・・・紅の月 フロレンス (8)・・・
次の授業では魔法による物体操作の小テストを行った。
先生の言う通り、重さも形も違う物体を指示通りに動かす中級魔法を扱う。
今回は空の花瓶と水の入った容器に対し、魔法で花瓶に水を移すという実技だった。
その際にも、水の入った容器ごと持ち上げて花瓶に水を淹れるか、または水だけを中から出して花瓶に淹れるかなど、様々なパターンがある。
前者よりも後者の方が、水という流動的な物体を動かすために、細かい魔法構築と制御能力が問われることになる。
一方の前者は重量のある物体を長く魔法で維持できなければならないため、魔力の耐久性が求められる。
生徒たちは自信満々に各々の方法で花瓶に水を淹れていくが、ただ水を淹れるのではなく、創意工夫を凝らせば、さらに得点は高くなる。
「では、ガリアン・ロズベル君」
次々と名前が呼ばれる中で、教師は一層の期待を込めて、ガリアンの名を呼んだ。
「はい」
ガリアンは自信に満ち溢れた表情を浮かべる。彼は水ごと容器から取り出し、水の玉を作り出した。それをクラスの女子たちの前で暫く浮かせ続ける。ある少女が水の玉に触れると、水の玉はやがて鳥や虎、熊などの動物に変わっていった。周囲はその光景に感嘆の声を上げ、教師ですらも目を輝かせていた。
そんな光景を、シレンはくだらないアピールだとささくれた思いで見ていたが、ふと同じクラスのテリアもつまらなそうに余所を向いていた。
やがて水は竜へと変形し、勢い良く花瓶の中に収まっていった。
教師が拍手をすると、他の生徒も歓声を上げながらガリアンに拍手を送った。
「素晴らしい!高い魔法制御能力だけでなく、芸術性と演出もある見事な魔法でした!」
ガリアンは恭しくお辞儀をする。本当に、彼は外面だけはいい。だから悪質だ。
「では次はテリア・ロックネルさん」
教師が魔法で容器に水を戻した後、テリアの名を呼ぶ。彼女の友人たちが、「テリア、頑張って」とひっそり応援した。テリアは前に立ち、深呼吸した後に魔法で容器ごと持ち上げる。
スムーズな動きで容器が花瓶に水を淹れていき、淹れ終わるとゆっくり元の場所に納まっていった。
その間も、テリアは涼しい顔で魔法を駆使していく。ガリアンのように凝ったこともしない、シンプルな魔法だった。
「安定した良い魔法でしたね。良くできました」
周囲の拍手もそこそこに、軽くお辞儀をしてテリアは戻っていく。
再び水を戻した後、教師はテストを続けた。最後になり、生徒の順番が書かれたリストを見ると、先程までの態度から打って変わって冷たい態度になる。
「・・・では、最後はシレン・クルス。早く前に」
いよいよか。
シレンは浮かない顔で前に出ていくが、途中で誰かに足を掬われて盛大に転んだ。
その様子をクラス中が見て嘲笑い、教師は「早くしなさい」と厳しい顔でシレンを睨んだ。
シレンは立ち上がり、花瓶と容器の前に立つ。ガリアンたちはニヤニヤと笑いながらシレンが失敗するのを待っていた。
まずは集中だ。あんな連中のことなんか気にするな。
シレンは腕を前に出して、容器に意識を集中する。
容器は小刻みに震えて、ゆっくりと宙に浮いていく。そのまま花瓶の近くに寄せて、ふるふると震える容器を徐々に傾けていった。
水は花瓶に流れ出ていく。不器用だが、移し変えることさえできればいいのだ。
すると、ガリアンはシレンの顔めがけて、ばれないように小さな衝撃波を放った。
バチンという音と共に、「いてっ!」とシレンは小さく悲鳴を上げた。
集中力が途切れたために容器は魔法を失い、水を淹れている途中で落ちてしまい、大きな音を立てて割れた。
同時に花瓶も倒れ、中の水が床に盛大にぶちまけられる。
「すみません!すぐに拭きますんで!」
慌てたシレンはハンカチを取り出して拭こうとするが、ガリアンはそんなシレンに再び魔法を使い、彼を水で滑ったように見せて転ばせる。
尻餅をついたシレンを周囲はゲラゲラと笑った。
「もういいです」
教師はシレンを鋭く睨み付ける。
「そういうときに、あなたは何故魔法を使わないのですか?」
「・・・・」
シレンは項垂れる。
魔法を使えば、この惨事もすぐに元通りにできるだろう。少なくとも、床に溢れた水だけでも何とかできる。
しかし、魔法が不得意なシレンにはそれは難しい要求だった。
教師は持っていたリストのシレンの項目に最低点を付けた後に、深いため息を吐く。
「先生」
すると、ガリアンは手をあげてこう言った。
「後始末は僕がやっておきます。こんなことに周りの人の手を煩わせることはありませんから」
その発言に、「まあ」と教師は目を輝かせる。
「さすがはロズベル君ですね!どっかの問題児とは違って、他の生徒や教師にも気配りができるとは!皆さんも見習いましょう!」
「さすがはロズベル君ね」
「やっぱり高貴な人は違うわ」
誰もがガリアンの印象を高めるが、同時にシレンに対する印象は悪くなる一方だった。
「それに比べてクルスって本当に最低」
「ロズベルに全部やらせて、感謝の一言も言わないなんてな」
居たたまれない空気に、シレンは俯くしかできなかった。テリアはそんなシレンをじっと見て、密かに残念そうにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます