異世界帰還後(12日目)
ピピ、とアラームが鳴り出したところで、スマートフォンをタップして止める。
ベッドの上で起き上がり、ぐい、と大きく伸びをする。
「あー、よく寝た」
なんだか、今日は久しぶりにぐっすり眠れた。頭も身体もすっきりしているし。
ベッドから出ると、机に近寄る。
「りっくんも、おはよう」
「きゅる〜」
ゲージの中のりっくんに声をかけると、妙に間伸びした声が返ってくる。うつらうつらしているりっくんに小さく微笑み、隙間から指を突っ込んで優しく頭を撫でる。
本当はしばらく堪能したいところだけど、まだ眠そうだしそろそろ止めておこう。
後ろ髪を引かれつつ、朝の準備を整えに洗面所に向かう。
「やっぱりいつもと違うわね」
洗顔後、洗い立ての肌に触れて呟く。鏡に映る顔は、いつもよりワントーン明るい気がする。
食べ物は弟のおかげで異世界産の食べ物は、こっちでも多少は食べられるようになった。だけど、ここまでの即効性はなかったように思う。異世界に行くことで何かプラスの効能でもあるのだろうか。
「違いがあるとしたら、森を散策していることくらいよね」
確かに異世界に行った後は森を歩いて程よく疲れているせいか、寝付きもいいしよく眠れる。
食べ物を探しているだけだけど、あれがいい運動になっているのかしら。
それに、爽やかな森や水辺の空気の中散策するのは、気持ちがいい。それが心身のリフレッシュにもなって、朝の寝覚めもよさにも繋がっているのだろうか。
適度な運動や質のよい睡眠は肌にもいいらしいし、その恩恵があるかもしれない。
……なんだ、異世界って思っていたよりも、いいところじゃない。
そんなこと考えながらスキンケアまで終わらせると、部屋まで戻る。
身支度を済ませて朝食も食べ終わると、会社に行くために家を出た。
「神束さん、何かいいことでもあった?」
出社するなり、隣席の同僚が私を見上げてそう聞いてくる。
「あ、肌の調子もまたよくなったんじゃない?」
「……わかりますか?」
同僚の言葉に同意すると、ふふ、と笑う。机の上に鞄を置いて席に着く。
「うん。いつもより、なんだか楽しそうだし」
「最近足が遠のいていたのですが、また、異世界に行くようになりまして」
「へー。て、え! 異世界?!」
驚く同僚に、ええ、と頷く。
思えばこの同僚にも、不誠実な態度ばかりとってしまっていた。それでも話しかけてきてくれる彼女には感謝しかない。
「あ、じゃあ、もしかして前に言っていたアクティビティーとかって……」
「実は、そうなんです」
小さく笑う私に、同僚は目をぱちぱちさせている。確かに、今までだったらはぐらかしていたり、誤魔化していたりしていたかもしれない。
異世界については、まだ理解しきれていないことも多い。元々興味のないものだったし、覚える気もあんまりなかったから。
だけど、今は前よりも異世界に対して前向きになっている。それに、こっちの世界でも。
「あの、佐々木さん」
「ん? なあに?」
私は居住まいを正すと真っ直ぐ、同僚の佐々木さんと視線を合わせる。
「今日のランチ、一緒に行きませんか?」
少し緊張した面持ちで私が誘うと佐々木さんは一瞬目を丸くする。でもそのすぐ後に、破顔した。
「もちろん! わあ、神束さんから誘ってくれたの、初めてじゃない?」
「確かに、そうですね」
「いつも私からばっかりだったから、本当は迷惑してるんじゃないかなって、実はちょっとだけ不安だったの」
「そんなこと……。いつも、ありがたく思っていますよ」
眉を下げて笑う佐々木さんに笑顔を返す。
「それに、話したいことが、色々あるんです」
「なになに? なんでも聞くよ!」
そこに、お疲れ様です、と山田太郎もやってくる。
「お二人とも、どうしたんですか?」
山田太郎は私と佐々木さんを見て、首を傾げる。
「えへへー。実は神束さんに、初めてランチに誘ってもらったの」
「それは、おめでとうございます?」
着席した山田太郎と佐々木さんはそのまま話し始める。二人の声に耳を傾けながら、視線を前に戻す。
ニーナとアリアさんの時もそうだったけれど、誰かを誘うのってなんでこんなに緊張するのかしら。
でも。
鞄をキャビネットの一番下の段にしまいながら、ふ、と表情を緩める。
お昼ご飯を食べながら、佐々木さんと何を話そう。
明日、異世界に行ったら何をしよう。
今日のランチ、それに明日の異世界が待ち遠しい。
今までは話せなかったけれど、聞いて欲しい話はたくさんある。私と、弟と、異世界のこと。
山田太郎の話も興味津々で聞いていた佐々木さんのことだ。私の話もちゃんと聞いてくれるだろう。
そう思うと、異世界の体験も、得難い話の種になるかもしれない。
思わず、小さく笑みが溢れる。
「なんだか、神束さんも嬉しそうですね」
「……わかりますか?」
山田太郎の言葉に小さく笑ってそう返す。こんな気持ちは久しぶりだ。
なんだか、異世界でもこっちの世界でも、楽しみなことが増えた。
いつもと同じ日常のはずなのに、どこかうきうきしている。
まずは、今日のランチタイムから楽しもう。
私はパソコンの電源を入れると、今日のスケジュールをチェックする。
午前中の仕事に取り掛かった。
23時には帰ります〜夕方18時からの異世界探訪〜 紫崎優希 @kogomebana
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