Caliber.8
上司が庁舎から出てくる。彼はいつもきまって一人で、車は使わない。尾行にうってつけだ。
ボリス・タルコフスキーとの接触から5日。警察と麻薬密売組織の癒着を調べるべく、俺は上司をはじめ、先の作戦に関わった人物を尾行することにした。無期限非番を言い渡された刑事としては、そのような選択をする他なかったのだ。
彼はしばらく大通りを歩き、深夜まで営業するカフェでホットコーヒーをテイクアウトする。これは毎晩のルーティンだ。本来であればその後、太い通りだけを通って海沿いの自宅へ帰宅するはずだ。
しかし精肉店がある丁字路へ差し掛かった時、細い路地へと飛び込んだ。突然の進路変更に驚き、俺は尾行がバレたのではと恐怖を覚える。引き返そうかとも考えたが、それでもと彼を追う。
曲がり角から覗くと、そこでは月明かりの下、男たちの集会が開かれていた。スーツの上に革ジャンやトレンチコートなどを着こみ、それに浮かび上がる膨らみは内側に銃をしまい込んでいることを示している。上司は男たちに交じり、こちらからは聞こえないような小声でなにやら相談をしていた。
突然、一人がコートの前をずらす。そこから現れたのは、切り詰められた
上司は驚いたように後ずさりするが、すかさず後ろへ回った別の男に肩を押さえられる。コートの男はAKSをスリングから外し、
「やめろ、やめろ......!」
上司が体全体で抵抗し、さらに男たちが抑え込む。
「お前は
「仕方なかったんだ。俺は脅されて」
「誰が稼がせてやってると思う。お前がゼールカロを捌くのに協力したいと言い出したんだろうが!」
ゼールカロとは、レイヴン・シンジケートが売り捌く麻薬の名称だ。メタンフェタミン系の薬物、いわゆる覚醒剤の一種であり、製造費用はかなり安価とされている。しかし生成過程は一切不明で、詳細な製造費などを調べることは不可能だ。
なによりも、先日中止が決定された検挙作戦で摘発し、製造方法まで探るはずだった。
コートの男はAKSの銃口を額から外したかと思うと、突然振りかぶって
「お前のおかげで、俺たちに直接会おうとする奴が後を絶たない。責任を取ってもらおうと思ったが......それで警察との
男は道端のドラム缶の上に座り込む。この男も発言は、間違いなく警察と麻薬密売組織との癒着を示すものだった。慌ててスマートフォンを取り出し、ボリスから受け取った連絡先にメッセージを打ち込もうとアプリを開く。
「お前、誰だ。何してんだ」
後ろから声が飛んでくる。振り返ると、スーツに防寒着姿の男が二人、俺のすぐ後ろに立っていた。
「あ......」
脳より早く、足が動く。しかし、動いた方向がまずかった。逃げるために駆けだしたが、なぜか二人へ突進する形になった。
片方の男に、惚れ惚れするほど見事なラリアットを決められた。今度は俺が、地面へと盛大に倒れ込む。
「どうした」
「誰かいるぞ」
上司を取り囲んでいた男たちも、流石にこちらに気づいたようだ。固定具から銃器を外す音が連続する。
「おい」
仰向けになった俺の腹に、AKS殴打男が座り込む。苦しい、どいてくれ。
「見ねぇ顔だな。あの刑事の仲間か」
いきなり図星を突かれた。
「確かめさせろ」
この男はリーダー格らしい。ほかの男たちに命じ、倒れた上司を起き上がらせた。
「アナトリー......」
上司がかすれた声で俺の名を呼ぶ。
「お前の仲間か」
「俺の部下だ......どうしてここに」
「上司を追ってきたのか?バカめ」
男が立ち上がる。
「連れていけ。殺すなよ」
銃を収めた男たちの目に殺気が宿った。それを認識した直後、腹部に激痛が走る。こいつ、倒れた人間を蹴りやがった。
次の瞬間、俺は拳と蹴りの雨あられに襲われた。全身に傷が形成されてゆくのが分かる。意識が遠のきかけ、激痛でたたき起こされる。それを一分も繰り返せば、ほとんどの人間は立ち上がれなくなる。俺がそうであるように。
俺は無理やり起き上がらせられ、いつの間にか停車してあったバンの荷台に放り込まれる。ヤリギン拳銃はカイデックス・ホルスターごと奪われた。
車が動き出す。俺はどこへ連れていかれるのか。口の中の血の味が、一層強くなる気がした。
Tales of Grasshopper 立花零 @ray_seraph
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