第2話

「蒼嶋の野郎が遅い」

 見学二日目、九時二十分になろうと現場には私とオジちゃんを抜いて三人しか居ない。紺谷は早速挫かれた出鼻を弄り、何も無いはずの地面に八つ当たりする。

「ダンプは置き去り。各々の連絡にも応答無しと」

「はい」智ノ瑠は画面を眺めて言う。

「オカシイな、前鈹のラインなら毎回既読が付くんだが」やはり彼は性別で色眼鏡を掛ける弱視の気があるようだ。

「あの人偶にサボりますからね」消極的な藍馬が便乗するようにこの状況は然程緊急事態ではない。

白維しらいさん、昨日あの後蒼嶋どうした?」

「車内でスマホを弄っていたので私は先に帰りました」情報提供の要求には素直に応じよう。

「……ったく、何処で何しているんだか。偶には給料分の働きしろよなぁ?」

「あ、あはは」智ノ瑠は怒りの緩衝材となり困ったように笑う。

「取り敢えずあたし達で先に進めましょう。後で紺谷さんが叱れば良い話です」明るく振る舞うが、表情の裏には寂しさが透けて見えた。私は少し疲れを覚えながら今日も彼女の人間関係を読み解く。

 午前の作業が終わり、早めに訪れた上司に蒼嶋の不在を伝えるが心当たりは無いようで、今日中に来なければ本部に連絡すると言った。紺谷がキレながら今日もラーメン屋に入ると言うので四人横歩きで入店し、昨日と違うメニューを注文したが味に大差は無い。態々煩い音でグラスを置いた紺谷がトイレに外れた瞬間をまた狙い、耳元で囁いた。今回は失敗を覚悟し逃げ道をシミュレートしていたが、誘われた中年男性は鼻を伸ばし、「……何処で」大人の陰湿さで事を進める。彼は真面目な振りをして不浄なタイプだった。

 午後の作業、昨日より緩慢となった智ノ瑠の動きを見る。三人の時間が経つにつれ欠席者への不満は心配へと変わり、それぞれせっせと手を動かす。智ノ瑠を困らせてはいけない、そう思って紺谷へ語り掛けたのだ。今回は居残らないように昨日の内容に補足を付け、別の場所で落ち合うこととした。

 夜になる。紺谷は「二人共お疲れ。じゃあ」奸智に長ける自然体で先に行った。智ノ瑠には今日も一人で帰ると言い、近くの居酒屋へ向かう。

 私はスコップで掘り続けた。


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