・・・紅の月 フロレンス (6)・・・
一定の年齢に達すると、この国の子供たちは学校で様々な魔法の習得や構築理論、魔法で発展してきたこの国の歴史などを学ぶ。魔法が不得意なシレンは常に魔法に関しては下位の成績を更新していた。
そんなシレンが通うルノール高等魔法学校は、フロレンスの一等地にあり、貴族から平民まで、魔法の才能に恵まれた人間であれば誰でも門戸を開いている。
そんな学校の門まで来る頃には、シレンは咳が止まらなくなる。
きっと風邪ではない。医者に行っても原因はわからなかったし、何より先程まで体はピンピンしていた。けれど何故だか咳が出てしまうのである。
この時間の通学路はシレンにとって苦手なものの一つだ。
登校する他の生徒たちは、学友と共に爽やかな笑顔で会話を弾ませている。シレンにはそんな存在は誰一人としていない。大抵が関り合いを避けようとするか、有力者一族の人間の癖に底辺の成績を叩き出す憐れな男として侮蔑の目を向ける。
今日も咳き込んだところに、前にいた女学生のグループがチラッとシレンを見てひそひそと冷笑を浮かべながら足早に立ち去った。
さらに周囲の登校中の生徒たちも、シレンに対して嘲笑の目線を向けているように錯覚した。
もうとっくに慣れた境遇だ。できれば、味わいたくない屈辱ではあるが。
すると、今度は後頭部に強い衝撃を受けた。
「痛っ」
振り返ると、ガリアンとその取り巻きたちがニヤニヤとシレンの方を見て笑っている。
「なんだよ、何見てやがんだ。無能の分際で」
「そうそう。学のない奴がこっち見んじゃねえよ」
「お前に見られたらこっちも馬鹿が移るんだよ」
ガリアンと取り巻きたちは口々にシレンを侮辱した。周りもあからさまにシレンを見てクスクスと笑っている。
シレンが後頭部を触ると、何かねとっとした液体がついている。足元を見ると、地面には割れた卵の殻が落ちていた。
相変わらず悪質な嫌がらせをしてくるものだ。
シレンは何も言い返さず、その場を後にしようとした。こちらが何を言っても無駄だ。まともに相手をすればこちらが馬鹿を見る。
「おい、逃げんのかよ」
しかし、ガリアンはしつこかった。
魔法で素早くシレンと距離を詰め、胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「てめえ、人様にガンつけといて逃げんのか?ああ?」
「・・・・」
ガリアンはシレンが何も言えないことをわかっている。そしてシレンがどうすれば傷つくのかも。
彼らのすぐ近くには、テリアと彼女の友人たちがいた。
彼女たちはガリアンに胸ぐらを掴まれているシレンを見て、遠巻きに言っていた。
「うわ、見て。またやってるよ」
「どうせロズベル君のこと、また怒らせたんでしょ?自業自得よね」
「あんな落第生の相手をいちいちしてあげるんだから、ロズベル君も偉いわよね」
「私としてはあそこで抵抗しないクルスがあり得ないわ。弱っちい男って最低」
彼女たちは言いたい放題だった。しかしテリアだけは、静かな様子で二人の様子を見ている。それはシレンに対する同情のようにも見えるし、落胆のようにも写った。
「やあ、ごきげんよう」
ガリアンはそんな彼女たちに挨拶すらしている。挨拶をされた彼女たちは、黄色い声を上げた。
「今の見た!」
「ロズベル君、こっち見てくれたよ!」
ガリアンは人気者だった。
顔は二枚目だし、成績も優秀。それでいて上流貴族の息子だ。当然、女子生徒にとって憧れの存在となっている。
「ロズベル。何しているんだ?」
そこに学校の教師がやってくる。学年主任のサドルだ。
「またシレンに指導中か?」
「はい、先生」
ガリアンは胸ぐらを掴んだまま、サドルの方を見て元気よく言った。
「彼が当校の生徒として相応しくない様相できているので、注意をしたところ、殴り掛かってきたので、制圧しました」
ガリアンの口から信じられない言葉が飛び出すが、信じられないのはサドルも同じだった。
「そうか、さすがロズベル家の長男。正義感が強くて何よりだ。でもこんな落第生相手に君のような優秀な人間が出る必要はないだろう。万が一怪我をしたらどうするんだ?」
ガリアンの嘘を信じた上、彼を気にかける言葉すら出てきた。
「大丈夫です。先生方に教わった魔法が役に立ったので」
ガリアンは自慢満々に言った。サドルは笑っている。
「そうかそうか。実践で役に立って何よりだ。さて」
サドルがシレンの方を睨み付けると、ガリアンがシレンの胸ぐらから手を話した。
「全く貴様という奴は。成績も芳しくない上に、優等生相手に暴力とは。こっちに来い」
今度はサドルに首根っこを掴まれて、シレンは無理やり連れていかれた。
シレンは抵抗せずに従った。こういう茶番劇も慣れている。
学校の教師はガリアンの手先だ。
ガリアンは詰まるところ、シレンのような落第生を「矯正」する学園のヒーローであり、模範となる生徒なのだ。
自分は悪役。魔法の出来と家柄で善と悪が簡単に決まってしまう。
シレンが横目に見ると、ガリアンと取り巻きたちは「ざまあみろ」と言わんばかりにシレンを嘲笑っていた。
テリアは連れ去られていくシレンから残念そうに目を逸らす。
誰だって、こんな下らない出来事には巻き込まれたくないだろう。
それにシレンに助け船を出したところで、何のメリットもない。
シレンの朝はこうした屈辱から始まるのだ。
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