幕間 『優秀な相棒』
男は懐から取り出した煙草を口に咥える。手で風を遮りながら火を点けて煙草を吸う。独特の香りと味を肺の中で存分に堪能してから紫煙を吐き出す。
同じテーブルに座っていた少女は紫煙をもろに浴びて、咳き込みながら男を紫紺の瞳でキッと睨みつけた。
「けほ、けほ……ウォルトさん! タバコを吸うなら私に煙がこないように配慮してください!」
ウォルトは無造作に伸びた灰色の髪を掻きながら、モニカにやる気のない瞳を向けた。
「なぁ、モニカ。俺がこいつを吸い始めた理由は何だと思う?」
「それ答えたら配慮してくれますか?」
「当てられたらな」
モニカは顎に手を添えて首を捻り考えを巡らせる。
うんうんとしばらく悩んだ末にモニカは顔を上げた。
そして、ウォルトを指差しながら叩きつけるように言う。
「答えはお友達にすすめられて吸い始めた、です!」
自信満々に答えを披露したモニカに対して、ウォルトは紫煙を吐き出しながら小馬鹿にしたように笑う。
「答えは覚えてない、だ。残念だったな」
「そんなの答えになってないですよ!」
「覚えてないものはどうしようもないだろ」
ウォルトのふざけた解答にモニカは顔を真っ赤にして大声を張り上げた。
「ウォルトさんのバカーーッ!!」
慌ててモニカの口を塞いで周りの客を見渡す。幸いにも店内は賑わっており、モニカの大声は他の喧騒に紛れてくれたようだ。
ひと安心したウォルトはモニカの口を塞いでいた手を離す。
「急に大声出すなっての」
「ウォルトさんがいけないんですっ」
モニカは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
機嫌が悪いと後々面倒だと思ったウォルトは、煙草を消してからモニカの頭を撫でる。
「そんなにむくれるなよ。デザート注文していいから機嫌直せって」
その瞬間にぱあっと明るくなるモニカ。
「本当ですか? 本当に頼んでいいんですか?」
「あぁ、好きなの選んでくれ」
「やった! どれにしようかな」
さっきの不機嫌はどこへやら。モニカはメニューを手に取り、数あるデザート名を爛々とした瞳で眺める。
──ちょろいお子様だこと。
口には出さずに心の中で呟く。そうしなかった場合、モニカが再度頬を膨らませて怒り出すのは目に見えるからだ。
昼食も済ませ、最後の一本だった煙草も先ほど中途半端に消してしまった。やることがなくなったウォルトは頬杖をつき意味もなく店の天井を見上げる。
しかし、うんともすんとも言わない天井を見ていてもなんの面白味も無い。ので、デザートをウキウキとした様子で待っているモニカに視線を向けた。
「動いているだけマシか」
「何か言いましたか?」
「いや」
「そういえば探していた奴隷は見つかったんですか?」
元々セルウスに訪れたのは『とある奴隷』を探すことが目的だった。広大な奴隷市場、見つけるのは至難の業、数日は滞在すると踏んでいたのだが、
「珍しく幸運の女神が微笑んだようだ」
「そうなんですか? 驚くほど早いですね。でも、なんで購入していないんですか?」
「購入が目的で探していたわけじゃないからな。それにこれ以上扶養が増えたら、いよいよ首を括るしかなくなるな」
戯けて言うが、モニカからすれば洒落にならない類の話だったようで表情が曇る。
「やめてくださいよ。ウォルトさんが死んだら、私は……」
「こっちも御免だ。それに足手纏いを増やす真似はしない。優秀な相棒が一人いれば事足りるからな」
「うわぁ……なんですか急に。気持ち悪いです」
たまに褒めればこれだから腹が立つ。
モニカは優秀な相棒として活躍してくれているのは紛れもない事実だ。彼女のおかげで窮地を脱したことも何度もある。
しかし、彼女と引き換えに多くのものを失った。
その一つが金だ。モニカは奴隷オークションの目玉商品として出品されていた。エルフというただでさえ珍しい種族だが、モニカはその中でもさらに珍しい、いや特異な存在だった。
愛らしい容姿、無尽蔵の魔力、稀少という付加価値。誰も──厳密には異常性癖の変態たち──が喉から手が出るほどに欲する逸材。
貴族や高級娼館の支配人が高額な額を提示する中で、ウォルトは全財産を注ぎ込み、各方面に多額の借金をしてまでモニカを手に入れた。
その選択を後悔したことは一瞬たりともない。
「話を戻しますけど、目的の奴隷を見つけた次はどうするんですか? まさか見つけて終わりってわけじゃないですよね」
モニカの声で現実に引き戻され、ウォルトはそれまでの思考を放棄する。
提示された質問に答えを出す。
「想定していた状況と多少のズレが出ている。依頼主の判断を仰ぐのが妥当だろうな」
「それはそれは。それで探していた奴隷はどんな人だったんですか?」
ウォルトは息を吐いて、一言だけモニカに言う。
「お前のお陰だ」
「……そういうことですか」
優秀な相棒はそれだけで件の奴隷の正体を察したようだ。有能過ぎるっていうのも考えものだ。
ウォルトは無言でモニカの頭を優しく撫でた。
すると、モニカはニヤリと笑みを浮かべる。
「私のおかげということなら、わがままを言ってもいいですか?」
「俺はお前のそういうところ嫌いじゃないぜ」
ウォルトは苦笑いを浮かべて、紫煙を吐き出した。
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