⑦
鬼瓦さんと別れ、編集社を後にした。僕は夕陽に照らされる高層ビルを見ながら、駅へと歩く。今から帰れば、夕食の稲荷寿司を作る時間には余裕がある。尾崎先生は疲れているから、沢山の稲荷寿司を食べたい筈だ。帰りに最寄りのスーパーで油揚げを追加で買う方がいいかもしれない。
そう考えを纏め、駅への道を確認しようと近くに立っていた案内図を見た。
「あれ?」
夕陽に照らされている所為か、案内図の文字が読めない。少し体を傾けたが、それでも文字を読むことが出来なかった。
「……えっ……」
仕方がなく、案内図へと近寄った。すると、案内図を読めなかった理由が直ぐに分かった。光に照らされて見えないのではなく、そこに文字が存在しなかったのだ。
『……メェェ……腹がへったメェェ……』
「……えっ……」
不意に横から、語尾に特徴のある鳴き声が聞こえた。そちらに振り向くと逆光による、黒いシルエットが揺れる。
幼稚園児ぐらいの身長に、大きな角を生やした二足歩行の生き物がゆっくりと歩いてくる。誰かの仮装だろうか?いや、今はハロウィンの時期ではない。
『寄越せ!! 喰わせろ!!』
「……っ!?」
その生物は大きな声と共に、走り出すと僕へと飛び掛って来た。僕はそれを何とか避けると、風呂敷包みを抱える両手に力を込めると走り出した。
『待て!!』
「待ちませんよ!」
背後から掛かる声に反論する。待てと言われて待つ人は居ないだろう。不審人物から逃れる為に、僕は駅前の交番を目指して走る。案内図を見ることは出来なかったが、人の流れを追えば大体の場所は分かるからだ。
「あれ? なんで……」
目的の交番が目に入った。しかしそこで、違和感を覚えた。駅前へと向かう道には、オフィス街から帰宅途の人々が沢山行き交っている。
だが、その誰一人として僕を追う生物の存在に、気付く様子がなかったのだ。
『美味しいの! 美味しいの! 喰わせろ、メェェェ!!』
「……っ。まさか……」
再び飛び掛ってきたそれを、しゃがんで避ける。僕以外、誰にも見えない聞こえない存在。それは怪異である可能性が高い。
「交番は駄目だ……」
謎の怪異は今までは他の人に当たったり、人を傷つけたりはしていない。だが、このまま僕が駅前に行けばその可能性が高くなる。見えない存在が当たってくるなんて、予想することは出来ない上に恐怖だ。人も多いため、連鎖的な事故に繋がるかもしれない。
幸いなことに、謎の怪異は一心不乱に僕を追いかけて来ている。如何にか、追跡をまき帰宅をしなくてはならない。
「だったら……」
『? かくれんぼメェェェ? 良いメェェェ!! 疲れ果てた所を喰うメェェェ!!』
僕は駅とは反対のビル群へと走り出した。障害物が何もない道を走っていても、この追いかけっこは終わりそうにないからだ。ビル群は迷路のように所狭しと、立ち並んでいる。この遮蔽物を利用し、謎の怪異から逃げる。時計を見ると、夕食を準備する時間まであと1時間ほどだ。
尾崎先生に美味しい稲荷寿司を作る為、僕は地面を強く蹴った。
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