・・・紅の月 フロレンス (3)・・・

結局、その後は8回ほど組手を行い、最後の一戦でシレンは一本取ることができた。

バラナの用意した朝食―ラズベリージャムのパンと卵焼きに、カボチャのスープ―を食べながら、シレンはこの後の学校に対して気が滅入る思いでいた。

「シレン」

バラナはそんなシレンの気持ちを知ってか知らずか、こう聞いた。

「学校は順調か?」

「・・・ええ、まあ」

シレンはぶっきらぼうに答えた。

「相変わらず授業は退屈なもんです。一向に魔法が上達する気配はないですし、おまけに毎日ガリアンから金をむしられて、挙げ句に嫌がらせを受けてますから。それが順調だというのであれば、その通りです」

「ガリアン?ガリアン・ロズベルか?」

「ええ」

ロズベルと言えば、上流貴族の中でも魔法を国家レベルで促進させようとする急進派の一人だ。

ガリアンはその子息で、シレンの通う学校の生徒だった。

「いじめられてるのか?」

「連中は遊びだと思ってるみたいですが」

シレンは悔しそうに言った。

「あいつの親は学校の出資者なんです。だから我が物顔で学校を歩いてる。何をしても許されるんですからいい身分ですよ」

「鍛えているのはそのためか?」

「当初はそうでした」

「当初は?」

バラナは眉をひそめる。

「こう言ってはなんですが」

シレンはばつが悪そうにして言った。

「やっぱり、魔法に対して素のままの格闘術に挑むのは難しいです。悔しいですがガリアンは特待生クラスでも優秀な成績の人間です。おまけに俺とは身分的にも勝っている。そんな相手とまともに渡り合うなんて不可能ですよ」

「では、訓練は意味がないと?」

「いえ、そんなことは!」

シレンは謝ろうとしたが、バラナは「いいさ」とシレンを宥める。

「実際、格闘術は過去の遺物だ。廃れるのも時間の問題だしな」

「・・・でも、やっていて良かった点もあります」

シレンは申し訳なさそうに言葉を続けた。

「攻撃されても受け身を取ることができるようになりましたし、体はタフになったと思います。あと、訓練の時は、嫌なことも忘れられるので」

シレンにとっては現実逃避に近かった。訓練自体もそうだし、こうしてかつての恩師と朝食を共にしながら会話をすることも。

「まあ、君が満足ならば、教える側としては十分だ」

「いつもありがとうございます」

「気にするな」

バラナは柔和な笑みを浮かべ、再び食事を続ける。

登校まであと30分近くある。それまでの間、シレンはこの安らぎの時間を楽しむことにした。

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