カーテンコール それが彼らの目指す『唯一無二(オリジナル)』ならば
「「お疲れ様でしたああああああ!」」
片付けを終えた東京玉川都市高校演劇部はソフトドリンクの注がれたグラスを持って力強い乾杯を交わした。
「みんなああ、本当にお疲れ様あああ。よく頑張ったねえ!」
監督で来ていた顧問の相住先生は涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら烏龍茶を流し込んだ。ノンアルコールのはずなのにもうすでにテンションは酔っている大人のソレだった。
「みんな立派になっちゃって。特に園田さんなんかさ、一杯問題起こして、一時期は立ち上げすらできないかもしれなかったのにさああああ」
「あーうん、先生落ち着いて。とりあえずハンカチで顔拭こう」
「珍しい。紫蘭が介抱する側にいるなんて」
「まあ、二年生たちは二年生同士で色々あったんでしょ」
号泣する相住先生、あまり稽古に顔を出さなかった分、どうしてそこまで感情移入できるかわからないが、裏で色々やってくれたのかな、と無理やり納得した。
先輩たち、ほんと去年まで何があったんだろう……
「一年生組お疲れ様。鴇ちゃんもユイちゃんも上手だったよ〜」
「あ、ありがとうございます」
「私、ちゃんとできてました?」
「バッチリだったよ〜」
ツツジのお褒めの言葉を前に鴇はわかりやすく表情が明るくなる。
「ほら、あの拍手の量。すごかったでしょ。みんな君たちを讃えてくれたんだよ」
「そうなんですか。もういっぱいいっぱいで」
「意外と舞台の上って記憶ないんですよね」
「へ〜初耳だね〜」
「紫蘭ちゃんの演出も審査員に褒められてたし、脚本への感想もいっぱい寄せられてるよ〜」
「え、後で読みたいです」
「あ、写真撮ってきたから見ていいよ〜」
「俺は?」
「う〜ん、私の口からは言えないかな」
「海越ちょっと俺にも見せろ」
「うあああああああん、紫蘭ちゃああああん」
「先生、そろそろ私も部員と思い出を分かち合いたいんですけど」
とまあこんな風に、祝杯ムードを迎えているのだが、結果は惜しくも敗退となった。
都大会に出場したのはもちろん、白瀬秀樹率いる順徳高校。そして最もバランスの取れたパフォーマンスを観せた、翡翠の在学している緑ヶ丘聖学院。
本当に接戦だった……と思いのだが、正直反省点は山ほどある。
勝ちたいと願い、必死に自分の作品と向き合ってきた。それを真正面から届かないと言い渡されたのだ。流石に応えるものはある。
けれど、なぜだろう。あの時のような、屈辱とか喪失感といったものは一切ない。むしろ来年に向けてやりたいことが溢れ出して止まらない。
まあ、白瀬秀樹に啖呵切った上に、この結果だという現実を思い出すと、恥ずかしくて死にそうになるのだが。
けど、なんと言えばいいのだろう。
次こそは、次こそは、描いた理想すら越えるような、突き詰めて突き詰めて、その先に辿り着けるような『唯一無二(オリジナル)』を作れるかもしれない。
根拠はない。けれど、遥か先にある高い壁を見上げて、それでもワクワクが止まらない。
ああ、ハマってしまったんだなと、物語を0から描く脚本家の魅力にとりつかれたことを自覚した。
みんな敗北への悔しさもあるが、初めて作品を作り上げたことへの達成感で、思うがまま楽しい夜を過ごした。
相住先生も数時間したらすぐに酔いが覚め、監督らしく引率する。
「はい、皆さん。本当にお疲れ様。皆さんよく頑張って疲れていると思うけど、また明日には学校があるので、安全に気をつけて帰ること。そしてしっかり休んでください」
「「はい、ありがとうございました」」
そうして、一同解散しそれぞれの帰路に立った。
海越と紫蘭は利用する電車が同じため二人駅に向かって歩き出す。
「ねえ、海越」
「どうした?」
「ちょっと寄り道しない?」
相住先生の言葉を早速無視した提案をいたずらに笑って投げかける。
まあ、今日くらいはいいかなと海越は紫蘭の後ろを歩く。
曇りない夜空から優しく照らす月明かりの下をこうして歩くのもなんだか乙なものだな。
「それで、話ってなんだ?」
二人は近くの公園に腰を下ろした。
「……ありがとうね」
「え?なに?どうした?」
「そんな驚くこと?」
「うん」
「はぁ、これでもちゃんと感謝しているんだよ」
「え?なにを?」
海越は本当に理解していないといった様子で首を傾げる。
「楽しかったんだ。本当に。やっと私の目指していたものの片鱗を見れた気がするんだ」
「そうか」
「ほら、子役やっていた時はずっと大人の言うこと聞いてたし、演出をやっているときはみんな流されるがままというか。ほら私優秀だから」
「ああ、まあそうだな」
敢えてツッコミはしなかった。
「だから、こうやってわがままをぶつけ合って、本気で挑んで、そしてちゃんと負けた。そんな当たり前のことが嬉しい」
海越は何も返事はしなかった。
本来ならお礼を言うのは自分の方なのだから。演劇を捨てかけていた自分に脚本家の才能を見出して、この世界に連れ戻してくれた。多少強引でもその時間さえも今となっては掛け替えのないものなのだから。
「ねえ、海越。私の夢、まだ言ってなかったね」
そして紫蘭は何か覚悟を決めた表情で
「私と一緒に劇団を立ち上げてくれない?」
想像もしていなかった提案を出された。
「私は私の目指す理想を、ううん、理想さえも越えるような芝居を作りたい。誰かの下じゃなく、私自身の手で。海越とならそれができる気がする」
差し出された手に、強い意志の宿った瞳、月明かりに照らされた彼女の姿はどこまでも美しく海越の目に映り、息を飲み込む。
これは単なる口約束ではない。彼女共にこれからを歩むという誓いでもあるのだ。
そう簡単に手に取って良いものではない、だが……
「どこでそんな風に思ってもらえたのかわからないけど。俺もお前となら何かすごいことができる気がする。だから、お前のその夢、俺にも見せてくれ」
海越は彼女の手を力強く握りしめた。
「で、それいつ立ち上げるの?と言うか今後の部活の方針は?」
「いや、全く考えていない。ぶっちゃけ勢いで誘った」
「なんだよそれ。大丈夫か?俺結構覚悟決めて乗ったんだけど」
「細かいことはこれからちゃんと考えるよ。でもまあ、絶対面白いものできるでしょ。今日確信した」
「なんか出だしから不安だな。ま、立ち上げなんて大体そんな感じだよな」
「よし交渉成立ってことで帰ろっか」
「割とすんなりと終わるんだな。もう少し長引くかと思ったけど」
「明日からまたみっちりやるんだからそう長居はできないでしょ。学校でも自主公演だってしたいし大会の対策も、『ポラリス』にだって来年は出たいんだから。時間はいくらあっても足りないよ」
「確かにそうだな。また新しい台本、書きたいものも色々見つかったしな」
「お、いいね、早く読ませてよ。明日までにわかりやすくまとめてきてね」
「早えよ。もう少し休ませろよ」
「海越はそんな働いてないんだからできるでしょ」
「っぐ、それはそうだけど」
「じゃあよろしくね。楽しみにしてるよ〜」
そして二人は夜風とは逆向きに駆け出していった。
失敗する未来に臆することなく、その逆境さえも楽しんでしまえそうなほど強い遊び心を抱いて。
もしかしたらまた立ち直れないほどの挫折をするかもしれない。
理想に見合わない現実に打ちのめされ、自分自身に失望するかもしれない。それでも、
何度でも挑め、何度でも舞台に立て。「似合わない」と言われても、「向いていない」と後ろ指たてられたとしても。
だからいつかきっと、理想を超える僕だけの『オリジナル』が見つかるその時まで。
彼ら、彼女らの物語は、カーテンコールのその先へ行く
シアターズ・ウェルメイド 御伽ハルノ @Harunootogi
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