大阪壊滅計画
結騎 了
#365日ショートショート 160
どうにかして大阪を壊滅させたい。あの傍若無人な者たちがひしめく土地を、俺は死ぬまで恨み続けるだろう。ついに辿り着いた、昭和8年の大阪。俺の遺恨もここまできたか。
あの土地へ就職し、過労とパワハラで社会からドロップアウトした俺は、大阪を心の底から憎んでいた。今やあの大阪弁を聞くだけで全身に鳥肌が立ち胃がきりきりと痛み出す。無論、八つ当たりであることは分かっている。大阪が悪いのではない、勤めた会社が悪かったのだ。とはいえ、トラウマに理屈など通用しない。俺が大阪を嫌いと感じれば間違いなくそうなのだ。誰に何を言われたって、嫌なものは嫌なのだ。
大阪への遺恨だけが俺の生きる糧だった。あの土地を憎み、どうにかして壊滅させたい。その恨みだけで、なんと俺はタイムマシンを探し当てた。ある筋に全財産を注ぎ込み、開発されたばかりのタイムマシンの被験者になることができたのだ。大阪にある裏社会の開発機関。それは目的からして好都合な立地だった。
「やめるんや!行き先はほんの1分前やで!」
大阪弁が耳障りな博士の絶叫を無視し、俺は時間跳躍の行き先を勝手に設定した。昭和8年のここ、大阪。そこに行き、ある人物の息の根を止める。それが大阪を壊滅させる俺のアイデアだった。この土地の人間はしぶとい。何が起きても生き残っていくだろう。だからこそ、その強固なアイデンティティを挫いてやるのだ。薄暗いラボで喚き続ける博士に別れを告げると、目の前が銀色の光に包まれた……。
そうして、俺は昭和8年の地面を踏んだ。すごい、まるで映画のようだ。女性が着物を着て歩いている。しかし、この広い大阪である特定の人物を探し当てることができるのだろうか。
彷徨うこと数ヶ月。ついにその人物と接触することができた。恨みを募らせれば、泥水をすすり、貧困に身を堕としても、それでも生きていける。俺の生きる望みは大阪のプライドを折ることだ。待っていろ、自分勝手な野郎ども。
「こんにちは、精が出ますね」
そう語りかけながら屋台に顔を出す。「いらっしゃい!」と答えたのは遠藤留吉という男。こいつだ。こいつの息の根を止めるんだ。この屋台は、ラジオ焼きという食べ物を売っている。刻んだコンニャクやネギや天かすを、水で溶いた小麦粉に入れて型で焼く。これがたこ焼きの前身なのだ。この遠藤という男が、後にこれにたこを入れるアイデアを思いつく。そうして皆が知るたこ焼きが大阪の文化となる。つまり、今ここでこいつを亡き者にすれば、お前たちの大好きなたこ焼きが大阪から消失するのだ。ざまあみろ。たこ焼きの歴史を俺が消してやる。
「今日はね、あなたに贈り物があるんですよ」
ぼそっと呟きながら、俺は懐から包丁を取り出した。怪訝な顔をする遠藤。そのまま血を吹いて死んでしまえ!くらえ、大阪!これが粗暴で自己中なお前たちへの天罰だ!
大きく振りかぶったその時、俺の体は捻じれ始めた。渦を描くように、胸のあたりを中心にぐるぐると回転していく。声にならない悲鳴ごと、その中心に吸い込まれるように俺の意識は途絶えた。
直後、激痛と共に覚醒。ここは……。あのラボじゃあないか。つまりここは、タイムスリップする前、元の時代か。俺は戻ってきてしまった。しかし、なんだこの痛みは……。ああ、なんということだ。包丁を握っていたはずの右腕が、ずたずたに引き裂かれている。痛い。痛い。痛い。たまらない。肉が裂け、骨が見えているじゃあないか。
「戻ったんか」
近づいてきたのは例の博士だった。
「なんてことをしてくれたんです。まさか、タイムマシンを緊急停止したのですか。それは被験者に物理的な支障が出ると、博士は前に言っていたじゃないですか。なんて非人道的な」
痛みに耐えながら叫ぶと、博士は言った。
「上からの指示やったんや。知らんけど」
大阪壊滅計画 結騎 了 @slinky_dog_s11
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