第18話 写真撮影

 東の階段から、三佳さんが降りて来た。水色の生地に赤やピンクの大小さまざまな花が描かれた色打掛姿である。あごのラインまであった髪は上手くまとめられており、花のような飾りがつけられている。スタッフに手を引かれている三佳さんの元へ、紋付き羽織袴姿のロイさんが歩いていく。ロイさんの髭はいつも通りだ。

「三佳、綺麗だよ」

 ロイさんの言葉に、三佳さんは恥ずかしそうにしながら微笑んで、少し下を向いた。ロイさんはスタッフに変わり、三佳さんの手を引いた。


 和装の撮影は10時ごろから始まった。撮影の様子はずっと見ていても飽きない。玄関からの正面の階段のところで撮ったり、玄関の外の花壇や芝生の庭で撮ったりしていた。ポーズを細かく変えながら、撮影は1時間ほど行われた。

 三佳さんは一旦部屋に戻ると、1時間ほどで出てきた。今度はピンクのカラードレス姿だ。大きな花の形をした飾りがいくつもまとまって1列に垂れ下がり、大きなフリルも付いている。左右非対称のドレスだ。肩が出ているデザインなので、三佳さんはちょっと寒そうな仕草をしている。頭にも同じ花飾りがついていた。この格好でまた、階段、花壇、芝生と撮っていった。

 そして最後に純白のウェディングドレス姿。長袖の総レースのドレスである。立ち襟になっており、デコルテから腕にかけてシースルーになっている。荘厳そうごんで清らかなドレス姿だ。三佳さんが今日身につけたこれら3種の花嫁衣装は、みなロイさんが記念に購入したのだという。さすが大層なお金持ちだ。


 撮影が終わると、ロイさんと三佳さんはスタッフと打ち合わせていた。どの写真を選ぶかなど、後日決めるということになったようだ。私も少しスタッフと会話したが、和装と洋装を1つずつ撮ることはよくあるが、カラードレスも撮るのは珍しいらしい。きっとロイさんが勧めたのだろう。2人のうきうきした様子が目に浮かぶ。

 撮影スタッフは15時過ぎくらいに帰っていった。すると、ロイさんが真新しいカメラを持ってきた。この日のために用意したらしい。三佳さんによると、とっても高価なものだそうだ。

「朋世! 早く早く」

 振り返ると、くすんだ緑色のドレスを着て髪を綺麗にまとめたリエさんが、正面の階段の上から私を呼んでいた。自分の用意を思い出した私は、梅子さんと三佳さんに断ってリエさんについていった。


 私の身支度が済むと、私はリエさんと一緒に再び正面の階段のところに来た。すると、ブラックスーツ姿のリツさんがいた。まとめた髪にはスタイリング剤がついているようで、てかてかと光っている。右腕にリリーの本を抱え、左手に額縁に入った写真を持っていた。私はリツさんに声をかけた。

「この写真は……」

「ああ、リリーだよ」

 そこには、えらくらいの長さの髪をして、着飾って座っている女性がいた。これがリリー……。綺麗だな。そう思うと、少し胸が苦しくなった。これはリリーへの同情ではない。これは多分……嫉妬だ。いつもリツさんと一緒にいるリリーは、こんなに綺麗な人だったのかと思った。私は口に出して素直に「綺麗だ」と言えなかった。私は自分の違和感を隠しながら、リツさんと何か会話をした。でも、ここで隠しても、リリーには私の心中は知られていると思った。だって、婚約解消の待ち合わせの記憶を、リリーは見ることができたんだから……。

『朋世! いるんでしょっ。 朋世の格好、見せて見せてぇ!』

 リリーの催促に、リツさんはリリーのイラストのページを開いた。

『わぁ! 朋世、素敵ね! とっても綺麗よ』

「ありがとう。ねえ、リサさんはもう見た? リエさんはまだでしょ?」

『朋世ったら。リサじゃなくて三佳でしょっ。えっと、リエはまだかしら?』

 私はリツさんからリリーの本を貸してもらって、両手で抱えてリエさんのところに行った。リリーが私に綺麗だと言ったので、私は恥ずかしくなった。顔がこわばって、うまく笑えない。せっかくのお祝いの席なのにこれではいけないと思い、三佳さんの白いウェディングドレス姿を見た。そうすることで、少しでも清らかな心になれることを願った。


 私たちは、正面の階段の前に集まった。カメラが三脚にのっている。シャッターはワイヤレスのリモコンがあり、ロイさんが押すことになっている。リエさんが、私を三佳さんの左隣にえた。ロイさんは右腕でラウを抱え、左手にリモコンを持っている。リリーの写真額は三佳さんが抱えていた。そしてリツさんは、ロイさんの右隣でリリーのイラストのページを開いていた。

「1秒に10回撮れるから。合図は「はい、リリー」でいいね?」

 ロイさんがみんなに確認した。

「なんでリリー?」

「いの母音で終わるから」

 ロイさんと三佳さんのやりとりが微笑ましい。

 最初は時山さんや梅子さん、孝汰郎さんも一緒に、みんなで撮った。3人はいつもの仕事着だったが、嬉しそうにしていた。そのあと、その3人を除いた8人で撮った。8人とは、ロイさんと三佳さんにラウ、リツさんとリリー、裕也とリエさんに私である。

 外でも写真を撮ることになり、8人は外に出た。西の空は雲がオレンジ色を反射しており、東側には一等星がぽつりぽつりと見えている。寒い寒いと騒ぎながら、みんなで笑っていた。

 外から帰ってきても、ロイさんはカメラで動画を撮ったり写真を撮ったりしていた。すると、梅子さんが大きな四角い箱を持って玄関から入って来た。

「朋世ちゃん、ちょっと手伝って」

 私は急いで梅子さんに駆け寄り、箱を受け取った。

「これ、ケーキですか?」

「ふふふ、そうよ。時山さんと孝汰郎ちゃんと一緒に頼んでおいたの」

 梅子さんの言葉を聞いて、私は焦った。結婚祝いのことを考えていなかった。ケーキを食堂のテーブルに運んだあと、私はリエさんを探した。

「リエさん、結婚祝いって、何か用意しましたか?」

「え? してないけど……あれ、これってダメなやつ?」

 私たちは、顔を見合わせた。

「仕方がないわ。三佳に謝って、後日渡しましょう。せっかくだから、リツとリリーと裕也にも相談しましょ」

 そのとき、リツさんがロイさんにラッピングされた箱を渡していた。

「ペアのティーカップとソーサーだ。結婚おめでとう」

「おお! ありがとう! 大事にするよ」


 私は驚愕した。あの不器用なリツさんが、どうやってプレゼントを用意したんだろう。そして、さっきよりももっと焦った。

「これ、どうやって用意したんだ?」

「裕也に手伝ってもらったよ」

 裕也は静かに微笑んでいる。

「俺はこれ」

 そう言って、裕也も長い箱を渡した。

「これ、2人の名前入りのワイン。今日の日付も入ってるよ。……入籍日の方が良かった?」

「いや、嬉しいよ! ありがとう」

「うん。結婚おめでとう」

 リツさんや裕也がプレゼントを渡す様子を見ていた私とリエさんは、とぼとぼと三佳さんのところへ行った。

「三佳! 結婚祝いだけど、もうちょっと待って!」

「え? そんな、いいのよ。今日みんなと一緒に写真が撮れただけで、もう充分よ」

 三佳さんは笑っている。

「朋世とリリーと3人で、もう少し考えたいの! お願い!」

「……わかったわ。楽しみにしてるわね」

 そのあと、リリーにも相談にいった。リリーは自分も考えることができて嬉しいと言い、お礼を言っていた。

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