第12話 掃除は大事
時刻は7時を過ぎた。ロイさんはもうすぐ家を出るそうだ。帰ってくるのは22時を過ぎるだろうということだった。リツさんとリリーはいつも通りに、一日中部屋にいるという。リエさんは午後から出かけるということで、私が付き添うことになった。私と一緒だと、リエさんを目撃した人の記憶の書き換えがしやすいようである。
「私、好きなファッションブランドがあってね。試着がしたいのよ。朋世が来てくれたから、買うのはオンラインショップでもできるけど、同じMサイズでもブランドによって違ったりするでしょ? それに、私って背も高めだから、丈の長さとかも着てみないとわからないのよ」
『リエ、いいなぁ。私も一緒に行きたいな』
リエさんが話すのを聞いて、リリーが羨ましがっている。
「朋世、私もネット購入したいものがあるから、時間ができたらお願いね」
「はい、リサさん。わかりました」
そのとき、孝汰郎さんがロイさんを呼びに来た。
「社長、おはようございます。お車のご用意ができました」
「おはよう。今行くよ」
そう言ってロイさんはゆっくりと席を立ち、「じゃあ、行ってくる」と言って食堂を出て行った。私は席を立って「行ってらっしゃいませ」と言った。すると、リサさんが苦笑いをしながら話し出した。
「私たちと立場はほとんど変わらないのに、朋世とロイとの関係は変な感じよね」
「リサはロイと幼馴染みだからいいのよ。私だって最初は距離がつかめなかったわ。10年くらい一緒にいるうちに、まあまあ距離を詰めることができたけどね」
リサさんの話に、リエさんが答えた。さらにリサさんが言う。
「下宿するだけだったらよかったのかしらね」
「でも、朋世は車の運転もできるし、ここで働いてくれるのは嬉しいのよね」
私は2人の会話を笑って聞いていた。私はかしこまってはいるけれど、そこまで嫌でもない。それでも、裕也はリラックスした態度でいるから、羨ましくはあった。
「じゃあ、行こうか」
今まで黙って座っていたリツさんが、リリーに声をかけた。そしてリリーは、私に声をかける。
『朋世、何かあったら部屋に来てよねぇ』
「うん、ありがとう」
リツさんは私とリリーのやりとりが終わったのを確認し、リリーの本を閉じて右腕に抱え、食堂を出ていった。
「裕也さん、朋世さん、朝食にしましょう。手伝っていただけますか?」
リツさんと入れ違いで食堂に入ってきた時山さんが、私と裕也に声をかけた。リエさんとリサさんは「また9時にね」などと言って食堂を出ていった。9時には先輩使用人の
私と裕也、そして時山さんは一緒に朝食を食べた。それから、私と裕也で食器の後片付けをして、私はひとまず自分の部屋に向かった。部屋に着き、時計を見ると時刻は8時40分。10分間だけくつろごうとベッドに腰を下ろし、窓の外を眺めた。そして部屋を見回した。部屋の広さはリサさんの部屋と同じか、少し広いくらい。静かな部屋に1人でいると、かすかに心細さを感じた。
8時50分を過ぎたので、私はまた食堂へ降りた。食堂にはリエさんとリサさん、そして裕也と時山さんがおり、その近くに初めて見る女性がいた。白髪が少し混じった髪をお団子にして、私と同じ制服を着ている。女性は私に気づき、笑顔を見せた。
「あら、あなたが愛川朋世ちゃんね。初めまして、長山梅子といいます。梅子と呼んでくださいな」
「はい。初めまして、梅子さん。よろしくお願いします」
「さてと。早速だけど、掃除の分担を決めなきゃね。ああ、その前に朋世ちゃん、あなた洗濯については聞いているのかしら?」
梅子さんの発言を聞いて、リエさんとリサさんは「言うの忘れてたぁ」などと騒いでいる。この館には、ドラム式の洗濯乾燥機が1階の東側に1台、西側に2台の合計3台あるそうだ。その他に縦型の洗濯機が1階の西側に1台あるという。そして、ロイさんとリツさん以外は、みんな各自で洗濯をすることになっているそうだ。この館に何人もいると世間に知られてはいけないので、外に干さずに乾燥機にかけるのだという。洗濯について、リエさんがこう言った。
「2時間くらいで乾燥まで終わるのよ。私はトイレ掃除をしてからパジャマを着替えて洗濯するから、いつも8時くらいから10時くらいまで使ってるわね。女性陣は大体東側のを使うの。西側は館の洗濯物を洗うのにも使うしね。リサは私のあとに使うことが多いわね。順番を決めておいた方がいいかしら」
リエさんは午後に出かけることが多く、私も午後は用事ができることも多くなるだろうという話になった。それで、午後も部屋にいるリサさんが午後に使うことに決まった。
リエさんが「トイレ掃除」と言ったが、リサさんも裕也も朝はトイレ掃除をしてからパジャマを着替えるそうだ。それは梅子さんの助言らしい。梅子さんは、こう言った。
「トイレのふき掃除は、朝、パジャマを着ている時にやると、その後着替えればいいからいいわよ。トイレのブラシ掃除は夜お風呂に入る前にできればいいわね。まあ、夜のお風呂の前にまとめてやってもいいけどね。私は通いで着替えないから、午前中から洗濯機をセットして合間に料理、15時くらいから掃除をし始めるわ。昼の休憩も取りつつね」
掃除の場所はたくさんある。何しろ、この館には水回りだけでも、トイレが8つ、洗面台8つ、浴室は2つ、シャワー室が4つ、それにキッチン……。加えて部屋もたくさんあるし、廊下も広い。これまでは曜日ごとに掃除する場所を決めて、分担していたそうだ。今日から私が加わるので、梅子さんは新しい分担表を作ってきていた。すると、リエさんが不意に口を開いた。
「私たち、自由に使えるお金として、ロイから月に20万円ずつもらってるのよ。リツはリリーに付きっきりだし超不器用だから掃除ができなくても仕方がないけど、私たちは特に用事もないしお金ももらってるしで、掃除くらいしようってなったのよ。まあ、裕也が自分も人生を取って欲しいって訴える意味で館の仕事を手伝い出したことがきっかけとも言えるけどね」
「え、裕也が、何ですか?」
私はリエさんの説明に出てきた裕也のくだりがよくわからなかった。しかし、裕也が「もう、いいよ」と言っていたので、それ以上は聞かないままにした。
分担表を眺めていると、梅子さんが私に白いものを差し出した。
「これ、割烹着と三角巾。朋世ちゃんの分ね。部屋の掃除をするときに使ってちょうだい。洗濯はもちろん、自分でしてね」
割烹着と三角巾は3つずつあった。この白いものが、この館にとっての掃除の重要さを表していた。
「それから、朋世ちゃんとリオちゃんはお出かけが主な仕事になると思うから、制服とかスーツとか着ないで、もっとカジュアルなものでいいのよ。掃除をしてもらうにも、制服じゃやりにくいでしょ? この先、制服は着ることもあるかもしれないけど、一応あるだけだと思ったらいいわ。私はこの館で来客の対応とかもするから、制服を着てるんだけどね」
梅子さんの言葉を聞いて、私は気が楽になった。裕也が「梅子さん、俺、裕也だよ」と言っている。そのあと、私は動きやすい服に着替えた。裕也も着替えて部屋から出てきた。リエさんが洗濯が終わったと知らせてくれたので、10時前に洗濯機を設定して開始ボタンを押した。
私は食堂横の浴室と洗面台を掃除したあと、1階の部屋を掃除して回る。今日のトイレ掃除は夜の入浴前にすることにした。部屋の掃除の時には割烹着と三角巾を身につけた。こんなに掃除をやり通しなのは初めてなので、かなり疲れてきた。掃除が終わって自分の部屋に戻り割烹着と三角巾を脱いだが、汚れた洗濯物の置き場がない。洗濯かごを買わなければならないと思いつつ、汚れ物を軽くたたんで部屋の隅に置いておくことにした。洗濯乾燥機にかけておいた洗濯物を12時前に取り、ベッドの上に乗せて、たたまずに部屋を出る。それからリサさんの部屋へ行き、自分の洗濯が終わったことをリサさんに告げた。
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