなだめるのは、修道服のような格好をして杖を持った少女だ。しかし、なだめ方に問題があり、結果的に火に油を注いでしまう。


「うるさいわね! ちょっと若いからっていい気になって!」

「別にいい気になんてなっていません。いつもツンケンしてて可愛くない人ですね」

「このガキッ!」

「むっ、この年増女!」

「腹黒女ッ!」

「ペチャパイ!」


 喧嘩する二人を一瞥、苦笑いしながらリーダー的な青年はヒガナたちに視線を向ける。

 動きやすさを優先させた服装で腰には長剣を携えている。見たまんまの剣士だ。


「あの二人はいつもあんな感じだから気にしないでくれ。俺はフレット。このデカいのがダリル。弓を背負っているのがハンナ、修道服で杖を持っているのがリノ。俺の仲間たちだ」


 ヒガナは立ち上がって握手を交わし、自己紹介をする。


「スオウ・ヒガナです。んで、知っていると思いますけど、この子はアリスです。宿にもう一人居るので後で紹介します」


 アリスは喧嘩しているハンナとリノ、次にダリルと視線を移して最後にフレットを覗き首を傾げる。

 人間の心を見透かしているかのような瑠璃色の瞳にフレットは思わず息を飲む。


「噂通りって訳か。面白い、よろしくアリスさん」


 フレットは手を差し出すが、アリスは無視してヒガナにくっつく。

 アリスはよく他者を拒絶する。過去に受けた身体と心の傷がそうさせているのかもしれない。


「すいません。アリスは知らない人に触れるのが苦手で」

「いや、気にしないでくれ」


 手を引っ込めて朗らかな表情をするフレット。

 さほど怒っていないことにホッとした。ここで怒って依頼を受けるのを止めると言い出されたら振り出しに戻ってしまう。それだけは避けたい。


「あの、本当に受けてくれるんですか?」

「君たちと話したら余計に受けたくなった。こうやって面白い奴と出会えるから冒険者はやめられないんだ」


 その後、フレットたちは正式に依頼を受けてくれた。

 おかげでヒガナたちは王都までの護衛を得ることが出来た。

 諸々の準備があるということで、出発の明日の朝、教会前集合となり、今日は解散した。



×××



 とある酒場。

 弓を背負った女性、ハンナは運ばれてきた酒を一気に飲み干し、空になったジョッキをテーブルに叩きつける。


「どういうつもり? 兎耳の女アレに関わるなんて。しかも王都までの護衛よ。あまりにも危険過ぎるわ」


 ハンナの隣で喉を潤す程度に水を飲んだリノの表情は堅い。ハンナ同様に今回の依頼を受けることに関して難色を示していた。


「あの人……物凄く怖いです。言動もそうなんですけど、なんて言えばいいか……本質的なところが不明瞭で……」


 骨付き肉を豪快に咀嚼しながらダリルも太い眉を顰める。


「まるで実態のない敵と向き合っているかのような、地に足が着かないような気持ち悪い感覚だ。悍ましい娘だ」


 三人が兎耳の少女に不信感を抱く傍らでフレットはカラカラと笑った。

 彼だけは全く不信感を抱いている様子はない。


「お前ら噂に影響され過ぎだ。あんなの可愛い亜人じゃないか。それに……」


 フレットが笑みを浮かべると、ハンナは大きな溜め息を吐いた。


「本気なの?」

「流石にあの人は……」

「依頼を受けると言い出した理由はそれか」


 仲間に若干引かれるが、フレットは一切気にせず、寧ろ楽しそうに頬杖をついて想いを馳せる。

 そして、三人に向かって子供のような無邪気な笑顔で言った。


「──あえて危険に挑む、冒険者の醍醐味だろ?」

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