少し前に通った住宅地。僕の隣は鬼瓦さんが並び、少し後ろを気怠そうに尾崎先生が歩く。ゴールデンウイークということもあり、休日を家で過ごす人達も多いようだ。建ち並ぶ家々からは、人の話し声が聞こえる。


「確かこの辺りだったわよね? 私達が見上げた鯉のぼりがあったのは……」

「はい、確か……あ、あそこです!」


 鯉のぼりを見たことは覚えていたが、家の外観は然程覚えていなかった。辺りを見回しながら歩くと見覚えのある、鯉のぼりを見つけた。


「……此処か」

「はい、あの赤い鯉の尾鰭に付いていました」


 鬼瓦さんと僕が、家の前で足を止めると、先生が空を泳ぐ鯉のぼりを見上げた。残念ながら、鯉のぼりには怪異の姿は見当たらなかった。あれから随分と時間が経過した。何処かに行ってしまったのだろう。


「でも、今は居ないみたいね。何か痕跡があればいいのだけれど……」

「痕跡……」


 残念そうに、鬼瓦さんが呟いた。痕跡と言っても、僕はその怪異の姿をはっきりと見たわけではない。どんな容姿をしていたか分かれば、探す方法もあっただろう。


「こらっ! 柱の周りは泥がぐちゃぐちゃになっているのだから、踏まないで! 玄関が泥まみれになるでしょう! もう! 水なんて撒いて! 悪戯しないの!!」

「僕たちしてないよ!」

「そうだよ! 来たら濡れていたよ!!」


 背後の家から母親が子ども達を叱る声が響いた。如何やら向かい側にある家の住人達の会話のようだ。不思議なことに雨が降ってもいないのに、地面が泥まみれになっていること。子ども達が悪戯をして水を撒いたことではないこと。が耳に入って来た。


 そこでふと、スーパーで聞いた会話を思い出した。


『……私の家は水浸しになっていて……』

『そんなに濡れてはいなかったのだけれど。子どもが数えると、不思議と影の数が一匹多くて……』


「……あ……」


 もしかしたら、あの会話の謎の正体は怪異なのではないだろうか。その考えに至り思わず声を上げた。


「如何かしたの?」

「えっと……勇美さんは先にお伝えしたのですが、雨も降らず水も撒いていないのに地面を泥まみれになっていたこと。子ども達が数えると、影の数が時々違うという話しをスーパーで聞いたのです。それって……怪異が濡れていて、鯉のぼりにくっ付いていたから影の数が多かったのではないでしょうか?」

「…………」

「…………」


 纏めた考えを二人に伝えた。すると二人は黙り込んでしまった。その沈黙が痛い。僕が話したのは、ただ情報を組み合わせただけのものだ。やはり僕の予想が間違っていたのだろう。


「その……やはり……」

「うむ、春一の予想通りかもしれないな」

「凄いわね! 春くん!」


 違っていたと伝えようとすると、尾崎先生と鬼瓦さんが頷いた。そして僕の意見を肯定した。


「……え?」

「ならば、怪異は水生の可能性があるな」

「じゃあ、水がある所を探しましょう!」

「近くに池があるな。行ってみるか」

「そうね! 行きましょう!」


 思いがけない言葉に僕が首を傾げていると、二人は更に怪異について話しを進める。


 何だか活き活きとしているように見えるのは何故だろう。


「あ、あの? 間違いだとは思わないのですか?」


 僕を置いて話が進み、歩き出した二人の背中に声を掛けた。


「嫌、無いな。聞いた話と現状が一致している。それらを結び付けるのは、件の怪異だ」

「そうよ! 春くんが言うことだもの! 信じるわよ! それにちゃんと情報を整理していて凄いわね!」


 振り返った尾崎先生は淡々と合っていると断言した。そして鬼瓦さんは嬉しそうに笑った。


「あ……ありがとうございます」


 上京したばかりで、会長から無理難題を言い放たれた時と違い。話しを聞いてもらえて、信じてもらえることに胸が熱くなった。


「……ん? あれ?」


 喜びに浸っていると、何処から聞きなれない音が響いた。水が地面へと零れ跳ね、ゴムが軋むような鈍い音だ。そしてそれは、曲がり角から姿を現した。


「こ、鯉?」

「……っ!?」

「えっ!?」


 身長一mぐらいの赤色の鯉が登場した。尾鰭を足替わりとして、立ちジャンプをしながら進んでいた。僕は思わず見たままの情報を呟いた。すると尾崎先生と鬼瓦さんも後方に居る鯉へと振り返り、驚きの声を上げた。


「これが、探していた怪異か……」

「そうね、確かに濡れているし……」

『う、うわぁぁぁぁ!! 食べないでくださぃぃぃぃ!!!』


 先生と鬼瓦さんが、赤色の鯉へと近付いた。すると、その鯉は人間の女の子の様な叫び声を上げた。そして体を屈折させると反動をつけ、尾鰭を起用に使い断続的に跳ねた。彼女はその場から勢いよく立ち去ってしまった。


「追うぞ」

「ええ!」

「あ、はい!」


 先程の鯉はあれだけ跳ねていたのにも関わらず、倒れないよう左右の胸鰭でバランスを取っていた。物凄いバランス感覚の持ち主である。そのことに感心をしていると、先生と鬼瓦さんから声をかけられ歩き出した。


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