・・・紅の月 フロレンス (7)・・・

その後、シレンはサドルから謂れのない罪で頭ごなしに叱られた。

「お前は出来損ないだ」「親の顔に泥を塗るな」「恥を知れ」

数々の罵詈雑言を受けながら、恥を知るべきはお前だろ、とシレンは内心で彼を侮蔑していた。

サドルのような教師たちは、全員ガリアンのような人間の屑の味方だ。

自分は少なくとも違う。その事実だけが、シレンを冷静にさせていた。

解放されたときには、すでに一限目は始まっていた。

シレンは後頭部についた卵の白身と殻を手洗場で洗い流し、授業に向かった。

今日の一限目は歴史の授業だった。

シレンは全ての成績が悪いわけではない。魔法以外の座学の成績は良い方だったし、シレン自身が魔法を使わない算術や言語、歴史の授業を楽しいと思えていた。

こちらの成績が良いために、シレンは成績不振による退学を免れていたのである。

最近は魔法重視の世論の影響で、座学の時間がだいぶ減らされることになり、シレンはとても残念に思っていた。

しかもそんな貴重な座学の授業が、今朝の下らない出来事で削られてしまった。

教室に入ると、一斉にシレンに視線が向くが、すぐにまた授業に戻った。

歴史学の担当教師も、シレンを一瞥しただけで授業を続けた。

周りの生徒はつまらなそうに授業を受けている。魔法に関する歴史とはいえ、実技に比べれば退屈かもしれない。

確かに今の学校の授業は、「“とある”王国があるとき、“こんなこと”をしでかした」とか「わが王国の偉大なる“ナントカ”王は、“何某”という偉大な功績を立てた」とか、自国の歴史自慢や他国の劣等感を語るだけの愛国主義的な講義になり果てている。心なしか、歴史の担当教諭も詰まらなそうにあくびを掻きながら授業を行っているのだ。

この時間は、ある意味実技の休憩と化している。さぼっている者も中にはいるが、授業を真面目に受けていないからと言って、誰も注意したりしなかった。

歴史を知ることは、過去の人類の過ちと成功に至るまでどのような背景があったかを学ぶことである。

誰しも過去の失敗よりも、成功や栄光の方を語りたがるものが、本当に歴史が必要としていることは、「何故それが成功したのか、もしくは失敗したのか」を突き詰め、同じ失敗を繰り返さないことなのだと、かつてバラナはシレンに言った。

どうやら、自分たちの国はこれまでの過ちを反省する気はないらしい。授業を受けているとそれがよくわかる。

それでもシレンは一応は真面目な態度で授業を受けた。この時間ぐらい、魔法のこととか、実技のことは忘れたかったし、こういう授業くらいしか、点数を稼ぐことができないからだ。

歴史も、算術も言語学も、シレンは座学一般はちゃんと家でも勉強している。こういう、他のことを考えずに、何かに没頭できる時間は貴重だ。

そんな座学の時間もやがて終わり、生徒たちは苦しみから解放されたような表情を浮かべる。

「ったく、本当につまんねえな」

「だいたい、実技の前にこんなくだらないことやらせんなよ」

文句たらたらに生徒たちは次の授業に向かって行った。シレンにとってはここからが苦痛の始まりである。

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