②
「……大丈夫かな?」
僕は今、一人で昼間の公園に立っている。
あの後、急にやる気になった尾崎先生は新聞やネットの情報を凄い勢いで読み漁った。そして僕に指定した公園に行くように指示を出したのだ。
一応先生も近くで待機してくれているらしいが、公園に居るだけで良いのだろうか?それにしてもスーツ姿の成人男性が、昼間の公園に居る違和感が凄い。幸いにも事件の所為で子どもや親子連れは居ない。僕一人だけだ。子ども達を発見する事が出来なければ、此処に暫くお世話になる事になるだろう。
「……ん? あ、桜だ……」
ひらりと桃色の花弁が視界を横切った。花弁が落ちてきた方を振り向くと、一本の桜の木があった。
「綺麗だなぁ……」
今年は就活や大学の卒業、引っ越しなどで忙しくゆっくり見る暇が無かった事に気が付いた。ゆっくり桜の木を見上げる。今のところ何も起きていない。それに公園に居るのは僕だけだ。風に吹かれ、宙を舞う花弁を掴もうと手を伸ばす。
「よっ! あれ、結構難しいなぁ……」
するりと僕の手をする抜ける花弁達。田舎にいた時は子どもが少なく、友達と遊べない日はよく花弁を追いかけて遊んだ。
そう思いながら今度は花弁が落ちてくるのを、両手の平で掬い上げるように受け止めた。
「やったぁ!」
見事に手の平に花弁が一枚乗った。その事に嬉しく僕は声を上げた。これは幸先が良い、記念に写真を撮ろう。
花弁が乗っている左手をそのままに、右手でスマホを上着のポケットから取り出そうとした。
「……えっ……」
僕は思わず動きを止めた。いや、動きを止めざるを得なかった。
何故なら桜から伸びた何本もの白い手が、僕の両腕を掴んでいたからだ。
『オイデ……オイデ……』
「ちょっ!?」
何処からか女性の声が響き、その白い腕たちに強く引っ張られると桜吹雪に襲われた。
「……え……えぇ? ……」
思わず閉じた瞼を開けると、白い空間に居た。所々に桜の木が植わっているが、空も地面も白い不思議な場所だ。
『イイ子ネ……』
そして目の前には平安時代を連想させる長い毛に、十二単衣を着た花が居た。本来顔がある部分に桜の花が咲き誇り、着物から見える指先は白い。先程の白い腕は彼女のものだろう。不思議な空間に不思議な存在。僕は夢でも見ているのだろうか?
『大丈夫……遊ビマショウ……』
「えっと、あの……僕は……」
彼女は腕を伸ばすと、僕の頭を優しく撫でる。不思議な見た目だが、悪い人ではないようだ。最後に頭を撫でられるのは何時の頃だっただろう。恥ずかしくて視線を彼女から外し、話を切り出せず口ごもった。
『如何シタノ……? オ腹……空イタ?』
「いえ……。あの、僕以外に誰かいませんか?」
僕の煮え切らない様子に彼女が首を傾げた。春一、しっかりしろ。僕が此処に居る理由を考えろ。尾崎先生が公園を指定し、この不思議な出来事が起きたというのならば失踪事件に関係しているということだ。
先生の姿が無いならば、少しでも子どもたちに関する情報を集める必要がある。直接的な表現は避けるべきだろう、身体的特徴の言及を避け質問をした。
『……一緒ニ、遊ブ?』
「あ、はい。案内してもらえますか?」
花の女性は暫く首を傾げたままだったが、ある方向を指差すと僕を見た。『一緒に』と『遊ぶ』は、この先にいる誰かを指しているのだろう。拒否をしたところで何か進展があるとは思えない。僕が頷くと、彼女は僕の手を取りゆっくりと歩き始めた。
『一緒……一緒……』
どれ程歩いただろうか、彼女の先導で白と桜だけの空間を進んだ。花の彼女はずっと楽しそうな、弾む声で『一緒』という言葉を繰り返している。何の確証もないが、子どもたちは全員無事だという漠然とした予感がある。
『イイコ……遊ブ……』
「あ! 居た!」
急に彼女が足を止めた。そして僕の手を離すと、目の前を指差した。周囲より一段と大きな桜の木の根元に、彼女と同じ姿をした花達に囲まれ寝ている子どもたちを見つけた。その中には、会長のお孫さんの顔もある。子ども達を無事に発見出来て良かった。
「……良かった……」
僕は、ほっと息を吐いた。
「何を安心しておる。此奴らの領域から童達を外に連れ出さなければならんのだぞ?」
「……えっ……えぇ?? あ! 尾崎先生! ……え? 耳に尻尾? コスプレが趣味ですか?」
背後から先生の声がして振り向くと、彼の頭には髪と同じの銀色の耳と九本の尻尾を生やしていた。僕は思わず思った事を口にした。
「……はぁぁ……。戯け、私は妖狐だ」
「嗚呼! だから稲荷寿司がお好きで、耳と尻尾があるのですね!」
長い溜め息を吐くと、自身が妖狐だと告げる先生。成程。稲荷寿司が好物だから機嫌を取る為に、命綱だと言われたのも納得出来る。色々と情報が繋がり、嬉しくなった僕は飛び上がって喜んだ。
「……我々は妖、怪異だ。その者達も桜の怪異だ。童達が失踪した場所には何処も桜の木があった。差し詰め、犯人が攫う前に横槍を入れたところだろう」
「えっと、それは彼女達が犯人から子ども達を守ってくれたって事ですよね?」
先生は彼女達も怪異であると語る。つまり犯人から守ってくれたという事だ。
「……そういう見解も出来るが、低級の怪異故にそこまで知能があるとは思えんな。無造作に本能的に領域へ引き摺り込み、隠したとも言える。怪異とはそういうものだ」
「でも、喋っていましたよ? 『オイデ』とか『大丈夫』って、あと撫でられ道案内もしてくれました」
淡々と彼女達は知能が無いと言う。しかし言葉を話し、優しく撫でるには十分知能があると思う。加えて僕の質問や意思を汲み取り、子どもたちの居るところに案内もしてくれた。はぐれないように手も繋いでくれた。配慮が出来るということだ。
このままは、嫌だと思い僕が感じたことを尾崎先生に伝える。
「…………領域を出るぞ。其奴らに知能があると言うなら、外に出せと交渉してみろ」
「……え?」
頭を押さえながら、驚きの提案をする先生。この白い空間は、彼女達の領域らしいので出なければならない。その交渉を僕に任せると言う。尾崎先生、僕は一般人なのですが?
「安心しろ、決裂した際は私が出る」
「や、やります! やらせていただきます!」
彼は無表情で指を鳴らす。言葉と表情が合っていない。先生の気迫に押されて僕は、彼女と向き合った。
『……遊ビマショウ……』
「えっと……子ども達に悪い事をしようとした人は捕まりました。だからもう大丈夫です」
彼女は僕の左手を両手で握る。その手付きはやはりとても優しい。外での出来事を伝える。
『……大丈夫? ……』
「はい、安全です。皆な家族や、大切な人達が待って居ます。連れて帰ります」
首を傾げると桜の花が揺れた。それが彼女の心境のように思えた。だから僕は彼女を安心させる為に、子ども達の安全と待ち人がいる事を伝えた。
『……オカエリ……ボウヤ……』
「子ども達を守ってくださり、ありがとうございました」
寂しそうに呟く彼女。僕は彼女の両手に右手を重ね、お礼を伝えた。
『……フフフフ……。イイコ……イイコ……』
「わっ!?」
彼女が笑い声を上げると、視界一面の桜吹雪に襲われた。尾崎先生や子ども達を確認しようとしたが、桜吹雪で見えないが不安はない。
『……イイコ……イイコ……』
優しい声を信じて、瞼を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます