白妙の想い
璃志葉 孤槍
姿なき手紙
「せんせー、日比谷さんはー?」
「日比谷さんは体育には参加できないんだ、仕方ないだろう」
校庭から聞こえてくるそんな声たちに耳を傾けながら、私は保健室で机に向かって淡々と勉強をする。室内にも拘わらず深くかぶった白い帽子は私のことを少しだけ、ほんの少しだけ守ってくれている。
〝アルビノ〟
目や皮膚、毛髪などの色素が生まれつき薄い人たちのことである。そして、私もそのうちの一人。強い光や紫外線に弱く、外に出るときはなるべく日中帯を避けたり、サングラスをしたりしなければならない。
私は生まれつき髪が真っ白だ。幼稚園の時、みんなと違うからと仲間外れにされてから私は自分の髪が嫌いになった。聞こえてくる声はいつも「かわいそう」だった。
高校にあがった今でもそう。周りに自分の髪を見られたくなくて、室内でも常に帽子をかぶっている。
ちらりと横を見ると壁に全身鏡が立てかけてあり、帽子の隙間から白い髪の毛が少しはみ出ていることに気づいた。急いで隠しながら、虚脱感に苛まれ思わずこぼれた涙を拭う。こうでもしなきゃ……、いや、こうしていても〝みんな〟の中には入れないという事実がすごく苦しかった。
授業終了のチャイムが鳴り、急いで荷物をまとめた。身を縮ませながら教室に戻り、廊下に近い一番後ろの席に座る。窓際だと日の光が当たってしまうからって先生の配慮だけど、特別扱いされているのが気に食わないらしく周りのざわめきはいつになってもおさまらない。
ホームルームを終えると、また身を縮めながらそっと教室を出た。目を守るためのサングラスをかけながら下駄箱に急ぐ。
「……あれ?」
自分の下駄箱の中には靴が入っている。でもそれだけじゃなく、小さな白い封筒も一緒に入っていた。
『
封筒の表面には私の名前が書かれている。間違いなく、私宛である。でもどうして──
がやがやし始めたことでクラスメイトらが近づいていることに気づいた私は、そのまま封筒を鞄にしまって靴を履き、家路を辿った。
家に帰った私は鞄から封筒を取り出し、開けてみる。中には二つ折りにされた手紙と一枚の写真が出てきた。写真に写っていたのは青い空と白い雲。とくに建物や人物が写っているわけでもなく、雲の形が面白いというわけでもなかった。手紙のほうを見てみた。
『晴れた日の空。空が青いと白い雲が映えるよな。』
少し不格好な字でそう書かれていた。一体どういう意図でこれを私に送ってきたのだろう。しばらく考えても私にはわからなかった。
一週間後、また私の下駄箱に小さな白い封筒が入っていた。
『日比谷真白さんへ』
自分宛であることを確認し、私は鞄に入れた。家に持ち帰って封筒を開けてみる。また二つ折りにされた手紙と一枚の写真が入っていた。写真に写っていたのは消波ブロックに打ちつけられた波だった。
近くに海があったことを思い出して、きっとそこで撮ったのだなと妄想した。二つ折りの手紙を開いてみる。
『最初の手紙届いてたかな? 空の写真のやつ。今度は海の写真を撮ってみた。ブロックに波がぶつかって白く泡立ってるのを撮るのが好きなんだ。もしこれが届いてたら休み明けの月曜日、適当に手紙書いてお前の下駄箱に置いといてくれよ。』
また不格好な字で先週よりも長い手紙だった。しかも手紙の催促までしてくるなんて。なんだかおかしな人だと思った。でもなぜだか悪い気はしなかった。
送り主の名前は先週のも今回のも書いてなかったからわからなかった。これじゃ宛名を書くのに困っちゃうわ。しばらく考え、私はこう書いてみた。
『写真家さんへ
空の写真も、海の写真もちゃんと届きました。私は静かな波が好きですよ。』
今日は金曜日だから休み明けの月曜日、自分が登校した時に靴と一緒に置いてみることにした。帰る時にはもうなくなっていた。写真家さんのもとに届いたかしら。なんて考えながらいつしかまた手紙が来るのを待っていた。
そして金曜日の下校時間、下駄箱に封筒が入っていた。わくわくしながらそれを持ち帰り、開けてみた。二つ折りの手紙と一枚の写真。生クリームのケーキの写真だった。
『写真家じゃなくて、ただの写真好きが高じただけの一般生徒。でもそうか、日比谷真白さんは静かな波が好きなのか。先日俺の誕生日だったから、生クリームのケーキを作ってみた。白くて、ふわふわでおいしかったよ。』
自作とは思えないくらい綺麗で上手だった。だから思わずこう書いてみた。
『お誕生日おめでとうございます。あまりにも綺麗に作れていたので私も食べたくなってしまいました。生クリームのケーキは私も好きですよ。』
月曜日の登校時に私が、その週の金曜日の下校時にお相手が、私の下駄箱に手紙を置くのが習慣になった。学校に行くのが少し、楽しみになった。次はどんな写真を送ってくれるのだろうか。考えるだけで浮足立つようになった。
『先日公園を歩いていたら白いユリの花を見つけたから思わず写真におさめてみた。白ユリの花言葉は純潔らしいな。』
『あら、とても綺麗ですね。ユリは今が見頃ですね。暑くなりますのでお体ご自愛ください。』
『実は家でマルチーズを飼っているんだ。とても可愛いのでよかったら。』
『真っ白でふわふわで可愛いですね。私も動物を飼ってみたいのですが、お母さんが動物アレルギーなので難しそうです。』
『もうすぐ夏休みだな。入道雲がとても綺麗だったよ。夏休み中は手紙のやり取りができないのが残念。』
『夏休み中にたくさん写真撮っておいてくださいね。たくさんの写真が届くの、楽しみにしております。』
そうして、夏休みに入った。高三の夏休み。勉強しながらもやっぱり気になるのは写真のこと。今までの手紙や写真を眺めてはふふっと笑ってしまう。
名前も姿もわからない人からの贈り物。どうしてこんなことをしてくれるのかはわからないけれど、手紙や写真を見ていると心がふっと軽くなるような気がした。
夏休みが明けても手紙のやり取りは続いた。夏休み明け最初の写真は大量の飛行機の写真。空港で撮ったり、空を飛んでいる様子を撮影したりしていた。
『白い雲と白い飛行機はやっぱり映えるね。飛行機に白が多い理由は機内の温度を上げないようにするためらしいよ。夏休み中、三回くらい空港に通ったんだ。俺、飛行機好きだから。』
『飛行機いいですね。私は乗ったことないけれど、どんな感覚なのでしょうか。一度乗ってみたいものです。』
秋になり、少しずつ寒くなってきた。まだ帽子もサングラスも欠かせないけど。夏だとあまり目立たないけれど、秋になってしまうと帽子やサングラスをつけている人はほとんどいなくなってしまうから少し緊張する。何年経っても慣れないものね。
冬に入った頃、私は今までの写真たちを見てある共通点に気が付いた。偶然? いえ、それにしては偶然がすぎるわ。
冬休み中に撮ったという写真。ホッキョクグマ、白うさぎ、積もりに積もった雪の写真。これは確信せざるを得なかった。思わず私は尋ねてしまった。
『どうしてあなたの写真は白いものばかりなの?』
金曜日。手紙は入ってなかった。一週間、二週間……。どれだけ待っても、手紙は来なかった。悪いことを聞いてしまったのだろうか。そんな不安が募ったまま、手紙は一向に来ず、ついに卒業の日がやってきてしまった。
クラスメイトらは別れを惜しんで泣いているけれど、私は涙なんか出ない。胸につけられた卒業生用のブローチを握りしめる。写真家さんのことは忘れて、私はまた周りの目を気にしながら──
「日比谷真白さん!」
帰路についた私を呼び止めたのは、カメラを首から下げた一人の男の子。ブローチを胸につけているからきっと卒業生なのだろう。でも私は彼のこと、名前さえも知らない。もうお別れって時に何の話なのだろう。
男の子は握りしめた拳を震わせながら、意を決したように叫んだ。
「し、白が好きだから! 一番、好きな色だから!」
その目はしっかりと私の髪を見ていた。いつも笑われていた髪を。仲間外れにされた元凶の髪を。恥ずかしくて隠していた髪を。
彼が写真家さんだってことに気づくのに、そう時間はかからなかった。ずっと嫌いだった私の髪を、彼は好きでいてくれたのだろうか。
「白って綺麗なものばかりだ。その……あんたの髪も……」
そこで彼の言葉は途切れた。怪訝そうな顔で私を見つめる。一歩ずつ近づき、私の頬に手を触れた。
「……嫌……だった?」
私は静かに涙を流していた。それを拭いながら首を横に振る。
「ううん、嬉しい……」
彼は静かに微笑むと一歩下がり、呼吸を整え優しく言葉をかける。
「俺と、付き合ってください」
*
それから三年後、私たちは結婚した。彼と私の大好きな純白のドレスに包まれて。
白妙の想い 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari
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