プールのはなし
年柄年中理由をつけては倉田と遊び呆けているが、今回は夏を理由にプールを選んでみた。あまり泳ぎが得意ではないからと水関連は長らく避けていたが、先日海へ行ったことで何かが自分の中で吹っ切れたらしい。倉田が勤務中に呟いた、プール行きたいという何気ないひと言に乗っかり、ふたり、郊外までやって来た。
屋内は勿論、屋外にも流れるプールやウォータースライダー、そして最近流行りのサウナや夜にはナイトプールまで開催しているという商魂逞しい施設には、恐らくオレと同じ理由で集った老若男女があちこちで歓声を上げている。
いきなり水へ入ったら死ぬかもしれんで、そういう年やしと真剣な顔をした男につられ、取りあえずストレッチをしてから屋外の流れるプールへ身を任せたところで、
「なぁ、さっさ」
不意に倉田が声を上げた。琥珀色のレンズ越し、大きな目は何が気になるのか、疑問の色を宿している。
「どした、何が気になってんだよオマエ」
黒い水着の少女へ場所を譲りながら返事をすると、
「水着って今、何か滅茶苦茶洋服っぽいな。ワンピースで水に入ってるんかと思った」
視線の先には黒のレース地ワンピースにしか見えない水着の女性と、タンクトップにハーフパンツ姿の女性が並んで流れに身を任せていた。持っている、というか掴んでいる浮き輪は鳥を模していて可愛らしい。
「あー確かにな。レースとか濡れたら大変そうじゃね」
「そもそも濡らしてええんやって感じ。でも便利そうでいいなぁ」
はて、便利とは。予想外の賞賛に倉田へ視線を戻すと目は心底羨ましそうな色に変わり、
「あれなら、水着のままここまで来れるやん。俺今日ここ、ってかバス乗り場までで汗だくやで。水着だったらどんだけ濡れても透けたりせんし、すぐ乾きそうだし」
ほらと緩く波打つ前髪をかき上げれば少し日に焼けた額が濡れている。言葉の流れから察するなら上がる飛沫ではなく、汗なんだろう。
確かに倉田は汗をかきやすいらしく、この時期はランチで外出するたびにしっとりとしていた。自覚はあるらしくかなりしっかりと対策もしている、と話し、確かに隣にいても気になったことはほとんどない。それでも汗を止められる訳ではないのが、夏の辛いところだ。
倉田につられて自分の額へ手をやると、同じ様に濡れている。水に浸かっている部分は快適だが頭上には相変わらず夏を終わらせる気のない太陽が、てらてらと輝いていた。
そういえば、倉田に負けず劣らず自分も暑がりで、それが理由で夏が苦手だったことを思い出す。そして夏が好きなのは、目の前でやっぱ暑いなと大きな口を開けて笑う男だ。思い出すまで忘れていた。
好きなアイスも酒も、何なら仕事のやり方も全然違う。オレはチョコミントが好きで倉田は最近カカオに凝っている。こちらはビール党の慎重派だが、倉田はレモンサワーやハイボールを好む効率重視派だ。だからいいんだと笑い合っていたが、何だ、こんなこともあんだな。
知らぬ間に色々なものが顔へ出ていたらしい。
「何や、にやけて。まだ特に何もしてないで」
倉田は不思議そうにしながらも微笑み、そろそろ屋内に移動しようやと流れるプールの端へと寄っていく。首筋の汗か水滴が光る。オレよりもほんの少しだけ広い背を追いながら、
「おい、クラ」
オレしか呼ばない愛称で呼びかけると、
「おん? まだこっちいるか、さっさ」
倉田しか呼ばない愛称が返ってくる。この愛称も最初はどうかと思っていたが、今では倉田に笹木と呼ばれていたことが信じられない。いつの間にこうなったのか。オマエにもひとつくらい、こんなところがありゃいいけど。
「いやもう十分だ、屋根が恋しいから早く行こうぜ。オマエこのままだと焦げるぞ」
「えぇ、さっさが呼び止めたんやけど。これで焦げたら責任追及するからな」
「おう。しっかり責任取ってやるよ」
「……それはそれで何か嫌やな」
「ワガママ言うな」
ほら、冷やしてやっから。
言葉と共に水を跳ね上げると、倍以上の水が返ってきた。大人げねぇヤツだな、オマエ。こういうところは似ないよう気をつけていかねぇと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます