第22話 人気のない神社

 多くの参拝者とは逆方向に、私たちはゆっくりと進んだ。参道には、多くの屋台が出ていた。

「朋世、腹は減ってないか?」

「大丈夫です。減っていません」

「こんな夜中に食べたら、太っちゃうわよねぇ」

「それは失礼致しました」

『リツ、今の冗談なの?』

 私は外でリツさんとリエさんとリリーと……みんなで会話できることが嬉しくなった。目頭にじんわりとした涙の感覚が出てくる。それで少しの間、みんなの顔が見られなくなった。


 参道の途中にある石の長椅子に、私たちは並んで座った。リリーの本は開いたままリツさんの膝の上に置かれ、みんなで参道を行く人々を眺めていた。すると、リエさんがぽつりとつぶやいた。

「リリーがいなくなっちゃったら、私は元に戻っちゃうのかな……」

『ごめんね、リエ。私のわがままだよね。振り回して、ごめん』

 それから、4人はしばらく黙っていた。人通りは次第に数を増やし、この辺りもにぎわってきた。

「人が多くなってきたわね。移動する?」

「そうだな。もう車に戻ってもいいかもしれない」

『あの……さっきリツを見た人の記憶でちらっと見えたんだけど、この辺りに全然人気にんきがない神社があるんですって』

 そうリリーが話した。リリーは、どうやらその人気がない神社へ行きたいらしい。リエさんがリリーに質問する。

「なんで人気がないの?」

『山の中にあるそうなんだけど、その山道がとんでもなく険しいんだって』

「そこを登れと?」

 リツさんが素早く突っ込んだ。リリーは、『できれば……』と言って食らいつく。そこで、私はリリーに加勢した。

「行きましょう! 山の上なら、夜景も見えるかもしれませんよ」

「わかったわ……人気がないなら、私たちももう少し自由にできて楽しめるかもしれないしね」

 リツさんも少しあきれたような笑顔でうなずいた。


 私は携帯電話のインターネット検索で、リリーの言う人気のない神社の場所を調べた。距離で言えばすぐ近くだ。検索で、その神社へ行った人の口コミが出てきたが「もう二度と行ける気がしない」など、かなり大変そうな意見が多かった。


「リュックサックでも持ってくるんだったな……」

 私の前を行くリツさんが、リリーの本を抱え、急な傾斜の山道に苦戦している。山道には、申し訳程度の照明が点々とともっているのみで、進行の難度を上げていた。

「これ……嘘でしょ?」

 私の後ろから来るリエさんは、さっきから何回も足を滑らせて山の土の上に倒れていた。


 神社に着いたのは、23時40分を過ぎた頃だった。境内けいだいには、難関を突破した強者つわものが並びもせずに散らばっていた。しかし、その数はやはり少なく、10人ほどだった。

 私たちは市街地を見渡せる場所へ来た。山の中には明かりのすじが見える。この光は、ちょっと前に私たちがいた辺りの屋台の並びだろう。そして山の向こうには、たくさんの光があふれていた。

「いやぁ! 疲れたけど……綺麗ね!」

「本当……頑張った甲斐がありましたね」

「ほらリリー、夜景が綺麗だぞ」

 そう言ってリツさんはリリーの本のイラストのページを開き、きらびやかな夜景に向けた。

『綺麗だわ……本当に綺麗……みんな、ありがとう!』

 私はリエさんとリツさんと、顔を見合わせて笑った。


 日付を越えて年が変わり、強者たちが参拝を始めた。私たちは、参拝者の途切れ目を狙って参拝した。まず私とリエさんが参拝し、リツさんからリリーの本を受け取った。そして、私はリリーのイラストのページを開いたまま立ち、その横でリツさんが参拝をする。リツさんは、リリーの分のお賽銭さいせんも入れていた。見ると、リリーも本の中で手を合わせていた。

『まさか、お参りができるなんて思ってなかったわぁ』

 リリーは感無量という感じの笑顔をしている。

「さあ、帰るか」

 リツさんの言葉にリエさんは深く息を吸い、ふっと短く息を吐いた。

「よしっ! 行くわよっ!」


 下り道では登りより余計に滑りやすかった。リエさんだけでなく、私やリツさんまでもよく尻もちをついた。私の携帯電話の着信音が鳴っていたが、降りている最中に取る余裕はなく、無視をしていた。

 屋台が並ぶ明るい場所に出ると、服が土でかなり汚れているのがわかった。私たちはお互いを見ながら笑い合っていた。疲れてはいるけれど、妙な充実感があった。私はその余韻を感じながら、着信履歴にあった裕也の番号にかけ直した。裕也たちは、帰るのに時間がかかりそうだから、帰られるなら先に帰ってくれということだった。それで私たちは、シルバーの車で先に帰ることにした。


 正月も過ぎた1月の中旬。昼の食堂で、リリーが青年姿のラウと何やら言い合っている。ラウは目を閉じて、何かを見ているようだった。

『やっぱり、ダメなんじゃない? この写真を消さないと、切りがないもの』

「むむ……そうじゃのう。どうしたものか……」

『どうしたものかじゃないでしょっ! これじゃリツが……』

 どうやら、記憶の書き換えが上手くいっていないらしい。私は2人に声をかけた。

「どうしたの?」

『朋世ぉ。ちょっと、パソコンで確かめて欲しいことがあるんだけど……』

「わかった。じゃあ、部屋から持ってくるね」


 そうして、私は自分のノートパソコンを食堂に持ってきた。リリーの言う通りにインターネットを操作していくと、あるサイトに眼鏡をかけたリツさんの写真がいくつか載っていた。この間の初詣のときに撮られたものらしい。

「この写真の消し方がわからんのじゃ」

『ラウったら、記憶の書き換えはできても、この写真は消せないって言うのよ』

「記憶を消しても消しても、新たにこの写真を見る者が現れるのじゃ」

 私は考えた。削除依頼……。しかし、リツさん本人が言うことはできないし、削除した会社の人の記憶はどうなるのだろう。私は、胸がざわついた。そこへ、リツさんがやってきた。

「朋世、すまないがコーヒーを……」

 私に話しかけながら視線をノートパソコンに向けたリツさんは、インターネットに映る自分の姿に気づいた。

「これは……いいのか?」

「よくないのじゃ」

『威張るんじゃないっ!』

「威張ってはおらん」

 ラウはお菓子を食べながら、少し心配そうな顔をしている。

『おいっ! お菓子食べるなっ!』

「菓子を食べんと、落ち着かんのじゃ」

 そのとき、どこからか知らない女性の声が聞こえてきた。

「ラウ、お久しぶりです。わかりますか?」

「んっ! お主、こんなところまで来よったのか!」

 ラウの視線を追うと、そこに1人の女性が現れた。まとめた黒髪は、光があたってオリーブグリーン色に光っている。その人は平均的な私の身長よりも背が低く、少女のようにも見える。その表情はにこやかだが、どことなく憂いを感じた。その人は白とピンクのグラデーションのワンピースを着ており、その装飾は上品で繊細で、とても可愛らしい。

「タユ、何しに来た?」

「ラウ、あなたをお助けに参りました」

 すると、三佳さんが食堂へ入るなり、タユと言う女性に釘付けになった。

「何その服……可愛い過ぎる! ……て言うか、誰?」

「私はタユと申します。ラウの後輩にあたります」

「後輩も後輩。一番下っ端じゃ」

「こちらの時間で言えば、私はあちらの世界に出現して20年ほどです」

 リリーはタユの言うことをじっと聞いていたが、タユがリリーを見たのでこう言った。

『ラウを助けるって、もしかして私をすぐに連れていこうって言うの?』

 それを聞いて、タユは両手を前へ広げて出した。

「いえ、違います! 私はあくまでラウのサポート係です」

「サポートって、普通先輩がするものじゃないの?」

「こやつは、なにせ優秀なんじゃ。わしは人間が話をし出す前からおるというのにのう」

 リサさんの突っ込みに、ラウは開き直った。

『じゃあ、どういうことをしてくれるの?』

「はい。例えば、今お悩みのその画像。消してしまえます」

 リリーの問いに、タユは鮮やかに答えた。そして、タユが自分の顔の前で手を叩くと、リツさんの画像はどこにもなくなってしまった。


「画像を消したと言うより、過去にさかのぼって、写真を撮る前にリツやリエの記憶をその人たちから消しました。つまり、写真を撮ると言う行為自体をなくしたことになります」

『リエも撮られてたのっ!?』

「ほうほう、見事じゃのう」

 ラウは若干、不貞ふてくされていた。リリーはタユのその手際に感心している。

『すごいじゃない! ラウとは大違い!』

「ふん」

 ラウは、さらに機嫌が悪くなった。

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