第5話 目潰し系お姉さん

自分の部屋に戻ってみると。

部屋の汚さとかが浮き彫りになって、佐々木の部屋と交換できないものかと考えてみたけど、まぁ無理だね。


とりあえず床に落ちているゴミたちを一つずつゴミ袋に突っ込んでいく。

ちなみに今朝がゴミの日だったので1週間は同棲決定だったりする。

もう家ごと爆ぜろよ。とか過激的な思考を広げてみる。

ついでにゴミを指して、まるでゴミのようだとか偏差値2みたいなセリフを吐き捨てる。部屋の空気が余計に静かだったのは気のせいだと思いたい。


少しテンションが乗ってきたのでサービスして風呂掃除までする。

ここ最近は水道代節約のためシャワーだけコースだったから今日は贅沢だ。

ウキウキな気分で鼻歌なんかも歌って風呂を沸かした。途中で楽しすぎて熱唱してたら上の階から踵落としが聞こえた。

ささっちゃんたらこわーい!

風呂に栓をしてボタンを押す。

ズゴゴゴゴーと風呂らしからぬ音がして、すこし心配になる。大丈夫だよな?


小規模な部屋で小規模な幸福を待っていると、部屋のチャイムが鳴り響く。

恐る恐る近づいて、魚眼レンズみたいなので確かめようとしたら目潰しされた。

「アヴァあ?!」

部屋中に奇声を轟かす。

レンズ越しのため、一応無事だが。明らかに不審者だ。

絶対ドアを開けたくないなと思いつつも、どうせあの人だろうからと、半ば諦めて解錠する。


「やっほー、久しぶりー。」

背中にかかる長いポニーテールの女性がひとり。

「あ。どうも。」

あまりのテンションに若干引き気味になってしまう。

おかしいな、僕もテンション高かったはずなんだけど。

「今日もお願い聞いてもらえるかな?」

ポニテの女性が嬉しそうに聞いてくる。

僕に拒否権がないのを知っているくせに。

実はこの人はこのアパートの管理人さんで八坂さんという美しい外見のお姉さんだ。

年齢は僕より3,4歳年上だと思うが、実際の年齢は知らない。

今日は白いノースリーブシャツをまとっていて、清潔感にあふれていた。

「お願いってなんですか?」

「今日はねぇ!これ!」

そう言ってトートバッグから箱を取り出す。

「じゃじゃーん‼」という効果音とセットで出てきたのはなんと2人用たこ焼き器。

「はぇ。」

予想の斜め上すぎて思わず間抜けな声が出た。

「このたこ焼き器をいかがなさるおつもりで?」

「二人で一緒にやりましょう。」

これでもかというくらいの満面の笑みでたこ焼き器を渡してくる。


「えっとー、残念ですけど僕はもう夕飯食べちゃったんですよね。」

一応申し訳無さそうに言ってみた。

「あ、そうなの?」

「じゃあ夜食になっちゃうね。(にこにこ)」

そう言いつつ僕の部屋にたこ焼き器を嬉々として運ぶ八坂さん。

おかしいな。今のはやんわりと今日は無理ですごめんなさいの旨を伝えた日本語のはずだが…

もしかして、ここ日本じゃない?とかいらぬ心配までしてしまう。

もういっそここが日本じゃなくて、この目の前のべっぴんさんがまともな人だったらいいんだけどな。

本当にね。

「よし、じゃあ少年。たこ焼きを作るぞ!準備はいいか?」

何一つ良くない。今たこ焼き作っても食えるわけないんだって!

心のなかでもうひとりの僕がめちゃくちゃ叫んでる。

「やっぱり今日はやめておいたほうがいいんじゃないでしょうか?」

「どうしてだ?20字以上50字以内で理由を述べたまえ。」

この時僕の脳内で「無理」という2文字が巨大なスクリーンに映し出されていた。

まあこればっかしは無理もないよな。

先週も佐々木に「前から思ってたけど、なんか日本語不自由よね。」って真顔で言われたしなぁ。

「実は僕、帰国子女だから」って嘘ついたら、じゃあ別の言葉喋ってみなさいよって言われて積んだ。もうちょい嘘も上手になりたいよな。

「そんな賞味期限を5年以上過ぎた卵を食わされたみたいな顔をするなよ少年。

先月食べたが、今のところ問題ないぞ。」

「しっかりあたまの方に問題出ちゃってんじゃねぇか!」とは流石に言わなかった。はずなんだけど声に出てるねこれ。

おそるおそる確認してみると、八坂さんはいつになく満面の笑みを浮かべていた。

そしてその後、アパート中に僕の悲鳴が響き渡っていたらしい(記憶なし)。


「それよりたこ焼きだ!今回は特別に私が作ってあげよう。」

「そりゃどうも。」

もうそれなりに疲労困憊だった僕は八坂さんに一任したまま眠ってしまったのだった。


目を覚ますと寝てる僕のとなりで八坂さんが一人たこ焼きを食べ始めていた。

どうやら、僕を寝ている僕に気を使ってくれたらしい。

かなり無茶苦茶な人だが、こういう優しさが僕は好きだ。

静かな狭いアパートだが、今だけは狭くてよかったとそんなふうに思った。

心地よい余韻に浸っていると、八坂さんは僕が起きていると気づき、

「なんだ生きていたのか少年。」と言って、無理やりたこ焼きを口に突っ込んできた。

口の中が熱くて、でも寝起きで脳はお眠り中で正常に機能していなくて、最終的に「ゴホォっ。フォおっ」て言いながら水で流し込んだ。

その様子を楽しそうな顔で八坂さんは眺めていて、大人の魅力を含んだ嗜虐的な笑みは皮肉にも美しかった。

食事が終わると「じゃあな、少年。」と言ってたこ焼き器を嬉しそうに持って帰っていった。

そして、僕の部屋のキッチンには山のようなたこ焼きが残された。

「明日からの食事は当分これだな。」

やれやれと小さくため息を吐きつつ、たこ焼きを冷凍庫にしまった。

僕の口角が上がっていたのは、表情筋の不具合ってことにした。


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学ばない僕と変われない彼女 ミックスグリル @Succulent

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