1-10 好きだと食べたくなる


 ナグの手にかかれば、十人から三十人程度の一部隊で対処する第二子の魔法使いも、雑魚なんだなぁ。


 ……と、現在俺は現実逃避をしている。


 あの魔法使いを生け捕りにした後。

 現場の指揮官に挨拶し、俺とナグはまた空を歩いてあの敷地の傍へ帰ってきていた。


 ダワイ参謀長達はまだそこにいて、引き摺ってきたぐるぐる巻きの魔法使いにギョッと目を剥いていた。まあ普通はそうなるか。

 魔法使い専用の実験施設がこことは別にあるらしいので、引き取ってもらった。


「──結局、あの魔法使いはなんだったんだ」

「言ったでしょ。栄養失調とか暴走とか、そんな感じだよ。必要なものが調達できないと、やがて魔法使いは全身の筋肉が引き攣りだして、魔法を使わずにはいられなくなる。笑ってるように見えただろ? あれ別に笑ってるわけじゃないんだ。たまーにね、たまーに、魔女の元に侍ってない魔法使いがいるんだ。そういう魔法使いにはよくあることさ」

「急に王都の中心に現れたのは?」

「元々住んでたからでしょ」


 コイツ説明が面倒くさくなったからって適当なことを。


「……」


 溜息をつく。


 俺は後日階級が上がり、元々世話係が終わったら配属される予定の部隊とは別の、特務部隊というところにナグと一緒に配属されるらしいという話を聞かされた。


 そして、一応軍規なのであと四日間は敷地内にいてくれと、ナグと共に二重の柵の中に戻された。

 それも妙に丁寧な扱いで、である。


 ──つまり、そういうことだった。


「俺、お前のこと手懐けた判定されたんだ……」

「言い方が酷く癪だけど、まあそういうことだね」


 そういうことだった。


 現実逃避もしたくなるというものだ。

 いまいち現実感と安心感がない。


「いや、うん、軍の方に手懐けた判定されたのは分かった。うん分かった。でも俺実際にはどうなの? 手懐けたの? ナグ」

「それ本人に聞く?」

「本人にしか分からねえじゃねえか」

「確かに」


 ちなみに、帰ってきてからナグは一回着替えている。なんでも、拘束具は一回限定のもので、一度外すと魔力を抑える効力がなくなるらしい。だから毎日変えていたんだとか。

 拘束具が変わる理由は分かったが、デザインに関しては謎のままだ。もう謎のままでいい気もする。


 現在のナグのファッションは、妖精みたいな花の散りばめられた淡いドレスに花冠。そしてゴツい金属の椅子に備え付けの金属の枷で、両手両足、胴体と首が拘束されている。椅子とドレスの対比が今までで一番ヤバいかもしれない。


「……君程度の人間は、別に珍しくもないんだよ。僕がここに入った当初は、みんなそんな感じだったから。友のように気安かった。いつしか、そんな人はいなくなったけど」


 おっとぉ。その台詞聞いたぞ。たった数時間くらい前に。


 あの時は食べられる恐怖が勝ったが、今はちょっと続きが聞きたくて俺は大人しく耳を傾ける。

 なんでだろうか、重い椅子に拘束されてるから動けないだろうという安心感があるからだろうか。まあ魔法があるから関係なく動けるだろうけど。


「君はただタイミングが良かっただけなんだ。僕はね、君が思うよりもずっと家畜のような生活に参っていて、ずっと会話に飢えていたんだ。気安い君の挨拶に、僕がどんな気持ちを抱いたと思う?」


 ナグはツートンカラーの前髪の隙間から、赤い瞳を覗かせた。赤い瞳は珍しく俺を見ていない。ただ見た目相応の少女のように気弱げに地面を見ている。

 心なしか潤んでいるような気もして、俺は思いっきり怪訝な顔をした。


 ナグがしおらしい。

 明日は槍が降るのだろうか。幸いにもこの建物は厳重で、槍が降ってこようとも「落下音で外うるせー」程度で済むと思うが。


 ナグが「君、普通の人間と比べて相当な変わり者でしょ」と言った。

 失礼だな、至って一般的なか弱い人間である。だから食べないでほしい。切実に。


「……馬鹿だな、食べちゃうなんて、勿体無い。ねえ、ずっと死ぬまで僕の話し相手になっておくれよ。君の死因を魔女や魔法使いの食事にはしないよ。僕含めてだ。守るから。復讐も、手伝うよ。だから死ぬまで話し相手になって、死んだらその死体を食べることを許してほしい。──駄目……かな」


 赤い瞳が、潤んでいた。


 俺はそれを見て、なんとなく、つまり俺は彼女を手懐けたらしいことを知った。


「お前もしかして、俺に依存してんの」


 つまりそういうことである。


「……魔法使いは、依存相手から定期的に触れ合ってもらわなくちゃ駄目なんだ。常に依存相手に見返りを求め続けるんだ。食べておいてどうしようもないことだけど、死んだ相手に思い出だけで依存し続けるのは、無理があることだった」


 なるほど。つまり彼女は、依存先が必要な魔法使いの身でありながら、ずっと依存先もなく数百年間もここで一人で過ごし続けてきたのだ。

 言い方が悪いが、うっかり優しくされたらコロっと好きになっちゃいやすい精神状態だったのだ。たまたま。


 それで、たまたま今まで優しくしてくれる人がいなくて、たまたま俺が意図せず優しくしちゃったってことなのだろう。

 ただそれだけ。


 この魔法使いの性質、難儀だよな。もしも上手いこと依存先を操れれば、人間誰でも魔法使いを従えられるじゃん。そうしたら魔女を殺すのだってもっと簡単……げふんげふん。


 まあ、人間と魔法使いは寿命が違うから、どうしたって魔法使いは依存先に先に死なれて、別の依存先を探さなければならなくなるけど。


「うん。だから普通は魔女に依存するんだ。いくら好きで食べたくなっても、殺せはしないだろ?」

「好きだと食べたくなるんだ?」


 なんか今パワーワードが聞こえた気がする。

 身の危険を感じるワードだ。


 俺の鸚鵡返しの問いに、ナグはふわりと笑った。

 赤い瞳が、やっと俺を見る。

 ……あれ、なんか今までと種類の違う笑い方だ。


「言っただろ。魔女に連なる者はみんな愛情深いんだ。というより、魔法で自分の心を使っちゃうからそれを補いたくて愛情を欲しがると言うか。とりあえず、好き過ぎて食べちゃうんだよ。お分かり?」


 好きな人が自分の血肉になって自分を生かしてくれるなんて、ロマンチックだろ。とナグは笑った。なるほど分からん。


「全然分からない。つまり俺はお前に食べられる危険がめちゃくちゃ上がったってことか」

「そうだね、そうとも言う。……おや、今度は怯えないの?」

「……お前、初代国王のことは晩年に食べたんだろ。情があっても死ぬ間際まで我慢したんじゃないのか」


 初代国王と体の関係があったような話をしていたが、彼は確か国に戻った後に結婚して子を儲けている。その頃にはどうだったか知らないけれど、流石にナグ以外の女が初代国王の隣にいたはずだ。それでも彼に依存し続けてそばにいて、晩年にその体を食べて、その後は数百年も国に拘束され続ける……それが事実なら、ナグはあり得ないくらいに我慢強い。


 それならきっと、たとえ彼女が俺を食べるとしても、死ぬ間際まで食わないだろう。……希望的観測だけど。


 でも、さらに少し想像を馳せると、俺の死に際まで付き添って俺を食った後、ナグはどうするのだろう。

 人間を食べるという事実を除いて考えると、彼女の人生は酷く窮屈であまりにも楽しいことがない。


「俺が最後の晩餐になるといいな」

「──それは、」


 ナグは何事かを言いかけた後、時間をかけてそれを飲み込んで、とろりと蕩けるように笑った。


「晩餐と言えるほど、君は食べ応えはなさそうだけどなぁ」

「そいつは悪かったな」


 それは今まで見たこともないようなどこか幼い笑顔だった。

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ある人喰い魔法使いの最後の晩餐 京々 @kyokyo_3

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