夢の回転木馬(下) 力技で解決Ver

1日目午前、結果からいえば散々だった。同じゼミの面子に『話』をしてみたところ、28人中28人が聞き覚えがあるといった。その状態で、ここにいるということは3日以内に忘れたからなのだろう。実際、うち1人は、


「レポートがきついってのに都市伝説のことなんか考えている暇ねぇよ」


と、言っていた。うちのゼミはレポートの量が多いことで有名なため、確かに余計なことに構っている場合ではないのだ。だがそんなことはどうでもいい。この『話』の拡がり具合が異常すぎる気がする。1人が助かるために5人を生贄に捧げる。『話』を忘れない限り、鼠算式に犠牲者は増えていく。予想以上にこの『話』は拡がっているのかもしれないと気づき、危機感が強くなった。とにかく午後はサークルのメンバーに話して、1度『話』を拡げなければならない。


1日目午後、30人中2人に『話』を拡めることが出来た。その2人には逆効果かもしれないが念入りに3日以内に忘れるよう注意しておいた。本人たちも必修科目を落としそうなので覚えている自信がないとは言っていたので、その通り忘れてくれるとこちらも助かるのだが不安は募る。やはり、改めて感じるのはこの『話』の拡がり方の速さだ。原因不明の眠り病のニュースを聞いたのが1か月半前だ。それがすべてこの都市伝説と関係あるとしたら、拡がる速さが速すぎる。眠り病の罹患者はすでに数百名に上っているのだから。考える、口頭が難しいなら、ネットの匿名掲示板なら? ゼミのパソコンを使って掲示板を検索してみると、覚悟はしていたが既に書き込みがされていた。ただ、書き込みの内容に絶望的な内容が書かれていた。


『ネットを介しての拡散はだめらしい。ちゃんと話して招待状をわたすようにって、ビリーってやつに夢で怒られた(´;ω;`)』


ぞっとした。自分と同じようにネットでの拡散を狙っている人間がいることも悪い意味でそう感じたが、それ以上にそれすら見越して口頭でと条件を付けてくるビリーに恐怖を感じた。口頭で話せる範囲など大学の交友関係とバイト仲間くらい。大学関係は知っている友人には大体当たってしまっている。こうなると、手当たり次第に当たっていくしかない。明日は、足で稼ぐしかない。


2日目 午前

結果は1人見つけることができた。昨年落とした単位で知り合った後輩が運よくこの『話』を知らなかった。だが後2人をあと2日半で見つけ出さなければならない。今日の夢で自分は列が進んでいたのを実感した。そして、あのビリーが次々と回転木馬に人を乗せていくのも目の当たりにした。時間が残されていないことを実感するには十分すぎる。


2日目 午後

「都市伝説っぽい話を拡げているのって君かい?」


声を掛けられたのは唐突だった。身長は170半ば、中肉中背だが、目立つことに端正な顔立ちに、結い上げた背の半ばまでありそうな髪はブリーチでもかけたように真っ白に色素が抜けている。同じ男でも一瞬見とれてしまうような容姿が、声をかけてきた男にはあった。


「俺は各地の都市伝説を集めるのが趣味でね、このあたりで流行っている都市伝説があるっていうのを聞いたんだ。それで、聞いて回っていたら君が『話』をいろんな人に話しているって耳にしたもんでね。できたら詳細まで教えてくれると助かる」


願ってもない申し出だった。俺は『夢の回転木馬』の話を、見ている夢の事も込みで話した。男は考え込むような素振りをして、一言呟いた。


「夢魔型か」

「え?」

「あぁ、何でもないです。話を聞かせて頂いてありがとうございます」

「ちゃんと3日以内に忘れろよ、じゃないとあんたも夢に引きずり込まれるぞ」

「はい、了解してます。ではまた」


男は人込みに紛れると、あれほど目立つ容姿にもかかわらず、溶け込むように姿を消した。

今日は運がいい。バイト仲間にこの『話』を知らないのが1人いた。これで5人、ノルマを達成することができた。あとは『話』を拡げた人たちが3日以内に忘れてくれれば、自分の罪悪感もなくなってくれる。


3日目 夜

昨日、ノルマを達成した安心感からか、『話』を拡げる為に奔走した疲れからか、ロフトに上がってからすぐに眠りについた。


「Ladies & Gentleman‼ ビリーの『夢の回転木馬』にようこそ~~ッ‼」


ここ3日続けての夢の始まり。今日も列は進んでいる。列から見える回転木馬もはっきりとしてきて、大分前に進んできたことを実感する。そして、今日もビリーから選ばれた人たちが回転木馬へと乗せられていく。前の列の全員がそうでないことから、ビリー自身が言った通り、5人に招待状、つまり『話』を拡げることで対象から外れるのだろう。そして、それは自分にも当てはまることだ。巻き込んだ罪悪感はあるが、3日以内に忘れてしまえばセーフだ。そう考えると、若干心が軽くなる。回転木馬を回避できた人たちが溶けるように消え、いよいよ自分が最前列になる。しかし、条件をクリアしている自分にとって恐怖はなかった。


「毎日説明しているからほんと面倒くさくなっているんだけど、これもルール。残念だけど、僕からの招待状をなかったことにしたい人は、4日以内に5人の人に招待状を渡してね。でも注意点が1つ。過去に招待状を受け取ったけど、ここに来なかった人たちは数に入らないので気を付けて。できれば、僕はここにいる全員を回転木馬に乗せてあげたいんだけどね~。では、今日はこの辺でバイバ~~~イ」


いつものビリーの声で夢が終わっていく。そして覚醒する感覚と共に俺は目を覚ました。


4日目 朝

目を覚ます。今日の夢で最前列になっていたが、恐怖はない。回転木馬を逃れる条件は満たしている。今日さえ、今日の夜さえ過ごしきってしまえば、自分はいつもの日常に戻ることが出来る。


4日目 夜

5人に既に話していることで安心したせいか、いつもより早く眠気が来た。うつらうつらしながらロフトへ上がると、数分もしないうちに眠りへ落ちた。


「Ladies & Gentleman‼ ビリーの『夢の回転木馬』にようこそ~~ッ‼」


もう4回目になるビリーの歓待を受ける。今回は最前列だが、5人に『話』を終えていた自分は他の最前列の人たちと違い余裕をもってその場にいることが出来た。そして、ビリーが今日、『夢の回転木馬』に乗る人物を選び始めた。


「今日のお客様は君にお嬢さん、そこの少年にその辺全員、それと――」


ビリーの指が俺を指して止まった。


「君だね」

「え?」


一瞬何を言われたか分からなくなる。背筋が粟立ち、冷や汗が噴き出てくる・


「ちょっと待った。俺は5人に口頭で招待状を出したぞ。それも話を知らない人に間違いなくだ‼」


焦りと恐怖で語気が荒くなるが、ビリーはどこ吹く風といった感じにいつもの口調で返してきた。


「んー、君の招待状さ、4人なんだよね」

「嘘・・・だろ」


絶望感で思考が奪われ、膝から崩れ落ちた。


「僕の推測なんだけどさー、君が招待状を送った相手の中に、送られていたこと自体忘れていた・・・・・・・・・・・・・・・人物がいたんじゃないかなぁ。まぁ、諦めて楽しく回転木馬で遊ぼうよ」


ビリーの腕がゴムのように伸びて、今日の生贄をまとめて抱きしめる。その力は強く、大蛇に絞められてるんじゃないかと思うほどだ。締め上げられる苦しさにあえいでいると鋭い声が響いた。


「そこまでだ、ビリー‼ 回転木馬に囚われている人たちは返してもらう‼」


声の主は雪のように白い色素の抜けた長髪を結い上げた男、忘れようもない2日目に教えてくれと懇願してきた男だ。


「あ、アンタ『話』を忘れなかったのかよ」


絞り出すように声をだすと男が答えた。


「俺の目的は、この夢の空間に来ることだったんでね、『話』をよく知っていたあなたは渡りに船だった」

「僕の夢で勝手されちゃこまるなぁ、君ぃ。先に木馬に乗って貰っちゃおうかなぁ~~」


締め上げていたビリーの手が緩んだかと思うと、俺達はその場に落とされた。ビリーの手は風を切り鞭のようにしなりながら白髪の男に襲い掛かる、が


「遅い」


いつの間にか男が手にしていた朱塗りの鞘の刀を抜き放ち、その腕を切り落とした。一瞬の間。ビリーが信じられないものを見るような顔をすると、悲鳴を上げた。


「なんだ、その刀は!? この夢の中では僕を害することはできない、出来ないんだ‼ なのに、どうして!?」


ビリーが後ずさる。男はその場を動かず、ビリーの問いに答える。


「夢魔切りの加護を受けた、一刀だ。持ち主も含めて夢魔からの影響を受けなくなる。ま、借り物なんだがな」

「そんなもの僕は知らない、知らないぞ!?」

「そりゃそうだろう、ここ数か月でぽっとでの都市伝説がそこまで情報を集められるわけがない。おとなしく切られて、被害者を返すんだな」


男は淡々と話しながらビリーに向かって歩きだした。刀は抜き身、左の下段に構えながらビリーを追い詰めていく。


「僕は、僕はこんなところでやられない!! もっと回転木馬に皆を招待するんだ!!」


頭が巨大化し、そのまま男を丸呑みにしようとするが、男の方が速かった。音もなく動く姿が霞むほどの速さでビリーの胴を一刀のもとに断ち切る。さらに振り返ると巨大化した頭の頭頂部から唐竹割に切り捨てる。


「あ、あが…」


四分割にされたビリーはずれた体をもとに戻そうと、残った腕で体を縛ろうとするがそれもかなわずバラバラとその場に崩れていった。白髪の男は切り捨てたビリーには目もくれず、残された回転木馬を睨みつける。


「この夢の核はビリーじゃなく、この回転木馬だ。これを破壊しない限りビリーは甦り、夢は続く」


男は身軽な動きで回転木馬の屋根へと飛び乗ると、回転の軸となっている点を見据えた。そして、刀の切っ先を添えると、


「シィィッ‼」


鋭い呼吸と共に、軸に零距離から刺突を叩き込んだ。コーーンという高い音が響き渡ると、軸を中心に変化が表れた。少しずつ罅が入っていき、割れ目が広がっていくのだ。軸から屋根へ、屋根から木馬へ、どんどんと広がっていき、割れ目がない場所を探すのを難しくなった時、回転木馬が光り輝き、崩れだした。そのまぶしさに目を閉じ、次に目を開けたら朝だった。

助かったのだ、あの男のおかげで。


5日目 午前中

俺は半ば確信をもって、大学へと足を運んだ。いつもの学生の様子に自分が助かったことを実感する。そんな人の群れの中、探していた人物を見つけた。


「おいっ、アンタ‼」


声を掛けられたのが自分という自覚があったのか、一声かけただけで彼は振り返った。一目見たらなかなか忘れられない結い上げた白髪、『話』を忘れずにあの夢で大立ち回りを演じたあの男だ。


「あなたでしたか。今回の件では協力ありがとうございました」


そういって、右手を差し出してくる。俺は夢の中とは全く違う雰囲気の彼に毒気を抜かれ、握手に応じた。


「都市伝説の類は、なるべく正確な方が『核』に近づける。そういう意味ではあなたの『話』は、限りなく本物に近かった。おかげで夢が終わる前にビリーと回転木馬に近づけました」

「や、役立てたんならよかったけど…。なぁ、アンタ一体何もんだ?」


俺の問いかけに応じるように、男は懐に手を入れ名刺入れから一枚の名刺を差し出してくる。俺は受け取り、その名刺に書かれた内容に目を走らせる。


「拝み屋 九十九堂 店主 剣杜 龍真?」

「実は俺もあなたを探していたんです。一度、怪異と遭遇した人は再度遭遇する可能性が高いので、念のため連絡先をお伝えしようと思っていたんです」

「え、俺これからもこんな目にあうことがあるの?」


思わず声が震えた。


「人より多少高くなるというだけですので、そんなに気を張らなくてもいいですから。でも、何か違和感を感じたら、名刺の番号に気軽に連絡をください。無料で調査は行いますので」

「は、はぁ」

「それでは、なるべくなら再会することのないことを願って、さようなら」


そう言って、男はまた人ごみの中へと消えていった。存在していたのが噓のような感じがしたが、手にした名刺が彼が本当に存在したことを表していた。そして、彼の最後の言葉のとおりに再会することがないことを俺は願った。

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「夢の回転木馬」 剣の杜 @Talkstand_bungeibu

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