第15話 少年の正体
今朝の7時の集まり。大人の中に、1人の子どもが混じっている。夢じゃなかったんだ、という思いがした。集まりのあとに、私と裕也、それに時山さんとラウの4人で朝食を食べた。
午前中はリツさんとリリー、それから時山さんが食堂でラウを見守っていたようだ。でも、昨日の様子では、リツさんは子どもが苦手かもしれないと思った。しかし、昼になって食堂に顔を出してみると、ラウはリツさんの隣に座って絵を描いていた。私の推測は外れたらしい。
昼ご飯は食堂でみんなで食べることになった。食事を摂らない人たちも、席に着いている。梅子さんは嬉しそうにラウを見ていた。しかし、ラウをこのままにしておいてはいけないという話になった。
「警察に迷子の届けを出すべきでしょうね」
と時山さんが沈んだ顔で言う。それに対して、リエさんが心配を口に出した。
「でも、警察に言って、館や私達が色々調べられることはないのかしら?」
そのとき、ラウが自分のリュックサックをひっくり返したので、お菓子の袋がたくさん出てきた。デパートで売っているような、高級そうなお菓子ばかりである。ラウはその中から袋を1つ取ると、開けようとしたが開かなかった。リツさんが代わりに袋を開けてやると、ラウはそこにいる全員に袋の中身を配り出した。
「こんなにいっぱいのお菓子、どうしたの? お母さんに買ってもらったの?」
リエさんが聞くと、ラウはリュックサックのところに戻った。そしてリュックサックの前の方のポケットを開け、1万円札の束を取り出した。私たちは驚いて、その金はどうしたのかと聞いた。ラウは札束を握り締めたまま、うつむいていた。
「まあいいわ。無くさないように仕舞っておきなさいよ」
リサさんがそう言うと、ラウは手にある札束をまたリュックサックに戻した。
午後になって、私はリサさんの部屋に行った。リサさんのインターネットの買い物の手伝いをするのだ。と言っても、私のアカウントを作って、私名義でリサさんの欲しいものを買うだけである。リツさんとリリー、そしてリエさんと裕也は、食堂に残るようだった。
「あぁ嬉しい。念願のネットショッピングだわ」
リサさんはうきうきしていた。リサさんはすでに買うものに目星を付けており、私の出番を待つのみとなっていた。私がパソコンで作業をしていると、リサさんが言った。
「ラウが来て、みんな楽しそうね」
「はい……」
私はちらりとリサさんを見た。そしてまた、パソコンに向かった。リサさんは話し続ける。
「朋世はまだ若いからあまり気にしないかもしれないけど、私は子どもを持たなかった人間だから、なんかちょっと考えちゃうな」
私はリサさんを見て少しうなずき、作業を続けた。
「ロイも、嬉しそうだったなぁ……」
リサさんの声には
「リサさんは……あの……」
そこまで言うと、言葉に詰まった。
「何? 言ってよ。聞きたいな」
机で作業している私に、リサさんは立ったままで顔を近づけた。私はまた思い切って、今度は最後まで告げた。
「リサさんは、普通の人間に戻る気はないんですか?」
リサさんは私から視線を外して、何かを考えているようだった。
「そうね、私……戻れるんだわ。ロイも誰も何も言わないから、気がつかなかった……」
リサさんは私の方に向き直り、また話を続ける。
「でも私、今年で70歳なの。ふふ。裕也を見てたら、いきなり歳を取ることもなさそうだけど、元に戻ったらどうなっちゃうのかしらね」
そうだ。リサさんは若いまま体の時が止まっているけれど、歳はロイさんの1つ下だった。
「あの……リサさんは何歳の時に人生を取られたんですか?」
「34ね」
つまり、リサさんの体は34歳のままだということだ。
「ラウのことが解決したら、ロイやリリーに話してみようかな。朋世、気づかせてくれて、ありがとうね」
私は「いえ」と言って少し笑った。内心では、余計なことを言ったのではないかと、心配になっていた。根拠はないけれど……。
リサさんの買い物が済むと、私とリサさんはまた食堂へ行った。すると、リエさんが席を立ち、出かけてくると言って食堂を出て行った。リエさんを駅まで車で送るために、裕也も席を立った。
22時の食堂には、パジャマ姿のみんながいた。しかし、時山さんはまだスーツ姿だった。ラウはまだ眠くないようである。やがてロイさんが帰って来ると、ラウはロイさんにお菓子を持っていった。
「お、ありがとう。今日は楽しいことあったか?」
ロイさんの問いかけに、ラウはうなずいた。そして、ラウはロイさんをしばらくじっと見ていた。それから、うつむいては、またロイさんを見た。何か言いたいようである。ロイさんはかがんでラウに目線を合わせ、こう言った。
「なんだ、どうした。大丈夫だよ」
するとラウは、ロイさんの方へ両腕を広げてみせた。ロイさんはスーツ姿のままで、ラウをひょいと抱きかかえた。ロイさんが「やっぱり、結構重いなぁ」などと言っていると、
「わしは、とても充実した時間を過ごしたぞ」
ラウは、少し恥ずかしそうにしている。
「今、しゃべった⁉︎ て言うか、なんて言ったの?」
リエさんが、そう言いながらラウに近づいていく。ロイさんがラウを床に下ろすと、ラウは両手を広げて誰も近づくなという風な仕草をした。そして両手を叩くと、少年のラウは端正な顔立ちの青年になった。巻き毛の金髪に青い瞳だが、白人というわけでもない。
「驚いたかのう? わしはいわゆるあの世から来た。あの世でのリリーの案内役じゃ」
見た目に似つかわしくないしゃべり方で、頭が余計に混乱する。リリーのイラストを見ると、リリーはとてもこわばった表情をしていた。
「リリーをあの世へ連れていくのか」
リツさんが
「リリーのその本に5人分の人生が入ったとき、リリーはこちら側に来るものとばかり思っておったが、
そう言うとラウは、ロイさんに近づこうとした。ロイさんは少し身をそらした。
「やはり、大人の姿では甘えられないんじゃのう」
ラウの言葉を聞いて、ロイさんが戸惑っている。
「何を言ってるんだ。そんな老人口調でバカなことを言うんじゃない。だましたのか、僕を」
ラウは首を横に振った。そして、悲しそうにこう言った。
「わしは本能で存在している。そういう意味では、いつまで経っても子どもじゃ。もっとも、存在している時間でいえば、お主らとは比べものにならんがな。それに、この姿もまた、仮の姿じゃ」
落ち込んでいるラウに、リサさんが問いかけた。
「それで? あなたはどうしてここにいるの?」
「そうじゃった。そうそう。わしは……リリーに思いを遂げさせに来たんじゃ。つまり、結果的にあの世へ連れていくことになるのう」
ラウの言葉に、リリーが大きく動揺した。
『えぇぇぇぇ⁉︎ 嫌よ! 嫌、嫌! 私、みんなとここで暮らしていたいぃ!』
ラウはリリーを見つめると、一旦視線を下げ、またリリーに目を向けた。
「もちろん、リリーが納得できるまで待つ。
『そんなの無理よぉ! 時限爆弾みたいじゃない! 嫌よぉ!』
リツさんは黙ってリリーを見つめていた。リリーはリツさんに気づき、助けを求めるように話しかけた。
『リツ……』
「リリー、大丈夫だ。俺も……みんなもいるから」
みんな、リリーのことを見ていた。リツさんは「今日はもういいだろう」と言って、リリーと一緒に食堂を出ていった。ラウはまた少年の姿に戻り、裕也の部屋に押し入った。
こうして、館に新たな住人が加わった。
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