尾崎先生を先頭に、張間家の庭を奥へと進む。手入れの行き届いた木々を通り抜け、等間隔に配置された飛び石の上を歩く。玄関先もそうだったが、木々たちの背は低く切り揃えてある。丁度、子どもの身長と同じぐらいの高さだ。少し不自然さを感じる。


「この先に皆さんいらっしゃるのですか? 店舗ではなく?」

「嗚呼、両方の店舗からは人の気配はない。店主夫妻と先代が居るのはこの奥の庭だ」


 僕は疑問を先生に投げかけた。正直な話。待機するように言われた縁側から遠く離れ、庭を許可なく進むことに少し抵抗がある。

 しかし事件を解決するには、情報が足りない。それを得るためには関係者との接触が必須だ。先生によると、張間さんご一家は庭の奥に居ると言う。事件解決の為に所有地を自由に動く許可を得るにしろ、情報を得るにしろ庭を進むしかないのだ。


「そういえば、警察のサイレントが聞こえませんでした。それに警官を見ませんでしたね。呼んでないのでしょうか? 随分と時間が経っていると思うのですが?」

「そうだな。単に呼んでいないか……。それとも、呼びたくても呼べない状況になったかだ」


 盗難事件ならば警察に通報する筈だ。しかしパトカーのサイレントは聞こえず、外部に通じる門からも警察官が入った姿は見ていない。スマホで時間を確認すると、先代店主が店内で騒ぎ立ててから大体四十分程経過している。

 張間さんが奥さんに知らせ店を閉め、盗まれたかの事実確認をしたとしても時間がかかり過ぎているのではないだろうか。


「先生? それは一体……」


 先生の言葉の意味が分からず、聞き直そうとした。


「だから!! 儂の勘違いだったと言っておるのだ!! さっさと店に戻り、再開しろ!!」

「……っ!? この声は……」

「先代店主だな」


 突如として怒鳴り声が響いた。


「父さん! 落ち着いてくれ、『姫様』が盗まれたのだろう? 警察に連絡しないとじゃないか……」

「そうですよ。お義父さん、家宝ですから見付けてもらわないといけません」


 声のした方向に更に進むと、蔵が見えた。そして尾崎先生が指摘した通り、土蔵の前で大声を出すのは先代店主のお爺さんだった。彼の左右には、張間さんご夫婦が困り果てた様子で声を掛けていた。


「ならん! 盗まれてなどおらん!! 警察は必要ない!!」

「でも、父さん……」

「くどいぞ!!」


 お爺さんは盗まれていないから、警察を呼ぶ必要ないと言い張っている。店内での発言と真逆の主張に僕は眉をひそめた。尾崎先生も同じ様子であり、中々警察が呼ばれない原因がこのことであることが分かった。


「ならば、私たちが見つけ出そう」

「……え? あ! 早乙女様に尾崎様!」


 先生が『姫様』捜索に名乗りをあげた。そこで漸く張間さんご夫婦は、僕たちの存在に気が付いた。張間さんが僕たちのそれぞれの名を口にした。


「あ、えっと。勝手に此処まで来てしまって、すいません。もしよろしければ『姫様』を見つけるのに、僕たちも協力をさせて頂けないでしょうか?」

「本当ですか!? 父が盗まれたと騒ぐので蔵を確認したところ、今度は盗まれていないと一点張りになりまして……困り果てていたところなのです。宜しくお願い致します」


 庭に勝手に入ったことを謝罪し、先生に続き協力を申し出る。張間さんは声を明るくすると、快く快諾をしてくれた。奥さんも頷き同意をしてくれている。


「余計なことをするな!! 部外者が、我が家の蔵に入るなど……」

「部外者? 先代店主の騒ぎにより閉店し、食器を買えぬ我々は被害者であり『関係者』だと思うが? それとも公平性を望むなら、警察を呼ぶと良い。何から何まで調べてくれるだろうな?」


 お爺さんが再び怒鳴り声を上げると、尾崎先生がそれを制した。


「…………」

「…………」


 睨みあう両者。辺りに緊張感が走る。二人の間に見えない筈なのだが、火花が散っているように感じられた。


「……くっ! 蔵の物には指一本たりとも触れるなよ!!」

「お義父さん!」


 先代店主のお爺さんは苦虫をかみ潰したよう顔をすると、乱暴な足取りでその場を後にした。如何やら先生に軍配が上がったようだ。そのことに、先ずは一安心をする。張間さんの奥さんが会釈をしながら、お爺さんの後を追った。彼を一人そのままにしておくのは、危険だと判断をしたのだろう。


「あれでは色々と思いやられるな」

「はは……。重ね重ね、父が申し訳ございません。お客様にあのような態度で接するなど……昔では考えられなかったことです」


 張間さんは先生の言葉に苦笑すると、寂しそうに瞳を伏せた。彼の話からすると、お爺さんの激昂ぶりは元々の気質ではないようだ。尾崎先生もお爺さんのことを『仕事に責任と誇りを持つ人物』と分析をしていた。

 しかし実際の行動と分析の間で矛盾が生まれるのだ。そのことを踏まえ考えると、本来の自分を偽っている可能性に行き当たる。これは祐介くんにも言えることだ。


「それで? 盗まれたというのは本当なのか?」

「それが……。実際に見て頂いた方が良いと思います。こちらにお入りください」


 尾崎先生が事件の真偽を問うと、張間さんは困った顔で土蔵の中へ入ることを勧めた。


「失礼します。わぁ! 沢山置いてありますが、これらは全部食器や陶器ですか?」

「えぇ、そうです。それぞれの時代の店主が手に入れ、代々受け継いできた品々です」

「凄いですね……」

「ありがとうございます」


 薄暗い土蔵の中に入ると左右と中央に大きな棚があり、それらには、大きさの異なる木の箱が紐に結ばれ並んでいる。歴史を感じさせる木々たち。僕が生まれるよりも前から存在する品々に囲まれ、溜め息と共に言葉が漏れた。

 張間さんは誇らしげに笑うと、土蔵の中を見回した。彼もまた食器を大切に思っている一人なのだ。


「えっと……『姫様』も此処に保管されていたのですか?」

「はい。蔵の一番の奥にある、この金庫に入れてあります」


 彼の誘導で中央の棚の奥に進むと、黒い金庫の前へと辿り着いた。左右に取手が付いた観音開きの金庫のようだ。横の幅が広い金庫には、頑丈そうな南京錠がかけられている。


「先ず確認だ。先代店主がこの蔵に入った際は、この蔵に錠はされていたのか?」

「いえ、開いていたそうです。その事を不審に思い金庫を開けたところ、ある筈の『姫様』が無く。私共を呼びに来たそうです。それが丁度、お客様がいらした時の騒動です」

「ふむ。一度目は『盗まれた』しかし、店主夫妻が蔵に来ると今度は『盗まれていなかった』と主張したという事だな?」

「その通りです。金庫の鍵は父が持っており、金庫の中を見ることを頑なに拒否されました。ですから、私共は中を確認出来ておりません。『姫様』が盗まれたのか無事なのか……」


 尾崎先生が張間さんに、事の経緯と状況を確認していく。お爺さんの短時間で変わる主張が異様さを増す。騒ぎ立ててから張間さんご夫婦が土蔵に到着する迄の間に、主張を変える何かがあったということになる。

 加えて金庫の中を見せないということは、その答えも金庫の中にあるのだろう。しかし鍵はお爺さんが所持している。息子夫婦である張間さんご夫婦に見せないところを見ると、部外者な僕たちが見せてもらえる可能性は皆無だ。


『久しぶりなのに!!』

『そうよ! 姫様を持って行っちゃった!!』

『遊んで!!』

『あの子が!!』

「……え? あの子?」


 急に甲高い複数の声が響いた。聞こえた内容が気になり、思わず聞き返してしまった。


「……? 早乙女様? 如何なさいました?」

「……あ……。えっと……」


 不思議そうに僕に声をかける張間さん。そこで漸く、此処には僕と尾崎先生と張間さんの三人しか居ない事を思い出した。子どものような高い声を出す人物は存在しないのだ。如何やら張間さんには、先程の声は聞こえていなかったようである。

 如何誤魔化したら良いものか、思案するが上手く言葉が出てこない。


「あの窓が気になったのだろう」

「嗚呼、あの窓の事ですか!」

「……え?」


 僕が口籠っていると、先生が助け舟を出してくれた。彼が指差す先には、隙間から溢れ出る淡い光りが差し込む窓があった。張間さんは納得したように声を上げた。


「蔵の錠が開いていたとはいえ、一応確認をするべきだろう。店主よ、表を案内してくれ」

「はい。では一旦外に出ましょう」

「春一は、他に何か気付くところがあるかもしれない。この場は任せるぞ」

「……あ! はい!」


 張間さんが誘導し、先生が土蔵の外へと出る。窓を確認することは大切なことではあるが、最優先事項ではない。これは先生が僕に時間をくれたと解釈するのが正しいだろう。感謝を込めて返事を返した。


「僕は早乙女春一と申します。本日は食器の買い物で伺った者です。先程の話についてお聞きしたい事があるのですが……お話出来ませんでしょうか?」


 二人の姿が見えなくなったのを確認すると、僕は薄暗い空間へと語りかけた。窓の確認は時間をかけても十分もかからないだろう。先生が作ってくれた時間を有効活用しなくてはならない。

 なるべく話が円滑に進むよう、自己紹介と要件を簡潔に伝えた。


『こんにちは!!』

『あのね!!』

『僕たちね!』

『お話し何をする!?』

「あ、えっと。こんには……申し訳ないのですが、お一人ずつお話をしていただけますか?」


 挨拶を終えると先程の甲高い声が一斉に木霊した。その音量と勢いに僕は眩暈がした。このままでは、話の内容を理解するのは難しい。自ら話をしたいと願ったのにも拘わらず、その態勢に注文をつけるのは図々しいだろう。

 そう感じたが、こちらも時間が限られている。この声が聞こえていない人の前では情報収集は出来ない。迅速で円滑な会話が必要だ。僕は声の主たちに提案をした。


『えぇ!? 私、お話したい!!』

『お話が出来る子、初めて!!』

『凄い! 凄い!!』

『沢山お話しましょう!!』

「あわわ……えっと……皆さん」


 提案を聞くと、更に声の音量が上がった。このままでは、情報収集が一切出来ずに制限時間を向かえてしまう。その事実に狼狽をした。


『これこれ、お前たち。人の子が困っておるだろう。大人しくしていなさい』

『じぃじ!』

『はい!』

『うん!』

『後でね!』


 低く落ち着いた雰囲気のある声が響くと、甲高い声たちはその声の指示に従い静かになぅった。子どものように高い声が蔵を包むように、全体的であり声の発生源が分からなかった。しかし新たに響いた低い声は、右奥側の棚から聞こえた。

 僕はそっと、声の元に足を向けた。


『いきなりで驚かせてしまったのう。人の子よ。何せ、我らの姿や声を聞ける人の子には出会った事がないのでのう。はしゃいでしまったのだ。許されよ』

「あ、いえ。こちらこそ会話に応じてもらったのに、色々と注文を付けてしまったようで申し訳ないです」


 声がする棚を見ると中段の木箱の前に、五㎝ぐらいの淡く光る和服のお爺さんが居た。僕はしゃがみ、話しをする。


『時の猶予がないのであろう? 『姫様』と『あの子』についてじゃったかのぅ?』

「はい、お願いします」

『ふむ、先ずは『姫様』について話しをしようかのぅ。『姫様』とはこの張間家が、時の殿から褒美に賜った大皿の一枚に宿る付喪神じゃ。何時もならば、そこの金庫によって守られておる』

「付喪神……。え? 神様ですか!?」


 僕の事情を察したお爺さんは、頷くと説明を始めてくれる。ずっと謎であった『姫様』の正体が明らかになった。予想外の言葉に如何返したら良いものか思いつかなかった。


『ほっほっほ! そう難しく考えずとも大丈夫じゃよ。神と言っても付喪神とは簡単に申せば、長い間大切にされた物に魂が宿ったものの事でのう。かく言う儂やこの蔵に居るものは皆、付喪神じゃ。ずっと、お二人をお見守りしておった……』

「そうなのですか。……あれ? お二人を? 『姫様』以外に誰かいらっしゃるのですか?」


 続いてお爺さんは自身とこの蔵にある物は、付喪神であると語った。では先程の沢山の声の主たちも付喪神たちだということになる。その事実に驚きつつも、彼のある言葉が気になった。


『……『姫様』と対をなす『殿様』が居られたのじゃ……五年ほど前はのぅ……』

「……あ、すいません。その……」


 顔を伏せ、感情を押し殺すかのように苦しそうな声が響く。過去形で話されている事と5年前という言葉で、その対象者が既に存在しない事を悟った。事件を早く解決していからと言って、訊いてはいけない事に足を踏み入れてしまったようだ。謝ろうとするが、気の利いた言葉が思い浮かばない。


『良いのじゃよ、人の子よ。あの時、殿が決断したことじゃ。我々はその行動を誇りに思っておる』

「……っ、不躾な質問で申し訳ないのですが『あの時』とは……五年前ですか?」


 彼は首を左右に振ると、寂しげに笑った。その表情に胸が締め付けられるが、僕も訊ねないわけにはいかない。『あの時』が五年前ならば、『殿様』に何かあったのも同じ時だ。心苦しく思いながらも確認をする。


『そうじゃ……。あの子は、当時の事を覚えておらん。それで良かったのじゃ。しかし金庫に入っておる、先代店主が記した日記を『姫様』と共に持ち去った。真実を知ってしまうのも時間も問題であろう……』

「あの子というのは……。食器を語る時にとても生き生きとする少年のことですか?」


 僕の質問に頷くと諦めたかのように、何処か遠くを見詰めるお爺さん。彼の本心は5年前に起きた出来事の真実を『あの子』には知って欲しくないようだ。『あの子』に思い当たる人物は一人しか居ない。しかしその名を口にするのは憚れた。


『嗚呼、そうじゃよ。よく先代店主とこの蔵で楽しそうに学んでおった。我々も楽しかった。……しかしあの日から『姫様』は悲しみ暮れ、店主が代替わりし、あの子は笑わなくなったのじゃ。……我々の姿と声が聞こえる人の子よ。如何かあの子に、自身の所為ではないと伝えてはくださらんか?』

「……え? えっと……それなら……」


 昔を懐かしむように目を細めた彼の表情はとても優しかった。そこから眉間に皺を寄せると、絞り出すような声で僕に願いを告げた。突然の事に僕は困惑した。伝えたいのならば、自身で伝えれば良いのだと言いかけて止めた。

 彼ら付喪神の存在を見聞き出来るのは僕だけだと、お爺さんは事前に告げていた事に気が付いたからだ。僕にとって自然な事でも、周囲はそうではないようだ。だからこそ、お爺さんの表情は険しいのだろう。

 きっとその言葉を伝えれば、僕が不思議に思われる事を心配しているのだ。それでも伝えたいのだろう。ずつと傍に居るのに気持ちを伝えられないのは、もどかしくて苦しいことだ。


『……無理を申したな。この事は忘れて……』

「いえ、是非ともお伝えさせて頂きます! 僕も彼には笑顔が似合うと思いますから」


 お爺さんの胸中を考えていると、彼は先程のお願いを辞退すると言い出した。如何やら僕が断る事を切り出せずに居ると、勘違いをしてしまったようだ。慌てて僕は了承する旨を伝えた。


『まことか!? 良いのか? 頼んでおいてなんだが……。見聞き出来ぬ者に、伝えるのは容易ではない。信じてもらえるか……お主にも迷惑が……』

「大丈夫ですよ! 彼、彼らならきっと信じてくれます。貴方方のことが大好きですから!それに僕は一人じゃありませんから。尾崎先生という、とっても頼りになる方が一緒だから大丈夫です!」


 喜びを露わにするお爺さんであったが、僕の予想通り彼は僕の心配をした。優しい付喪神だ。一切確証はないが、不思議と自信はあった。彼らだからこそ伝わる何かに、僕は信じてかけることにした。安心させるように、僕は笑った。

 尾崎先生に頼る発言は如何なものかと思うが、僕一人よりも二人居ると伝えばお爺さんも安心すると思ったからだ。それに尾崎先生が頼りになることは事実だ。噓は言っていない。


『そうか……。ありがとう。心優しき人の子よ。頼みますのじゃ』

「はい!」


 お爺さんは目尻に皺を寄せると安心した表情を浮かべた。すると、彼の輪郭がぼやけ空気に溶け消えてしまった。


「よし! 頑張って伝えないと!」


 立ち上がり気合いを入れる。薄暗い土蔵の中、僕一人の声が響いた。


「その心意気は良いが、私が行うのは謎解きだ。説得はお主の役割だぞ? 春一?」

「……っ!? わっ!? あ! 先生!!」


 不意に背後から掛けられた声に僕は飛び上がった。慌てて振り向くと、尾崎先生が立っていた。如何やら窓の確認が終わったようだ。制限時間を迎える前に、話しを聞き終えた事に胸を撫でおろした。


「その様子だと、付喪神たちから話しを聞き終えたようだな」

「はい。あれ? ……張間さんは一緒ではなかったのですか?」


 何故か先生には僕が話しをしていた相手が、付喪神さんたちだと分かっていた。そのことに驚くが、彼なら容易に知る事が出来るだろうと一人納得をする。付喪神さんたちから得た情報を先生に伝えようとしたが、張間さんが一緒だったことを思い出した。


「嗚呼、当主は雨が降ってきたからと傘を取りに行った」

「そうなのですね。では報告させていただきます……」


 張間さんの所在を尋ねると、この土蔵の近くには居ない事が分かった。土蔵の開け放たれた扉からは、灰色の雲から降る激しい雨が木々たちを濡らしている。話しをするならば今しかないだろう。『姫様』が時の殿から褒美に賜った大皿の一枚であり、それと『殿様』と呼ばれている対の存在があること。急な店主の代替わりに、張間家の人々の変化。この蔵の中で得た全ての情報を伝えた。


「……ふむ。やはり全てが5年前に集約しているということだな」

「はい、そのようです。5年前に何が起きたのかを記した日記は、『姫様』と一緒に持ち出されてしまっているので詳しく知ることは出来ませんが……」


 僕が話し終えると先生は一人納得をしたように頷いた。一番有力な情報源である先代店主のお爺さんが書いた日記はこの場にはない。この事件の根幹は分からず仕舞いだ。後は直接関係者に訊くしか真相を知ることは出来ないだろう。


「いや、そうでもない。得た情報を繋ぎ合わせれば真実が見えてくる。後は当事者に答え合わせと行こう」

「え!? もう分かったのですか!?」


 予想に反して彼は事件の全容が分かったと静かに告げた。流石ではあるが、分からない僕は一人驚きの声を上げた。


「す、すいません! 早乙女様! 尾崎様! こちらに息子の祐介と、父は来ていませんか!?」


 荒い足音と共に突然、張間さんが駆け込んで来た。酷く慌てている為か、彼の声はとても大きく土蔵の中に響いた。


「え? いえ。僕はずっとこの土蔵に居ましたが、祐介くんも先代店主さんにも会っていませんよ? 尾崎先生とも先程合流をしたばかりです」

「そ……そうですか……」


 僕が彼に返事をすると、意気消沈したように顔を伏せてしまった。何か不味いことを口にしてしまったのだろうか。僕は一人、慌てる。


「何かあったのか?」

「……っ、はい。激しい雨が降って来たのに、祐介と父が何処にも居ないのです。勿論、家や店舗全てを探したのですが……」

「えっ……それは、大変です! 探さないと!」


 尾崎先生が理由を問うと、二人の不在を告げた。家にもお店にも居ないとなると、残りは庭かこの土蔵しかない。だから張間さんも此処に駆け込んで来たのだろう。しかし此処にも居ないとなれば、残るは広い庭しかない。

 激しい雨の中、子どもと高齢者が居ると思うと心配になる。


「童と先代店主は、私と春一が見つける。入れ違いになるかもしれん、店主夫妻は家にて待て。行くぞ、春一」

「はい!!」

「分かりました! お二人ともお願いします!」


 張間さんからそれぞれ傘を受け取り、外へと出た。


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