⑥
夕陽が傾き始めた頃。僕は鬼瓦さんに見送られながら、編集社の建物の前に立った。
「あっという間だったわ! 今日は本当にありがとう、春くん!」
「こちらこそ。美味しい紅茶とお菓子を、ご馳走になりましてありがとうございました。色々と楽しかったです。建物さんもありがとうございました」
笑顔で今日の出来事を楽しそうに語る彼の後ろでは、回転扉が物凄い勢いで回転をしている。これは建物の怪異に、返したくない程気に入られた証拠らしい。そう語った鬼瓦さんは、先程回転扉を使って出る際に扉にお説教をしていた。外に出るのに少し時間がかかったが、仲良くしてもらえるなら嬉しい。僕は鬼瓦さんと建物へ、お礼を告げた。
「良いのよ! 春くんに喜んで貰えて私も嬉しいわ! あ、そうそう! これを恭介に渡してくれるかしら?」
「はい。わかりました。……原稿ですか?」
鬼 瓦さんから菫色の風呂敷包みを手渡された。それは僕が持って来た原稿と同じように包装されていた。かさりと、僕の腕の中で音を立てた。そのことから、中身の見当を立て尋ねた。
「そう! 前の原稿よ。紙とインクに使われている妖力が強くて、こちらでは保管も処理が出来ないから全部返しているの」
「あの……先生の『書き損じの原稿用紙』は、先生ご自身が処分されているのですか?」
彼の話によれば、先生の原稿は毎回返されていると言う。今回の原稿を仕上げるまでに、あの海の様な大量の紙が『書き損じた原稿用紙』として生み出されることになる。ならば、その処分を先生が行っていることになる。
『書き損じた原稿用紙』を纏めている際に先生は、後で処分すると言っていた。今、編集社では特殊な紙とインクにより処分出来ない紙が溢れている。困っているのならば、その解決策を先生は知っているのではないだろうか。
「……え? いいえ、恭介は書き損じを出さないわよ? 頭の中で全部書いてそれを書くみたいだから」
「……あれ? そうなのですか? 書斎に入った際に、書き損じた原稿だと仰ってましたが?」
「きっとそれは全部、今までの作品よ」
「えっ!? しかし、処分をすると……なんで……」
僕の言葉を聞いた彼は、心底不思議とばかりに首を傾げた。その表情から、彼が本当のことを告げていることが分かる。まさに寝耳に水である。
「そうね……あいつは昔から、意地っ張りなのよ! 努力している姿は一切見せたくないみたいなの! でも、その代わりにプライドが高くて『人間の真似をして怪異が物書きをしている変わり者』って言われた時なんて、相手を逆さ吊りにして……その後……」
「あはは……でも、好きなことを揶揄されたら怒って当然ですよ。それに先生は、勇美さんのようなお友達が居て嬉しいと思いますよ」
拳を握った鬼瓦さんが先生について熱く語る。彼が先生の良き理解者であり、友人であることを僕は嬉しく思った。
「……え……えぇ!? いやいや! 違うから! 春くん! 恭介とは友達じゃないから! 只の腐れ縁の幼馴染だから!!」
「幼馴染で、大人になっても近くで会えるのは素晴らしいことですよ!」
「ち、違うのよ……春くん……」
「大丈夫です。分かっていますから」
慌てて友人関係を否定する鬼瓦さん。大人になってから、友達と仲良いと言われると嫌なのだろうか?田舎に居る友人を想像してみたが、嫌ではない。寧ろ自慢の友達であると言える。そう考えると、彼の慌てようは照れ隠しなのかもしれない。
僕は鬼瓦さんを安心させるように笑いかけた。
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