第25話 館の庭で
観光地がにぎわう5月の連休に入った。そんな連休中のある夜、ロイさんがみんなでキャンプをやろうと言い出した。ロイさんは連休が明けてから何日か休暇が取れるのだという。突然の提案に、三佳さんが口を挟んだ。
「ロイのキャンプのおすすめは、秋だったんじゃなかったかしら?」
「今もいいよ。焼き芋は作れないけど」
「と言うか、ロイはキャンプに詳しくないでしょ?」
「うん、話に聞くくらい……」
ロイさんはキャンプに慣れていると勝手に思っていたので、私は驚いた。しかし、他の人たちは意外にも無反応だった。リツさんはリリーを見たあと、ロイさんを見た。
「まあ、ロイがキャンプしに行くなんて、聞いたことないしな」
『私が前にキャンプのことを言ったから……ごめんね、ロイ。気をつかわせちゃって……』
そう言うリリーの声は、だんだん小さくなっていった。ラウやタユは黙ってこの様子を見守っている。リリーが希望していたことだから、私は何とかしてやれないかと思っていた。すると、パジャマ姿の裕也が眠そうにしながら、こんな提案をした。
「じゃあ、館の庭でバーベキューしようよ。テント張ったりしてさ」
「それ、いいんじゃない?」
リエさんはすぐさま賛成した。それに続いて、私も同意した。
連休明けの、ロイさんの連続休暇のある日。ロイさんとリツさんは、館の庭に置かれた組み立て前のタープの脇にいた。
「リツ、これできるか?」
「いや、多分無理だ」
ロイさんの問いに、リツさんは真顔で答えている。リツさんは自分の不器用具合を自覚しているようだ。その様子を見ていたのか、裕也が走って2人の元に来た。
「手伝おうか?」
「よろしく頼む」
リツさんは即答した。
私はバーベキューコンロの辺りにキッチンから持ってきた食材を置くと、また館の中に戻った。食堂には、リリーの本が立てて置いてあり、イラストのページが庭の方を向いて開いていた。私は、リリーのイラストの正面に顔を出した。
「リリー、この置き方で大丈夫? 不安定だったりしない?」
私はリリーの本の状態を気にした。すると、リリーは明るい声を出した。
『大丈夫大丈夫! ぐらぐらもしてないし、みんなもよく見えるわ』
「外には行かないの?」
『うん……外では火も使うから本の私は危ないし、汚れてもいけないからって、リツが言うのよ』
「リツさんは外にいるんだね」
『さっきロイに呼ばれたのよ。でもほら、帰って来たわ』
リツさんはタユを連れて食堂に入ってきた。
「リリー、タユがお前の本に保護の魔法をかけてくれるそうだ」
『何? 保護の魔法?』
「はい。リツからご依頼を承りました。耐火性・耐水性のあるコーティング魔法になります」
「これなら、間違ってコンロの網の上に落ちても大丈夫だな」
『怖いこと言わないでよ、リツ』
「では、参ります」
タユが手を叩くと、本に光沢が出た気がした。しかし、変化の差はあまりなかった。
「もういいのか?」
「はい。もう大丈夫です」
「ありがとう」
そう言うとリツさんは、リリーの本のイラストのページを開いたまま、本を両手で抱えて外へ持っていった。
バーベキューコンロからは、牛肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。裕也とロイさんは、焼けた食材を皿の上に盛っていく。私は盛り付けの終わった皿を2つ持ち、タープの下のテーブルへ運んだ。テーブルには、リリーの本を立てて手で押さえているリツさんが座っている。リツさんは食事を摂る必要がないので、配膳を気にする様子もなく、リリーと話をしていた。私は三佳さんと梅子さんの前に皿を置いていく。梅子さんは、戸惑った様子だった。
「本当に、私までいいのかしらねぇ」
すると、裕也が追加で焼けた肉をトングに挟み、下に皿を添えて持って来た。
「梅子さん、どんどん焼けるよ」
そう言って裕也は、梅子さんの皿に肉を置いた。すると三佳さんが、箸でピーマンを挟みながら、こう言った。
「裕也が慌ただしく働く姿を見ると、裕也が初めてここに来た頃のことを思い出すわね」
するとリエさんが、何か思い出しているような目で裕也を見ていた。
「私が巻き込んじゃったも同然ね……」
私は、リエさんの発言が気になったが、先を聞けないままリエさんを見ていた。するとリエさんが私の視線に気づいた。
「裕也の話、聞きたい?」
「聞きたいです……」
そのとき裕也が、新しく盛り付けた皿を持って来て、私にくれた。
「リエ、変なこと言うなよな」
「事実を話すことを誓います」
そう言いながらリエさんは、顔のところに右手を挙げた。
「裕也ね、公園で飲みつぶれてたのよ。それが最初」
「えっ」
私が裕也を見ると、裕也はリエさんをちらりと見て、またコンロの方へ歩いて行った。
「何だかかわいそうになって、裕也を起こしたのね。それですぐ帰るだろうと思ったら、どういう訳か夜中の2時くらいまで話を聞くことになっちゃって……」
「その話、初めて聞いたわ」
三佳さんはそう言うと、口をもぐもぐさせていた。リエさんは話を続ける。
「次の日も同じ公園で会ったけど、私は裕也の記憶が書き換えられていると思って、知らないふりをしてたの。でも、裕也は別れてから寝てなくて、記憶の書き換えができていなかったのね。それで裕也は私を覚えていて、私に声をかけてきたの」
「それで、ここについてきたんですか?」
「私が花の魔法のことをうっかり話しちゃってたのよ。それで、その話を覚えてた裕也は、自分をこの館に連れていけって言って聞かなかったの。それで仕方なく、私はここに裕也を連れてきたの」
「はい」
私は相づちを打つと、リエさんを見つめて続きを催促した。
「裕也は自分の人生も取ってくれって頼んだんだけど、みんな反対したの。そしたら、3日間寝なかったのよ。寝たら記憶を書き換えられるって知ってたから。それでその3日間、時山さんや梅子さんの館の仕事を手伝っていたの」
「強情ですねぇ」
「お前、おもしろがってるだろ」
裕也はそう言うと、私に缶ジュースを差し出した。
「ありがとう。でも裕也、強情だったんだね」
「そうかな?」
すると、話を聞いていた梅子さんが口を開いた。
「私は、裕也ちゃんがリオちゃんだった頃は、その3日間の記憶を忘れていたのよ。思い出したのは、また裕也ちゃんに戻ったときね。時山さんもそうだったわ」
「でも、梅子さんも時山さんも、いつでも変わらずに優しくしてくれたよ」
「なら、良かったわ」
梅子さんは裕也を見て微笑んだ。裕也はまたコンロの方へ向かった。私はリエさんに話の続きを聞いた。
「それから、どうやって人生を取られることになったんですか?」
「それはもう、簡単な話なの。ロイの部屋に掃除に入った裕也が、アッシュリリーの入った箱を落として、花が外に出たときに匂いを嗅いでしまったのよ」
「へぇぇ」
私がリエさんの話に満足していると、リリーが話しかけてきた。
『朋世。裕也がやっていた出店ね、最初の1年くらいは私とリツもついていったのよ』
「そうなの?」
『だって、理想のパートナー探しなんて、無理だと思って。簡単に人が巻き込まれないように見張っていたのよ。でも、裕也は全然声をかけないから、本気で探している訳じゃないと思ったの。それで私とリツは、ついていくのをやめたのよ』
それで、私が巻き込まれた。でも、今では巻き込まれて良かったと思っている。みんなに会えたから。私は焼けた肉を食べながら、ここにいられる幸せを感じていた。しかし、リリーがいなくなってしまうかもしれないという心配は、心を離れなかった。ちらりとリリーを見ると、リリーはリツさんと楽しそうに話をしていた。
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