お酢の香りが、たちこめる台所。僕は翡翠色の大皿に、菜箸を使い出来上がったばかりの稲荷寿司を盛っていく。


「よし、出来た!」


 全ての稲荷寿司を盛り付け終わると、大皿を両手で持ち廊下を歩く。この大皿は先日、張間食器店で購入をした一枚だ。大きさは勿論、色や形がとても使いやすく重宝している。良い品物と出会うことが出来た。そう思うと頬が緩んだ。


「先生、出来ました」

「嗚呼、頂こう」


 襖が開け放たれた部屋へ入り、座卓の上に大皿を置いた。先生は何かを読んでいたようだ。座卓の上に白い封筒が置かれた。


「お手紙ですか?」

「嗚呼、良い顔になったぞ」

「……あ! ふふ! 良かった……」


 先生の向かい側に腰を下ろすと、一枚の写真が差し出された。そこには、張間さんご一家と、『姫様』をはじめ沢山の付喪神さんたちが本体である食器と共に写っていた。

 中央には金色の装飾が美しい大皿が、『姫様』と寄り添うように飾られている。如何やら修復は大成功したようだ。

『殿様』の顔には亀裂の代わりに金色の線が走り、キラキラと輝くそれは彼の誇りだ。そして『殿様』と『姫様』の隣で笑顔を輝かせた祐介くんが写っていた。五年の時を経て本来の姿を取り戻した彼等の姿に、ほっと胸を撫で下ろした。


「……皿も、まあ悪くはないな」

「そうですよね! 良い色と形をしていますよね! あ!そうだ! 折角お写真を頂いたので、アルバムか写真立てに入れましょう!」


 僕が写真を眺めている間に、彼は大量の稲荷寿司を食べ終えていた。そして大皿の淵を指で撫でる。あの食器に全く関心の無かった先生が、興味を示すとは驚きだ。

 きっと今回の事件が彼に関心を持たせる良い刺激になったのだろう。良い記念だからと、僕は先生に写真を保存することを提案した。嬉しさのあまり、少し熱が入り、大きな声になってしまった。


「はぁぁ……春一。それでまた事件に遭遇したら如何するのだ?」

「先生に解いて頂いて、美味しい稲荷寿司を食べましょう!」


 先生が溜息を吐くと、器から手を離した。


 そして菫色の瞳が、気怠気に僕を映す。事件に遭遇しない方が良いとは思うが、遭遇してしまったら解決をするしかないだろう。困っている人を放置するなんて出来ない。

 しかし生憎、その役割を僕では担うことは出来ない。尾崎先生の頭脳が頼りだ。僕に出来るのは謎解きでお腹を空かせた先生に、美味しい稲荷寿司を用意することである。


「……ふっ。まあ、私は美味い稲荷寿司を食せればそれで良い」

「はい! 一生懸命、心を込めて稲荷寿司を作らせていただきます!」


 返事を聞くと先生は目を細め、空の大皿を僕に渡した。稲荷寿司の御代わりのようだ。両手でそれを受け取ると返事をした。


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