「はぁ! はぁ!」


 僕はビルの間に隠れながら、肩で息をする。田舎育ちで、田畑を駆けていたから体力には自信があった。しかし、謎の怪異はそれ以上に体力があったのだ。

 それに加えて、如何いう訳かどんなにかくれても僕の居場所が分かるようなのだ。その為、中々息を整える暇がなく三十分程走り続けている。


『お終いかメェェェ??』

「……っ!? わっ!! ……っ! 原稿が!!」


 そろそろ移動をしなくては、そう考えていると背後から謎の怪異の声が響いた。疲労が蓄積した足は縺れ、僕はアスファルトの上に転がった。衝撃で先生の原稿が入っている風呂敷包みを落としそうになった。


『美味しい、香りメェェェ!!』

「ヤ、ヤギ?」


 スライディングをするようにして、原稿を落とさずに済んだ。そしてビルの間の暗がりから出て来たのは、白いヤギだった。如何やら謎の怪異正体は、このヤギだったようだ。だが、普通のヤギではないのは明白だ。怪異である以上何が目的なのか分からない。

 張間家の付喪神たちや、鯉のぼりをきっかけに出会った赤い鯉と違い話が通じる状態ではないようだ。


 ヤギの目は赤く血走り、口からは涎が垂れている。


『早くそれを寄越すメェェェ!!』

「だ、駄目です! これは、僕の恩人の大切な原稿です。お渡し出来ません!!」


 血走った眼が菫色の風呂敷包みを映した。何ということだ、ヤギの目的は先生の原稿だったようだ。僕は急いで立ち上がると、風呂敷包みをしっかりと持ち直す。


『良いから!! 喰わせろ、メェェェ!!!』

「……っ!! 駄目です!!」


 ヤギの怪異は頭を何十倍にも膨らませると、大きく口を広げた。目の前に迫る歯、僕は風呂敷包みを腕の中に抱え込んだ。


 そして目の前が真っ暗になった。


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