第3話
最終日、現場に揃うレギュラーメンバーは二人だけだった。上司は怪訝な顔で「本当に行方不明なのか」と問い、藍馬と智ノ瑠は不審そうに頷く。
「あんたも心当たり無いのかい」振られた私も当然かぶりを振る。
紺谷が消えた。平均年齢が下がったので若さの余り喜ぶかと思ったら、かなりのお通夜状態である。
「二人だけど、頑張ろうか。来週には臨時のスタッフが入るらしいから」
「……はい」脅える新人の背中を押して、二人は効率の悪い作業を再開する。視線移動に要する労力の減った私は日傘の下、悠々と智ノ瑠の汗を摘まむ。
昼には重い足取りで三日連続のラーメン屋へ向かう。藍馬と智ノ瑠の間では会話が弾まないようなので、私が仲介役となり「新しいスタッフ楽しみですね!」等と盛り上げた。元気出していこうぜ。仕事に支障が出るじゃないか。
「ボクもうここに居たくないです……」食事中彼は今にも吐きそうな調子で漏らす。
「大丈夫?麺伸びちゃうよ?」何故か私は励ます立場に回る。
「だって次はボクかもしれないんですよ」
「本部が警察に電話するって。これは多分事件だ」智ノ瑠が言うように一連の事件性は明らかで、解決すれば良いなぁと思った。中々難しいとは思うけど。
午後の作業中、正直彼に罪は無いと思っていたけど、例の誘いを行ってみれば「…………本当ですか?」疑う余地まるで無しに乗り掛かるので、馬鹿は罪と捉えて問題無いだろう。終業時間となり、智ノ瑠はいつも以上に周囲への潤沢な注意を向け、藍馬は打って変わって浮ついていた。
「三秒毎に後ろを振り返ること。何かあったら直ぐに警察かあたしに電話しなさい」そう言って藍馬が車を出すのを二人で見送る。あたしが送ってあげるとは往復に車移動を用いる彼に対して言えない、と心の内を読む。
「眸も気を付けてよ。ただでさえ女子は危険なんだから」自分を棚に上げた気遣いには彼女の優しさと、同僚と私を性別カテゴリー化する無意識が表れていた。
「大丈夫。じゃあ明日から私も自分の仕事に戻るから」言い忘れて、言う相手も減ってしまった見学終了の旨を最後に伝えて現場を出た。
暫く歩いた所で引き返し、誰も居ないことを確かめる。今夜はリスクが高いので、手早い処理の為に今から準備しよう。三回目の作業は決して楽なものではなく、足を滑らせれば墓穴を掘ったと反省出来る。ユンボを使えば効率は良いが、鍵が掛かっているし騒音で迷惑となるので智ノ瑠の仕事ぶりを見倣うのだ。
ここから近いと言った彼の家を目指す。何かあると思った時には遅い。私はスコップで掘り続けた。
その翌日、藍馬も姿を消したらしいと俯きがちな智ノ瑠から聞く。職場見学が閉幕された次週の日曜、私達はまたカフェで待ち合わせしていた。
「あたし一人になっちゃった……」コーヒーを飲みながら彼女は泣いていた。私はそれを慰めながら、出来る限り情報収集する。
「消えた三人はどうなった?」
「結局見つかっていないみたい。誰の仕業なんだろう……」しおらしく眉を歪める智ノ瑠の貴重な姿に嘗てない魅力を感じる。三人が共謀してサボる線を考えない程には信頼を寄せていたのだろう。このまま彼女の仕事と生活に影響が出れば私の財布に縋ってくるか、と悪魔的な考えも浮かんだ。
「もうこんな仕事辞めたら?」予てより抱いていた提案を遂に言い渡すと、彼女は黙った。てっきり反論されるかと思っていたが、重たい口を操りやっと正直者になった。
説得は功を奏し、智ノ瑠は私と同じ会社で働くこととなった。大学名の響きや私の紹介あって転職はスムーズに進み、隣の部署で事務職に就いている。コミュニケーション能力に不足しない彼女は社内での評判も良く、お互いにハッピーではないかと事の顛末を祝う。
往復の時間が合えば待ち合わせし、同じ電車に乗って通勤する。スタスタ歩く彼女のホワイトカラーは私よりお似合いだ。
だけど彼女の瞳はブルーカラー。私に対する態度は以前より冷淡となり、その眼は黒スーツの男の方へ向いた。飲み会でも男性上司の横に座って御酌する。寒い冗談を面白がる。私の方へは決して向いてくれない。
やがて彼女と話すことは無くなった。通勤時刻をズラそうと早起きした。初恋は社会人になっても擦れ違う。辛くてどうしようもなくなった。
私はスコップで掘り続けた。
あの子の瞳はブルーカラー 沈黙静寂 @cookingmama
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