第27話 ロイさんの報告
お盆のある日、ロイさんが母親のれいさんと三佳さんのお兄さんの
「まるで城みたいだな」
公孝さんは初めて来た館の内装をじっくりと見回している。ロイさんはれいさんの車椅子を押しながら、2人を応接室に連れていった。私はお茶を頼まれたので、緑茶を淹れて応接室に入った。応接室には低い2台のテーブルがあり、周りに赤い椅子が並んでいる。公孝さんは端の椅子に腰かけると、ロイさんに質問した。
「三佳はいるのか?」
「ああ。今呼んでくるよ」
ロイさんと三佳さんは最初、三佳さんが公孝さんの実の妹だということを公孝さんに隠していた。しかし、公孝さんなら事情を理解してくれると思い、三佳さんのことも花の魔法のことも話したようだった。
「朋世、みんなを呼んできてくれないか?」
「みんなと言うと……」
「あぁ、はは。ごめんね朋世。みんなでいいよ。リツもリリーもリエも三佳も……みんなだ。梅子さんも孝汰郎もね」
私が時山さんを見ると、時山さんは笑顔でうなずいた。
「朋世さん、梅子さんと孝汰郎さんには私が言いますから、他の方をお願いします」
時山さんにそう言われて、私は階段を駆け上がった。
三佳さんが部屋に入ってくると、ロイさんは三佳さんを公孝さんの隣の席に導いた。三佳さんが人生を取り戻してから、公孝さんと三佳さんはもう何度か会っていたらしい。公孝さんは三佳さんに「久しぶり」と言っていた。
リツさんがリリーの本と一緒に姿を現すと、公孝さんは立ち上がって、リツさんに挨拶をしていた。
「あなたが、えっと……リツさん。初めまして……じゃないんですよね?」
「ええ。30年以上昔に、何度かお会いしています。でも、私と会った記憶は恐らく消えているでしょうから……」
リツさんはロイさんの幼馴染で、公孝さんはロイさんの小学校からの友人だ。リツさんと公孝さんが顔を合わせることも不思議ではない。リツさんと公孝さんが話をしていると、本の中からリリーの声がした。
『リツ! 本開けて!』
リリーの言う通りに、リツさんがリリーのイラストのページを開いた。すると、公孝さんがリリーのイラストをのぞき込んだ。
「リリーだろ!?」
『そうよ、公孝。久しぶりね』
「えらく豪勢な格好だな」
『昔の少女漫画はこんな感じよ』
公孝さんがリリーの本に手を伸ばすと、リツさんはリリーの本を公孝さんに渡した。公孝さんはリリーの本を抱えてリリーと話しながら、目を潤ませているようにも見えた。
三佳さんはれいさんに優しく話しかけていて、ロイさんも時々、話に加わっている。私は部屋の外に目を移し階段を見上げると、リエさんが駆け降りてきた。
「朋世! もうみんないる?」
「はい」
「お客さんがいるのに私まで呼ばれるなんて、何なんだろう?」
「そうですね……」
リエさんはみんなに遅くなった詫びをして、遠くの席に着いた。青年姿のラウはドアの外から部屋の中をのぞいている。時山さんが何も言わないので、透明化しているのだろう。ラウの顔の側には、手のひらサイズのタユが浮かんでいる。
応接室にみんながそろったことを確認したロイさんが、三佳さんの方をちらりと見てから、また正面を向いて話し出した。
「今日はみんなに報告があるんだ。三佳……」
「えっ! やだ、ロイから言ってよ……」
三佳さんは、膝の上に重ねた両手をそわそわと組み直していた。ロイさんは三佳さんの様子を見て含み笑いをした。
「じゃあ、僕から……あのね、みんな、三佳が妊娠したんだ」
ロイさんの言葉を聞いて、歓声が上がった。公孝さんは三佳さんに「体は大丈夫か?」と聞いている。リエさんもリツさんも、みんな笑顔だった。
ロイさんは、黙っているれいさんに、しゃがんで話しかけた。
「母さん、僕に子どもができるんだよ」
するとれいさんは、ロイさんの顔に手を当てながら、「よかったわね」と言った。
れいさんと公孝さんは夕方に館を出た。2人を送り届けたロイさんが帰ってきたのは19時を過ぎた頃だった。ロイさんが食堂に入ってくると、青年の姿のラウがロイさんの方へ歩いていった。
「ロイ、おめでとう……」
ラウは、祝辞を述べることに照れているようだった。そして、その言葉はいつもより静かに感じられる。ロイさんはラウをゆっくり抱き寄せると、頭をぽんぽんとたたいた。
「ありがとう、ラウ。君もお兄ちゃんだな」
ロイさんの言葉を聞いたラウは視線を落としてこう言った。
「不思議なものじゃな……嬉しいんじゃが、寂しいんじゃ」
するとロイさんは、ラウをきつく抱き締めた。ラウは「痛い! 痛い!」と言っている。やがてラウを解放したロイさんはラウの両肩に両手をのせた。
「僕の子どもが生まれたら、抱いてやってくれ」
「……わかったぞ」
そう言うとラウは微笑んだ。しかし、その笑顔には寂しさが現れているように見えた。ロイさんはラウの背中に手を当てて、ラウを椅子に座らせた。すると、ラウの隣に座って片肘をついている裕也が、ラウの肩を軽くはたいた。
ロイさんは顔を上げると、三佳さんに声をかけた。
「三佳、気分はどうだ?」
「え? うん……なんか、やっぱり胃の辺りが、むかむかするのよね……」
すると、出産経験のあるリエさんが口を開いた。
「それって、つわりじゃないの?」
「え? つわりって、食べ物を見ると吐き気がするやつでしょ?」
「つわりって、いろいろ種類があるのよ。空腹になると気持ち悪くなったり、眠くなったり……」
すると三佳さんがしばし考えて、リエさんに聞いた。
「私、食べ物を前にしても吐き気はないけど、お腹が空くと胃の辺りがむかむかしてくるのよ。これって……」
「食べつわりじゃないかな?」
「あと、眠かったりだるいこともあるわ。食べ過ぎのせいかと思ってたけど、これもつわりなのかしら?」
「そうかもしれないわね。食べ過ぎるのも良くないみたいだから、何を食べたらいいのか調べてみた方がよさそうね」
三佳さんとリエさんの会話を聞いて、私はすぐに調べた方がいいと思った。
「今調べておきますか? 明日の買い出しで買ってこられるものがあったら、買ってきますよ」
「ありがとう。でも、調べるのはゆっくりでいいわ。まだそんなに酷くないから」
そのとき、リリーが三佳さんに話しかけた。
『三佳、よかったわね……私も嬉しいわ』
「ありがとう、リリー。この子が生まれたら、リリーをどうやって紹介しようかしらね」
「本の中のおばちゃんでいいんじゃない?」
ロイさんがそう言うと、リツさんが笑った。
「そのままだな」
リツさんはそう言うと、椅子から立ち上がってロイさんを見た。
「久しぶりに飲むか?」
「おぉリツ、付き合ってくれるのか?」
「お祝いだからな」
するとリツさんは時山さんを見た。
「広夢さん、確かウイスキーがあったと思うんだが……」
「はい。未開封のものがございます。用意して参りますので、少々お待ちください」
「あ、私も手伝います!」
私はそう言うと、時山さんを追いかけた。
三佳さんが妊娠したことで、館の掃除の分担が大きく変わった。ロイさんが、リエさんに三佳さんの世話を頼んだので、三佳さんはもちろん、リエさんも掃除ができなくなった。それで、掃除は私と裕也と梅子さんが主に分担して、時山さんが時々手伝ってくれる状態になった。
掃除の分担が新しくなってすぐ、リツさんが、「俺も何かすることはないか?」と聞いてくれた。しかし、裕也が大丈夫だと繰り返すので、リツさんは腕を組んでしばし止まったあと、「そうか」と言って自分の部屋に入っていった。
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