快晴の空の下、川沿いのベンチに座り溜め息を吐いた。


「はぁぁぁ……これからどうしょう……」


 あの桜吹雪の後、僕達は無事に不思議な空間である領域から出られた。僕は元いた公園に、子ども達はそれぞれ失踪した現場の桜の下で発見された。お礼を伝えたかったが、残念ながらその場に尾崎先生は居なかった。

 子ども達は無事に家族の元に戻り、最近のニュースはその話題で持ちきりだ。因みに会長が期限日を一週間と設けたのは、八日後がお孫さんの誕生日だったからだ。テレビのニュースで、会長は楽しそうに笑顔でインタビューに答えていた。


 会長のお孫さんも無事だったが、結果的に僕は会社をクビになった。


「田舎に……帰るかな」


 天気のように清々しい気持ちで身体を伸ばし、ベンチの背凭れに寄りかかった。クビになる前は、職を失うことに恐怖を感じていた。しかし、いざ仕事を失ってみると気持ちがスッキリしてしまったのだ。不思議なものだ。

 田舎出身の僕にはやはり、田舎が合っているようだ。地元に戻る前にお世話になった、尾崎先生と鬼瓦さんにはお礼を伝えなければならない。屋敷の場所や名刺を貰っているので、お礼に伺うことは出来る。


「あ、桜だったのか……」


 アパートを引き払うことや、皆へのお土産は何が良いだろうか。田舎に戻ることを頭に浮かべながら、空を見上げる。そこで初めて、僕に心地良い木陰を提供してくれているのが桜である事に気が付いた。


「……えっ……痛っ!?」


 その桜から白い腕が一本出てきた。そのことに驚き固まり、腕が出て来た理由を考える。失踪事件は解決した筈である。何か僕に用があるのだろうか。そんなことを考えていると、白い手の中指が僕の額を強く弾いた。所謂デコピンである。


「気を抜き過ぎだ。春一」

「……えぇ? 尾崎先生!?」


 桜の木から飛び降り、静かに着地をしたのは尾崎先生だった。今日は耳と尻尾なない。僕にデコピンをしたのは彼だったようだ。そのことに安堵するも、先生の登場に僕は姿勢を正した。


「何故、童達を救ったのは自分と申し出ぬ」

「あぁ……先生にはお知恵を貸して頂き恐縮なのですが、それを証明する術がありません。それに子ども達の笑顔を見たら、野暮かと思いまして……」


 責めるというよりも、彼から発せられた声色は納得出来ないという音だった。それもそうだろう、自宅まで押しかけ懇願し依頼を受けてもらった。だというのに成果を手放したのだから。だが僕はニュースで家族との再会を喜ぶ彼等を見たら、会長に報告するのを止めた。

 彼等の笑顔が曇ることは、きっと桜達も悲しむだろうと思ったからだ。それに怪異の桜が隠していたと報告をし、信じてもらえるか怪しい。視線を地面へと向ける。


「心配をせずとも、あの会長は怪異。化け狸だ」

「……え!? ……」


 僕の考えを悟った先生は、会長が怪異だと静かに告げた。思いがけない事実に僕は顔を上げた。


「お主に無理難題を押し付けたのは、孫を取り戻す為だ。大方、春一が怪異を見聞き出来ることを知り謀ったのだろう。あの桜は低級だが隠すのは巧妙であったからな。私も春一を目印にせねば入れなかった」

「はぁ……」

「……くだんの件の解決は春一の手柄だ。今からで遅くない、礼ぐらい受け取れ」

「そうなのですか……でも、お礼なら尾崎先生や勇美さん。桜と出会う、きっかを貰ったのでそれで十分です!」


 会長が怪異だったのには驚いた。でもお孫さんを助けたいからなら怒る気も無くなる。それに尾崎先生や鬼瓦さん、桜たちと出会い、心が洗われた気がする。田舎に戻るのも悪くない。


「……呆れる程、無欲だな」

「えっ!? そんな事ないですよ!?」


 呆れたように青空を見上げる先生。僕にだって色々と欲がある。どちらかというと強欲な方だ。良い職業が見つかりますようにとか……ちゃんと就職出来ますようにとか……。


「さて、本題だが『何でもする』という約束を忘れてはおるまい?」

「……あっ!! は……はぃ……」


 菫色の瞳にじっと見詰められ、僕は小さく返事をした。すっかり忘れていた事は秘密だ。どんな事を言われるのか冷や汗を掻きながら、先生の次の言葉を待つ。


「稲荷寿司を作れ」

「……へ?? ……」


 予想外の言葉に唖然とする。


「鈍いな、お主は興味深い。加えて作る稲荷寿司は美味い。故に我家の稲荷寿司係に任命する」

「えっ!? それは……」

「衣食住の完備、労働への給金も支払う。稲荷寿司の調理以外は好きに過ごして良い。中々の優良物件だと思うが?」

「よ! 宜しくお願いします!! あ、ありがとうございます!!」


 先生は穏やかに笑うと手を差し出した。


 渡りに船。地獄に仏とはこの事だ。僕は喜んで尾崎先生の手を取った。


『オメデトウ……オメデトウ……』


 僕の門出を祝うように、桜の花弁が舞い踊った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る