第10話 『反撃の一手』


 深い、深い、深淵より深い。

 ありとあらゆるモノが虚構として漂う、無限に続く虚無の世界。

 感情はない、故に恐怖もない。あるのは虚無、ただそれだけ。


 ──⬛︎⬛︎⬛︎



 声が聞こえた。どこから聞こえているのか、誰が発しているのか分からない。しかし、確かに声は語りかける。



 ──⬛︎⬛︎⬛︎



 心地の良い、しかし、不安定で悍ましい声に酔い痴れる。永遠と聞いていたくなる中毒性だ。

 その声はどこかで────。



×××



 曖昧になっていた世界の輪郭が徐々に像を結んでいく。

 器に魂が戻った瞬間に味わう刹那的なズレ。それに対する違和感は恐怖でもあった。

 まるでここに居ることを拒絶されているかのようで──。


「どうしました?」


 その声を聞いた瞬間に冷や汗がドッと溢れ出し、ヒガナは反射的に腹部を押さえた。

 あまりにも奇妙な反応にエマは不思議に首を傾げた。


 ヒガナは恐る恐るエマを見つめる。

 緩い曲線を描く濡羽色の髪、大きな金色の瞳、スッと通った鼻立ち、桃色の唇──非の打ち所がない程に整った面立ちは天使を彷彿とさせる。


 あどけない表情をしているが、ヒガナの眼からは別の表情が重なって見えていた。

 『死』という根源的な恐怖を体現する、狂気的な笑みを浮かべる『死神』の表情がどうしても重なってしまう。


「あの、そこまで怖がられると結構傷つきますよ?」


 理由は分からないが、ヒガナが自分のことを信じられない程怖がっているのを理解したエマは肩を落とす。


「ち、違うんだ」


 前の世界での出来事はいま目の前にいるエマには無関係のことだ。

 それに死を願ったのはヒガナ自身で、エマは願いを叶えただけ。それなのに怖がるのはお門違いなのではないか。

 だが、理性でいくら理由を重ねて納得しても、本能はどうしても死の恐怖には抗えない。


 しかし、それではあまりにもエマに失礼なので、恐怖を必死に押し殺しながらヒガナは取り繕うことに全力を注ぐ。


「実は俺さ、エマちゃんのファンなんだ。だから、緊張しちゃって……腹の調子が」


 言い訳にしてはあまりにもお粗末。

 ファンって何だ、とヒガナは自分のアドリブの無さに辟易とする。


「そうなんですか? でも、さっきまでは全然普通……というか、私のこと全く知らない素振りだった気がしたんですけど」

「いや、それは……ほら、プライベートなのに変な気を使わせたら嫌だなって思ったから」


 必死に嘘を並べるが不安しかない。

 そもそも、エマにファンが居るかどうかが疑問だ。こんなにも可愛らしい容姿をしているなら居てもおかしくは無さそうだが。

 ふと思い出して、初回にモニカから教えてもらった情報を確認する。


『シャルベール帝国が保有する最凶戦力。『死神』の異名を持つ性格に難ありな人です』


 ──これ、ファン居なくね?


 いくらエマがアイドル並みに可愛くても、明言されているのは戦力の一点。

 それに性格に難あり。これに関しては概ね同意だ。否定できる要素が一つもない。

 というより、根本的な問題として帝国におけるエマの立ち位置が全く不明だ。

 仮に極秘戦力だとしたら?

 その存在を公には明かされて居なかったとしたら?


 これは詰んだかもしれない。

 ファン発言を撤回して、新たな言い訳を作るために必死に頭を回転させるヒガナ。


「ヒガナさんは優しい方ですね。そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ」


 くすりと笑い、エマは小さな手を差し出した。

 この慣れた感じ……信じられないことにファンは実在しているようだ。なぜに帝国最凶戦力にファンが居るのか不思議でしょうがない。

 一体どんな立ち位置なのか教えて欲しい。


「握手します? サインも書きましょうか?」

「あ、お願いします」


 そして、エマはファンサービスめっちゃしてくれるタイプだった。



×××



 エマとの都合四回のファーストインプレッションを終えて、アリスとモニカと共に服屋へ向かっていた。

 彼女は今回も服代をくれた。ファンと言ったのが理由かは分からないがこれまでより金額が少し増えていた。


 ヒガナは二人より少し後ろを歩きながら状況整理に意識を向けていた。


 前回の世界での行動は悪くは無かったはずだ。

 エマという強力──実際に身体で感じたので痛い程に理解したが、彼女は正真正銘の本物。最強で最凶の存在である──な人物を味方にすることができた。

 単純な戦力なら敵である二人を撃退するのは簡単だっただろう。


 だが、大きなミスをしていた。

 全てを狂わせたのは赤髪の少女──ノインの力だ。

 認識の撹乱、感情の埋め込み。他者の精神を我が物顔で弄る、卑劣で醜悪な力。それが魔術なのか、はたまたもっと別の力なのかはこの際どうでもいい。

 最も警戒する必要があったのはノインの方だった。

 彼女を速攻で撃退しないとどんな計画を立てても破綻してしまう。


「厄介過ぎる……」


 今回もエマを味方に付けたとする。

 だが、それだけでは前回の焼き直しになってしまうのは考えるまでもない。

 ノインを倒すにはもう一手必要だ。

 その一手を自分自身が担えれば、とヒガナは思う。

 恐らくヒガナが役をやったら、また身体をズタズタにされて、精神を犯されて、人権を陵辱されてしまうだろう。


 何か良い方法、それか助っ人が居ないかと頭を悩ませているとアリスとモニカの会話が耳に入ってきた。


「……モニカはヒガナの奴隷なの?」

「いいえ、違いますよ。ヒガナさんとは成り行きで行動しているんです」

「……じゃあ、誰の奴隷?」

「もじゃもじゃ頭の貧乏さんです。そのせいで毎日毎日お金とご飯の心配しています。どうせなら心優しい貴族に引き取られたかったです」


 口では悪態を吐いているが、それが本心では無いのは誰が見ても明らかだった。

 モニカの主人がどういう人物なのかは分からないが、少なくともモニカを物扱いしていないことは想像できた。


「ところでさ、モニカの主人は何をしている人なんだ?」

「強いて言うなら何でも屋です」

「何でも屋……?」


 その時、ヒガナの全身は電気が走ったような感覚を覚えた。思わず言葉を失い、モニカを凝視する。

 死の運命から突破するためのもう一手。

 その可能性はこんなにも近くに存在していた。もちろん不確定要素は多分にある。だからといって立ち止まるわけにはいかない。立ち止まったら全てが終わるのだから。

 可能性がほんの僅かでもあるのならそれに賭けるしかないのだ。


「アリス、モニカ。俺、ちょっと忘れ物したから先に服屋行ってて欲しい」

「忘れ物? あ、ちょっとヒガナさん!」


 善は急げ、行動あるのみ。

 ヒガナは適当な言い訳をしてから、服屋とは反対方向に走り出した。裸足で駆ける石畳みは地味に痛い。

 それでも無視して走る。

 タイミング的に会える可能性は十分にある。

 だから、とにかく走って目指す。

 ヒガナが一心不乱に目指す場所。──それは廃棄区画だ。



×××



 逸る気持ちを胸に抱きながらもヒガナは慎重に廃棄区画を進んでいた。

 本当なら一刻も早く目的の人物との接触を試みたいが、剥き出しの地面に散らばるガラス片や錆びた釘が立ちはだかる。

 裸足の身からすればとんでもない敵である。

 破傷風は怖すぎる。


 下にばかり気を取られていた結果、目の前の脅威に気がつくのが遅れてしまった。

 ヒガナがそれに反応したのは声が聞こえたからだ。


「おい、そこの変な格好したお前」


 親切さの欠片もない粗暴な口調。

 その声に聞き覚えがあったヒガナは顔を上げた瞬間、思わず顔を顰める。

 山賊みたいな格好をした大柄の男と取り巻き二人。

 二周目の時に出会った奴ら。黒ずくめ二人組の印象があまりにも強すぎて、存在をすっかり忘れていた。

 前はアリスが撃退してくれたが、今回はヒガナ単独。凡人がたった一人で大人三人相手するのは無謀もいいところだ。


「享楽趣味の坊っちゃんかがこんなところウロついていると危ないぜ?」

「そうそう、ここらは悪い奴が沢山いるからな」

「そういう訳だ。有り金、金目の物を一つ残らず置いていけ。そしたらここを通してやる」


 無駄に抵抗しても時間が取られてるだけ。

 大人しく言うことを言うことを聞くことにしたヒガナ。自分が持っている中で最も高価な物を三人組に差し出す。


「これで勘弁して欲しい。これしか持っていないんだ」

「は? なんだこれ?」

「霊装……か?」

「いや、こんなの見たことないっすぜ」


 男たちはヒガナが差し出したスマホを見て眉間にシワを寄せた。

 初めて見る物体に不信感を露わにしているようだ。

 しばらく眺めてから、大男は怒りを剥き出しにしてヒガナの顔面を容赦無く殴った。

 突如の衝撃にヒガナは倒れて、痛みを訴える頬を押さえながら呻き声を漏らす。口からはポタポタと血が垂れる。


「坊っちゃんよ、こんなガラクタで乗り切ろうなんて良い度胸してるじゃないか」

「ち、違う……」

「こっちの恩情を無下にした報いはしっかりと受けてもらうぜ。おい、コイツの身包みを全部剥げ」


 大男の一声で取り巻き二人が倒れているヒガナに近づく。一人はヒガナを羽交い締めにして、もう一人が悪辣な笑みを浮かべて迫ってくる。


「離せっ! 離せって言ってんだよ! アンタたちに構ってる時間はないんだよ!」


 ヒガナは必死に身体を捻って逃れようとするが、羽交い締めしている奴の方が力が強くて抜け出せない。

 焦りと怒りで覚醒、超パワーで敵を圧倒……などと都合の良いことは起きない。

 ここまでか。

 そう思った時だった。


「──ここはいつからダンスホールになったんだ?」


 気の抜けた声に全員の動きが止まった。

 声のした方向に視線を向けると、煙草を咥えた二十代後半くらいの男性がシニカルな笑みを浮かべていた。


 無造作に伸びた灰色の髪。

 やる気のなさそうな──だがその奥には獣の如き獰猛さを孕んだ瞳が印象に残る──とても端整な顔立ちをした美丈夫だ。

 その長身は黒を基調としたスーツに包まれている。だらしない着こなしだが、それが返って大人の色気を醸し出していた。

 力の抜けたような出で立ちをしているが、素人目にも只者ではないというのをひしひしと感じた。


「あ? なんだお前? 見世物じゃないんだよ。さっさと失せろ」

「そうかい。そいつは悪かったな」


 スーツの男性は軽やかな足取りで大男に近付き肩をポンポンと叩く。ニヤリと笑った次の瞬間に拳が大柄の男の鼻っ柱をへし折る。鮮血を撒き散らしながら巨体が地面に崩れ落ちた。

 折れた鼻を押さえ痛がる大柄の男を眺めながら、スーツの男性が灰色の髪を掻きながら呟く。


「邪魔してほしくないなら、目の付かないところでするんだな」


 リーダーが一撃でやられたことに取り巻き二人が絶句。ヒガナを放り投げて、スーツ姿の男に矛先を向ける。

 腰に差していたナイフに手をかけるが、自分たちではどうやっても勝てないことを理解して戦うのを放棄した。

 

「チクショー! 覚えてやがれ、クソッタレが!」


 相変わらず三流悪者が言いそうな台詞を吐いて、取り巻き二人は大柄の男を介抱しながら、その場から逃げるように去っていく。

 情けない後ろ姿を眺めながら紫煙を吐き出して、スーツ姿の男性は軽く手を振った。


「これ吸い終わるまでは覚えておくぜ」


 スーツ姿の男性は未だに倒れたままのヒガナに手を差し伸べる。


「大丈夫か? 災難だったな」

「ありがとうございます」


 手を借りて立ち上がるヒガナ。

 そして、助けてくれた男性をジッと眺める。


 灰色のもじゃもじゃ髪。

 モニカより高い身長。

 貧乏かどうかは流石に分からない。

 だが、間違いない。

 彼こそ、モニカの主人であり、ヒガナが接触を試みていた人物だ。


「どうした? 俺の顔がそんなに珍しいか?」


 遂に出会えたことにテンションが上がってしまい、ついついガン見していたのを指摘されてしまう。

 ここで嘘を言う必要はないので真実を告げた。


「実はモニカと貴方を探していたんです」


 言った瞬間に後悔した。

 この世界、いやどの世界でも初対面の人間に急に言われたことを素直に受け取るのは抵抗があるだろう。

 それに端折り過ぎた気もする。

 モニカとの出会いから話せば信じてくれるだろうか?


「そうか。アンタがモニカのお守りをしてくれたんだな」

「最初にモニカと会ったの…………え?」


 記憶を蘇らせながら説明しようとしていたヒガナは素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 なんとスーツ姿の男性はヒガナの言葉を疑いもせず、あっさりと受け入れて礼を言ってきたのだ。

 彼は周りを見渡して、


「けど、小さいのは見当たらないな」

「えっと、俺の仲間と一緒にいます。俺はちょっと別行動していて」

「なるほどな。確認だが、アンタについて行けばモニカと合流できるってことでいいんだよな?」

「は、はい」

「そりゃいい、探す手間が省けた」


 口角を僅かに上げて、スーツ姿の男性は新しい煙草を口に咥えて火をつけた。

 ヒガナはつい聞いてしまう。


「疑ったりはしないんですか?」

「疑ってほしいのか?」

「い、いや、そういう訳じゃなくて」


 慌てるヒガナを眺めてスーツ姿の男性は力の無い笑みを浮かべる。


「俺はウォルト」

「スオウ・ヒガナです」

「よろしくな、ヒガナ」


 自己紹介を終えたヒガナは安堵に包まれていた。

 疑われて、ややこしい展開になるのを心のどこかで覚悟していたから、ここまでスムーズに話が進んだことに感謝しかない。

 しかし、あくまでも初対面。僅かな行動や言動で関係性はすぐに変化してしまう可能性は十分にある。

 細心の注意を意識することにしよう。



×××



 モニカとアリスは先程の広場でヒガナの帰りを待っていてくれた。

 少し離れた場所から二人に声をかけると、モニカが振り向き紫紺の瞳を大きく見開いた。そして、すぐさま駆け寄ってくる。

 ずっとすれ違っていた二人の再会。本来なら感動的になる筈なのだが──。


「ウォルトさん! 今の今までどこにいたんですか!? ずっと探していたんですよ!」


 甲高い怒号が再会の余韻を一撃で破壊してしまう。

 モニカは怒り心頭といった様子でウォルトに詰め寄る。やはり、怒っていても可愛い。

 それに対してウォルトは余裕をもって答えた。怒られ慣れているというか、対処の仕方を熟知しているようだ。


「その台詞そっくりそのまま返すぜ。大人しく待っていろって言わなかったか?」


「ずっと店の前で待ってましたよ! それなのにいくら待っても戻ってこない。変だな、と思って受付の人に聞いたら『その方ならもう出て行きましたよ』って言われた時の私のおどろき分かりますか!?」


「それはあれだ。お前が小さいから見落とした」


「むきーっ! ウォルトさんのバカーッ!!」


 顔を真っ赤にしてウォルトをポカポカ叩くモニカ。怒っている反面、安堵が隠しきれていない。

 ヒガナの前では毅然と振舞っていたが内心は不安だったのだろう。

 苦笑しながらモニカの相手をしていたウォルトは不意にヒガナとアリスの方へ顔を向けた。


「モニカと一緒に居てくれて感謝するぜ」

「お礼を言うのは俺の方です。アリスの傷を治してくれましたし」

「……ありがと」


 ヒガナ、アリスは揃ってモニカに頭を下げた。

 感謝された張本人はウォルトを叩くのをやめて、照れくさそうにはにかんだ。


「私は当然のことをしたまでですから。というか、ヒガナさん怪我してるじゃないですか!」

「あ、いや、これは」

「治しますから座ってください」


 ヒガナを噴水の縁に座らせて、モニカは癒しの光を放つ。

 頬の辺りが温かくなっていくのを感じる。

 ウォルトは新しい煙草に火を点けて紫煙をくゆらせながら質問をしてきた。


「ずっと気になっていたが随分と不思議な格好だな。ヒガナはどこの出身だ?」


 さて、どう答えたものか。

 正直に別の世界から来たなんて言ったら頭のおかしい奴だと思われるのは確実だろう。

 少し考えてからヒガナは慎重に口を開く。


「極東の小さな島国です」


 嘘は言っていない。

 日本を遠回しに表現しただけでも、それっぽく聞こえるから不思議だ。


「極東、島国……あぁ、瑞穂ノ国みずほのくにか。あそこは独特の文化が栄えているって聞いていたが、想像の斜め上のもんだな」

「──っ。そ、そうでしょう?」


 実際に極東に島国が存在していたことに驚きの声をあげそうになったが、なんとか堪えながらウォルトに会話を合わせる努力を惜しまない。


「それにしても随分と可愛い仲間だな。さぞかし懐が寒くなったんじゃないのか?」


 ウォルトはアリスの首に付けられた奴隷霊装に視線を向ける。

 

「買ってませんよ。ヒガナさんは処分されかけていたアリスさんを引き取ったんです。まったくお人好しというか、なんというか……」

「引き取った?」


 こっそり聞き耳を立てていたモニカが割って入る。それから一部始終をウォルトに語り聞かせた。やはりヒガナの行動には納得がいっていないようで語り口はどこかツンツンしていた。

 話を聞き終えたウォルトは一瞬目を剥いてから、ヒガナのとった行動の大胆さに大笑いして膝を叩いた。


「今時そんなことする奴がいるんだな。いや、馬鹿にしているわけじゃないんだ。ヒガナは良いことしたと思うぜ」

「なんで私の方を見て言うんですか?」

「否定的な口振りだったからな」

「べ、別にヒガナさんの行い自体は良いことだと思います。結果としてアリスさんは殺されずにすみましたから。私が不満なのは後先考えない感情任せの行動という点です。そんなんじゃいずれ破滅しますよ」


 幼い少女から発せられた言葉にしては異様な圧力と説得力があった。

 ヒガナはそれに圧されて、ぎこちなく頷いた。

 この世界においてはモニカの方が先輩だ。忠告はしっかりと胸に刻んでおこう。


「感情任せ、か。モニカが威張って言えることじゃないな」

「何か言いました?」

「モニカは小さいな」

「それどういう意味の小さいですか!?」


 忠告はともかく、すぐに怒るモニカも感情任せではないのか。

 しかし、指摘したら大変なことになりそうなのでヒガナは口をつむぐことを選択した。沈黙は金なりだ。


 それから少しして治癒が終わり、地味な痛みを発していた傷は綺麗に無くなった。


「モニカ、ありがとう」

「いえいえ、ウォルトさん探すのを手伝ってくれたささやかなお礼です」


 モニカの言葉を聞いて、ウォルトは肩を竦めた。


「まぁ、今回はそういうことにしておくか。またどこかで会おうぜ」

「あの!」


 別れの雰囲気になった時にヒガナは声を上げた。


「どうした?」

「ウォルトさんとモニカは何でも屋なんですよね?」

「まぁ、そんな感じだな」

「依頼をしてもいいですか?」


 唐突の頼みに、ウォルトとモニカは首を傾げる。

 しかし、彼の真剣な面持ちを見て冗談で言っているのではないと理解する。


「何かあるのか?」

「いきなりで失礼なのは分かっています。でも、アリスの命が懸かっているんです……だから……」


 身体を震わせて懇願するヒガナの肩にウォルトは優しく手を置く。

 ハッとして顔を上げると、力の無い笑みが飛び込んできた。


「借りを返すのは早いに越したことはないってな。何があったか話してくれ」

「実は────」


 涙が滲むのを感じながら、ヒガナは今直面している問題についてウォルト、モニカに話し始めるのだった。

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