第3章
第21話 記憶の見え方
リリーは小説を書く宣言をしてすぐ、小説の書き方について解説してある本を買ってくれと私に頼んだ。そして数日、夜は私の部屋で、日付が変わるくらいまで一緒にそれらの本を読んだ。リリーは私が寝る時間になってもリツさんの部屋へ帰らずに、私の部屋にいた。そして昼間は食堂で、リリーの言うことをラウがノートに書きとめていた。リリーはしばらく、リツさんの部屋に帰ることができないでいた。リツさんは、リリーの本を持った私に会うと、軽く会話はしてくれるのだが、すぐに自分の部屋へ帰っていた。
「リリー、明日リツさんと話してみる?」
『え……うん。話してくれるかな?』
「大丈夫だよ。リツさん、優しいから」
私は、リリーに対して気になっていることがあった。明日には、もしかしたらリリーがリツさんの部屋に帰ってしまうかもしれないので、思い切って聞いてみた。
「ねえ、リリーの見える他人の記憶って、どんな風に見ることができるの?」
私のいきなりの質問に一瞬止まり、首をかたむけながらリリーはしばし考えた。
『景色が見えて、それと同時にその景色が言葉でも出てくる感じかしら』
「……じゃあ、考えていることがわかるわけではないってこと?」
『そうね』
リリーの言葉を聞いて、私は安心した。リリーが嘘をついている可能性も考えたが、やっぱりそれはないと思った。私の考えていることを知っていたら、きっとリリーはもっと困っているはずだから……。
「私が婚約を解消するために待ち合わせしてたときのこと、私の記憶から調べたって裕也が言ってたけど……」
『あぁ……ごめん! あの時は、裕也が真剣な顔でお願いしてくるもんだから……』
「いや、それで私、助けてもらったの。ありがとう」
すると、リリーはちらりとこちらを見て、またうつむいた。
『あとね、実を言うと……もう1回だけ、朋世の記憶を見たことがあったの』
私はどきりとした。リリーは、私の何を見たのだろうと心配になった。
「それって、どんなときのこと?」
『……リツが朋世に「嘘だよ」って言ったことがあったの、覚えてる? あれはなんでそう言ったんだったかしら……』
それは、リツさんが初めて私に冗談を言ったときのこと。リリーも聞いていたのだと知り、少し恥ずかしくなった。しかし私は、なんでもないような顔をして話し出した。
「私のこの館での勤務初日の朝だよ。私と裕也が仕事着で7時の集まりに行こうとしていて……」
『ああ、そうそう。裕也が着替えるのがめんどくさいって言ってて、リツが「朋世もそうなのか?」みたいなことを言ったのよね……リツって、あんまりふざけたりしないから、珍しくて気になっちゃって、つい……朋世の記憶で確認しちゃったの。リツの記憶は見ることができないしね』
「リツさんの記憶は見られないの?」
『そう。今なら、本に人生が取られているリツとリエの記憶は見ることができないわ。例外で、ラウも見られないわね』
私が黙っていると、リリーも黙ってしまった。それで、リリーを見ると、リリーは
『本当にごめんなさい。私……そのとき、すごく悪いことをしている気がしてきて、もう自分の好奇心で他人の記憶を見ないって決めたの!』
「そうか……でも、他人の記憶が見られるなんて、小説を書くのにはすごく役に立ちそうだけどね」
『普通の人間の作家は、そんなことしないで小説を書くんだから……私は、見ないわ』
翌日の7時の集まりのあと、私はリリーの本のイラストのページを開いて持ったまま、まだ座っているリツさんのところへ行った。
「リツさん……あの、リリーが話があるって言っています」
「……俺も、話がある」
『リツ、私ね、えっと……』
「もう時間がいくらあるかわからないのに、今まで通りにできないなんてバカらしい……」
『リツ……』
「……俺が悪かった……協力するよ、リリー」
私はリツさんにリリーの本を渡した。リリーはリツさんにお礼を言っていた。
リリーがリツさんの部屋に戻ってから少し日が経って、リリーが外に行きたいと言うようになった。それで私はリリーとリツさんと青年姿のラウを車に乗せて、午前中にいろんなところへ連れていった。リリーとリツさんとラウは、普通の人には見えない姿になっていた。主に散歩だったが、川沿いや公園だけでなく、街中を歩くこともあった。
リリーは午後から、青年姿のラウと一緒に小説を書いていた。リツさんはその間、自分の部屋にいた。
食堂でリリーはラウと一緒に、小説も書きつつ記憶の書き換えもしているようだった。記憶の書き換えはリエさんに関するものだけのはずだから、そんなに負担にはならないのだろう。小説の方は、私が食堂にいる時に聞こえた言葉から推察するとまだ設定の段階で、本編を書き出してはいないようだった。
年の暮れ。リリーがこんなことを言い出した。
『私、初詣に行きたいわ』
それを受けて、仕事帰りのロイさんがこう言った。
「リリー、今日は僕、疲れているんだ。変なことを言わないでくれ」
「いんや、変なことでもないぞい」
青年姿のラウが、右手の人差し指を立てて発言した。
「初詣には行けるぞ。記憶の書き換えも、問題ない。リリーの記憶の書き換えは、ちょっと細かすぎじゃ。もうちょっと大雑把でよい。リリーは小説を書かねばならんし、これからはわしが記憶の書き換えをしてやろう」
『本当⁉︎』
ラウの言葉を聞いたリリーは、目を見開いたあと、両手の拳を振って喜んでいた。
「リツも今までは透明人間にして移動しておったが、親密な交流や頻繁な交流をするのでなければ、普通の人間に見えていても問題なかろう。まあ、リリーの本を開いたまま移動する姿は、不自然じゃがのう。万が一問題があれば、そのときは記憶を書き換えるだけじゃ」
ラウの説明を聞き、私たちは安心していた。
大晦日の夜。私たちは、二手に分かれて移動した。シルバーの車には三佳さん、リエさん、リリーと運転手の私の4人で。黒の車にはリツさん、ロイさん、ラウと運転手の裕也の4人が乗っていた。私たちは館から1時間かけて神社に到着した。腕時計を見ると、22時を過ぎている。そこには、すでに人だかりができていた。館の大男2人組、つまりロイさんとリツさんは、眼鏡をかけている。ラウは少年の姿でロイさんに抱きかかえられていた。今日は、透明人間化はしていない。美しいリツさんやリエさんのことを見ている人は少なからずいるが、ラウがなんとかしてくれるのだろうと思い、私も気にしないことにしていた。
リリーの本は普通の人にだけ見えない透明化をして、リツさんが持っていた。リツさんはイラストのページを開いて持ち、リリーに辺りの様子を見せていたようだ。上から照明に照らされてはいるが、手元は幾分暗いため、リツさんの行動もそこまで不自然ではない。参拝の列にみんなで並ぼうとしたとき、リリーがこそこそとこう言った。
『リツ、私は並ばない方がいいと思うわ。並んだって、景色があまり見えないし……私、どうせお参りだってできないし』
それを聞いて、私はリリーに言った。
「じゃあ、もっと景色が見渡せるところに一緒に行こうか? 私、お参りはしなくてもいいから」
『朋世、本当!?』
「あ、私も一緒に行くわ」
そのとき、リエさんもこう言った。リツさんも参拝をやめて、私たちと一緒に行くことになった。
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