第19話 結婚祝い

 私たちは迷っていた。私たちとは、私とリエさんとリリーだ。写真撮影から数えて3日目を迎えたが、ロイさんと三佳さんへの結婚祝いがまだ決まらない。私たち3人は、リエさんの部屋でパソコン画面に渋い顔を向けていた。

「三佳はスイーツはあんまり喜んでる印象ないし……リツはペアのカップ、裕也が名入りのワイン……ロイはお金持ちだからなぁ。何がいいんだろ?」

「私たちだからっていう、ユニークなものがないですかねぇ?」

『三佳の記憶を見るわけにはいかないし……』

 私とリエさんはリリーを見た。

「ダメよ、そんなズル!」

 リエさんに言われて、リリーは少し焦っている。

『しないしない! 見るわけにはいかないって言ってるでしょ。……でも、このままじゃらちが明かないわね』

「こうなったら、最後の手段……本人に聞く!」

 リエさんの意見に同意し、私たちは2階の三佳さんの部屋に行った。


「じゃあ、絵を描いてくれないかしら。この前の写真撮影みたいな、みんなの絵」

 三佳さんの言葉に、私たちは3秒くらい無言になった。

「絵? ……絵ねぇ。私、絵心あったかしら?」

『絵だったら、アイデアを出すことで私も参加できるかもしれないわ』

「決まりですよ! 私、頑張ります!」

 絵を描くことが割と好きだった私は、俄然やる気が出てきた。リエさんは少し苦笑いしていたようだが、同意してくれた。


 私たちはすぐに画材を調べ、目星をつけたものをメモした。それから早速、私はリエさんと一緒に車で画材を買いにいった。今日は、リエさんはいつもの公園へは行かなくていいと言ったので、2人でじっくり画材を選んだ。帰ってきたときには21時を過ぎていた。そして次の日から、絵の制作に取りかかった。


「ねえ、記念写真とは並びを変えましょうか」

「どんな感じにしますか?」

「リリーはロイの妹だから、ロイの隣がいいんじゃないかな?」

『え……』

 リリーが少し戸惑っている。

「絵なんだから、リリーも参加できるでしょ?」

「リリーの写真、借りてきましょうか?」

『うぅ……嬉しい』

 リリーは、しくしくと泣き出した。私も嬉しくなり、リリーに何か言いたくなった。

「リリーの好きなドレスも選ぼうよ。頑張って描くよ」

『うん……』


 私はリツさんの部屋の前に行き、ドアをノックした。ドアの奥から「どうぞ」と声が聞こえた。扉を開けると、リツさんは窓際の机の上で本を読んでいた。その本から目を離してこちらに振り向くと、不思議そうな顔をした。

「どうした?」

 リツさんは本を机の上に置き、こちらに歩いて来る。

「あの……この間のリリーの写真を、貸していただけませんか?」

「あぁ、リリーの絵を描くのか?」

「はい……」

「リリーから聞いてるよ」

 リツさんはまた机のところに行くと、引き出しから1枚の写真を取り出した。そしてその写真を少し見て、またこちらに歩いてきた。

「この前のやつはこれを引き伸ばしたものなんだ。これが元の写真だよ。……美人に描いてやってくれ」

「リリーは美人ですから……頑張って描きます」

 リツさんは笑顔でうなずいた。


『朋世! 私、このドレスにしたの』

 リエさんの部屋に戻ると、リリーがドレスを決めていた。

『リエが緑で、朋世が赤でしょ? 私は紺にしようと思って』

 私はパソコン画面をのぞき込んだ。総レースの落ち着いたドレスだ。

『一目惚れしたの。案外、早く決まっちゃったわぁ。絵だから、サイズの心配もなくていいわね』

「リリーの身長はどれくらい?」

 私の質問に、リリーはしばし黙った。

『173センチくらい……』

「へぇ。私よりも高いじゃない」

 リエさんが嬉しそうである。

『身長のことは、あんまり言いたくないんだけど……』

「背が高くて美人さんなんだから、モデルさんみたいで素敵だよ」

 私の発言に、リリーの言葉が弾む。

『ほんとぉ⁉︎ 嬉しい! そんなこと、初めて言われた……』

 私……リリーをほめることで、間接的にリツさんにいい印象を与えようとしてはいないか? と、ふとそんな思いが心をかすめた。本音を言っているはずなのに後ろめたい気持ちになるなんて、リリーやリツさん、あるいは自分を意識しすぎなのかな……。


 絵は、1日に2時間を費やし、3日で完成した。額縁に入れて、赤と白のリボンで飾った。贈るのはロイさんもいる夜にしようということになった。

 リエさんはいつもの公園へ向かうために、駅まで裕也に車を出してもらっていて、いなかった。私の部屋でリリーと2人、プレゼントの出来栄えを眺めていると、部屋の外から慌ただしい様子が聞こえてきた。私たちは絵を部屋に残し、1階へ降りていく。そこには、スーツを着たロイさんがいた。そしてリツさんに向かって、何やら深刻な顔で話している。

「リツ、一目でいいから、会ってみないか?」

「どうやって? 無理だろ……」

 私は時山さんに声をかけた。

「ロイさん、どうされたんですか?」

「……なんでも、リツさんのお母様のお身体の具合がよろしくないそうなんです。ロイさんはリツさんに、お母様とお会いしてはどうかとおっしゃっているのですが……」

 リツさんの表情は曇っていたが、態度は落ち着いていた。

「お袋ももう96だ。仕方がない……それに、家族以外が面会できるのか? お袋は独身で身寄りがないことになっているだろ」

「看護師の言うことには、知人の面会はまだできるそうだよ」

「しかし、俺が行くとなると、リリーも記憶の書き換えが大変だし……」

 そのとき、ラウが青年の姿になって歩いてきた。

「わしは、他の者を見えなくすることもできるんじゃぞい」

 そう言うと、リツさんの胸に左手を当て、右手を右から左にはらって手を結んだ。すると、時山さんが「また消えた!」と驚いている。しかし、私の目は確かにリツさんをとらえていた。

「今リツは、いわゆる普通の人間には見えない状態じゃ。リツの見える状態は、このキューブに集まっておる。これをリツの前にかざして息を吹きかけると……」

 そう言ってラウは、そのマーブル模様のサイコロのような立方体をリツさんの顔の前に持ち、息を吹きかけた。ロイさんは、時山さんに問いかける。

「時山、リツは見えるか?」

「はい。顔から足下へとリツさんが出現されました」

 感心した様子で、時山さんが答えた。

「あとは、君の気持ち次第だ、リツ」

『リツ、私も一緒に行きたいから……』


 ロイさんとリリーにうながされ、リツさんはお母さんに会うことになった。リツさんが支度をする間、ロイさんとリリーが食堂で私たちにリツさんのお母さんの話を聞かせてくれた。

 リツさんのお母さんは良美さんと言うのだそうだ。良美さんはロイさんとリリーの両親が営んでいた『ながすずストア』で働き、女手一つでリツさんを育てた。リツさんが高卒で税理士になったことを、よく人に話していたそうだ。しかし、リツさんが37歳の時に人生を取られて以来、良美さんは独身ということで生きてきた。もちろん、リツさんを産んだ記憶はなくなっている。誰かと結婚することもなく、誰かと交際している感じもなかったという。ただ直向ひたむきに、真面目に明るく働いていたそうだ。


 食堂の入り口の外で、いつの間にかリツさんが立っていた。それに気づいたロイさんが、リツさんに声をかけた。

「じゃあ、行こうか」

 リツさんはロイさんを見たあと、視線を下げて「ああ」と返事をした。

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