ハロウィン

「という訳で、世界を救おうぜ。クラ」

 勇ましい台詞と共に笹木が片手斧を肩へ担ぎ上げた。あれだけ嫌いだと言ってはばからない黒のスーツ姿と片手斧と台詞がすべて噛み合わず、高熱の時に見る悪夢と同じ雰囲気が漂っている。

「いやいや何が、という訳なん、さっさ。俺とお前の仲でも報連相は大切やで。特にこういう訳わからん時には」

 頭をぶつけたりしたのだろうか。見下ろした自分も同じ様にダークスーツへ身を包み、大振りの包丁を右手にしっかりと握り締めている。明らかに銃刀法違反の刃には困り顔の自分が映っていた。斧に比べればましなんか、これは。

「オレとオマエの仲ならいらねぇ気もするけど、まぁ逆に、オマエにならいくらでもしてやるよ」

 笹木は俺の困惑を気にせず、いつも通りの強い目で愉しそうにこちらを見、

「今日はハロウィンで、かぼちゃのお化けが溢れかえってる。このままだと世界がかぼちゃまみれになっから、オレらで叩き割ろうって話。クラは叩き割るっつうよりは砕くかもしれねーけど」

 しばらくかぼちゃには困らねぇなと笑い声を上げた。なるほど、暑い時期からかぼちゃを見過ぎたせいでこんな物量に物を言わせた夢を見ているらしい。どうせなら楽しまな損か。最近ホラーを接種し過ぎたんやろうなぁ、手の中にある包丁を見つめたところで、ほら、笹木が片手斧で何かを指し示す。

 そこには言葉通りかぼちゃ頭の何かが蠢き、辺りはオレンジや黄色や緑に染まっていた。人のような身体があるものもいれば、ただ巨大なかぼちゃが弾んだり転がったりしているものもいる。唯一共通しているのはハロウィンと言えばの、くり抜いた顔がついていることだった。ケタケタ、どいつもこいつも笑っている。

「……あれ、食えるん」

 かぼちゃには困らないという笹木の発言を思い出し、半ばうんざりしながらたずねると、

「緑が一番甘いらしいぜ? あと、肌色もウマいって。バターナッツって品種だとか」

 予想以上の、そしてあまり聞きたくなかった情報を共有し、んじゃ行こうぜ、と走り出した。

 律儀に締めた黒いネクタイがリボンのようになびき、それなりの速度が出ていることを伝える。こんなところでひとりにされてはたまらない。後を追えば軽やかに片手斧を振り下ろして黄色のかぼちゃを叩き割り、返す手でオレンジの破片を量産する。面白いように笹木の周囲ではかぼちゃが割れ、色鮮やかな破片が夜空に舞った。細く高い、笑い声。

 運動神経は人並みだと話していたが、かぼちゃ割りの才能には恵まれている同僚を驚きと納得の目で見つめていると、俺の方にもうぞうぞとかぼちゃが集まってくる。ケタケタ、カタカタなる顔は近くで見るとそれなりにおぞましく、お化けとは言い得て妙だった。

 笹木を真似て包丁を順手に握り締め、力の限り手近なオレンジのかぼちゃめがけて振り下ろす。かぼちゃを切ったことは何度かあるが振り下ろしたのは初めてだ。きちんと刺さるだろうかという心配に反して、包丁はそれほどの抵抗もなくかぼちゃの真ん中に突き刺さり、次の瞬間には笑顔のまま歪に割れる。

「うわっ」

 思わず声が漏れたのは、むしろ柔らかいくらいの手応えに対してだった。生きているような柔らかさにお化けとはいえ、暴力を行使している実感が一気に強まる。生きているものに対して刃を突き立てる罪悪感と嫌悪感。足元には先ほどまで笑っていたかぼちゃの残骸が散らばっている。

 包丁から手を離そうとしたところで、笹木の声が耳へ届いた。

「ハロウィンだぜ? クラ」

 言葉に続き、鈍い打撃音と笑い声。知らず下がっていた顔を上げると、顔についたかぼちゃを拭いながら笹木がかぼちゃよりも邪に笑っている。背後にはいつの間に昇ったのか、ハロウィンに相応しい赤く歪な月が輝き、黄色や緑に汚れたスーツがこの場の正装らしく照らされていた。

「バカ騒ぎの夜だ、楽しまねぇと。終わったらこのかぼちゃ共で菓子でも作って、パーティしようぜ」

 それで、菓子がなくなったらいたずらしてやるよ。

 訳がわからない夜、訳がわからないことを言う同僚はそれでもやっぱりいつも通りだった。瞳に輝いているのは狂気ではなく、意志の強さ。笹木はこの馬鹿騒ぎの夜を心底楽しんでいるらしい。

「……実はさっさってドSなんやなぁ」

 空気を読まずに突っ込んできたかぼちゃへ、躊躇わずに包丁を振るう。先ほど感じた嫌悪感や罪悪感が笹木の笑顔でどこかへ飛んでいってしまった。自分でも現金な気がするが、笹木が楽しもうと言うのだからまぁ、いいだろう。

「オマエに比べりゃ可愛いモンだろ」

 かぼちゃのお化けがまたひとつ、菓子の材料へと変わる。この柔らかさなら火の通りも早そうだ。かぼちゃと聞いても実際、煮物かサラダくらいしか思い浮かばないが、笹木ならきっと何とかしてくれる。

 ちょうどよく視界へ入った肌色のかぼちゃめがけ、

「そんなことないと思うけどなぁ」

 引き抜いた包丁を叩きつける。

 目が覚めるまでにいたずらまでやらなあかんからな。笹木が笑いながら、

「ハッピーハロウィン!」

 またひとつかぼちゃを叩き割った。気合い入っとんなぁ。

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同僚ふたり 朝本箍 @asamototaga

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