第12話 クオン


「ニアー!こっち来るなら言ってくれればよかったのにー!」

「ちょっと…………暑苦しいよ」


 クオンがやってきたのはそれから十分も経たないくらいの頃で、やってくるや否やニアに抱きついて頬ずりをしていた。


「それよりほら、動画の話」

「あー、そうだったそうだった。えっとー…………あ!あなたがうさぎのお姉さんですか!?」

「…………私?」


 まさかこの流れで話を振られると思っていなかった私は、突然の名指しに間の抜けた返事をすることしかできなかった。


「はいっ!ニアから色々話は聞いてます!」

「ニアからって…………」


 やたらと爛々したクオンの瞳から逃げるようにニアの方を向くと、ニアはそんな私の視線から逃れるようにぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ニアったら酷いんですよ!FWOではかっこいいお姉さんと一緒に遊んでるから、私とは遊べないとかなんとか!」

「へー…………」

「違っ…………ちょっとクオン!そんな話しに来たんじゃないでしょ!」

「えー?そうだったっけー?」


 わざとらしくコテンと首を傾げるクオン。ニアが落ち着いた少女だとしたら、クオンは小悪魔系といったところだろうか。

 ニアが私のことをそんな風に思ってくれていたのは嬉しいが、そのことは一旦置いておいて話を進めよう。


「それで、クオンちゃんは動画の話に協力してくれるってこと?」

「あー、はい。協力って言うと…………」


 クオンはそう言いながらトキリの方を見ると、私の時とはまた違った、ニヤリという感じの笑顔を浮かべた。

 そして、トキリの顔を覗き込む。


「…………トキリさんのこと、ですよね?」

「は、はい!」


 ニアのせいで女児に苦手意識でも芽生えたのか、やたらと背筋を正して答えるトキリ。

 もうそんなところまで話を進めてたんだ…………なんて思いながらニアの方を見ると、ニアは驚いた表情をクオンへと向けていた。


「なんだ、知ってたの?トキリさんのこと」

「うん。だって私トキリさんの動画見てるもん!」

「…………へ?」


 へ?という言葉が漏れたのはトキリだったが、私も内心では同じ言葉を漏らしていた。

 そして段々と感極まるような表情に変わっていくトキリを、再び女児の遠慮ない言葉が責める。


「でも、再生数伸ばす気ないのかと思ってました!タイトルとかサムネとか明らかに見てもらう気ないですし!」

「なっ…………」


 絶句とは正にこのことか。

 開いた口が塞がらないトキリの顔を眺めながら、私は他人事のようにそんなことを思っていた。

 そしてそれはニアも同じようで、私とニアとの違いと言えば、それを口に出すか否かくらいだ。


「クオン、トキリさんがショック受けてるよ」

「あれっ?…………てへへ」


 てへへ、じゃないよ。可愛いけど。


「で、でも、中身はすごいですから!企画とかは残念ですけど」

「一言多いって」


 ニアはもっと死体蹴りしてたけど…………なんて口には出さないが。

 とにかく私は、そんな女児の鋭利な言葉からトキリの精神を守るためにも、話の軌道修正を図ることにした。


「それで、クオンちゃんから見てトキリの動画を伸ばすにはどうしたらいいと思う?」

「そーですねー。てっとり早いのは、私とコラボするとか?」

「そ、そんな!恐れ多いです!」

「えー!私は全然いいのにー!」


 トキリの遠慮に、考える隙も与えないくらいの速さで迫るクオン。

 そして同じような応酬を二、三度交わすと、ついにトキリが折れるように言葉を変えた。


「し、しかし、荒れたりしませんか?ほら、人気が違いすぎますし…………」

「そんなのやり方次第だよ!例えばー…………強いボスに挑むから助っ人を呼びましたー!とか!」

「助っ人…………なるほど!」


 何がなるほどなのかはわからないが、ひとまずはコラボするということで話はまとまりそうだ。二人のコラボとなれば私が出る幕はないし───


「それならニアとうさぎのお姉さんも呼べますし!」

「なるほど!!」


 なるほど?


「あ!いいこと思いついた!」

「いいこと?」

「うん!今度の戦争に皆で乗り込もーよ!」

「なるほど…………」


 トキリ、なるほどしか言わなくなったけど。

 なんてツッコミはともかく、戦争となると話は変わってくる。


「戦争って、私たちは一応領地を賭けた戦いなんだけど」

「もちろんです!私たちも全力でやりますから!」

「そう…………まあ、それならありがたいけど」


 いいのかな?…………まあ、悪いってことはないか。


「でも、戦争って他種族の参戦は開始十分後からだよね?」

「はい!何か問題ですか?」

「んー…………多分だけど、ドラゴニュートは十分以内の決着を狙ってくると思うよ」

「そうなんですか?」


 もちろん断言はできないが、少なくとも私だったらそうするだろう。

 なぜならドラゴニュート族がフェアリー族に宣戦布告をしたのはフェアリーが内部でごたごたしているというのが原因であり、それはつまり戦力差に自信があるということでもある。

 一方でこの戦争はFWO内で初の戦争であり、興味を持っているプレイヤーも多い。しかも防衛側でならどんな種族でも参戦可能というのだから、物見遊山でやってくるプレイヤーも多くいるだろう。彼らがどこまで防衛に参加するのかは不明だが、不明だからこそ危険因子として数えられる。ならば戦力差を思う存分活かせる最初の十分で物量作戦を取ってくるというのは、十二分に考えられる作戦だ。

 そのことを説明すると、クオンはなるほどと手を叩いた。


「でもでも、それってフェアリーが十分耐えれば私たちの出番もあるってことですよね?」

「まあ、そうなるかな」

「じゃあ、頑張ってください!」


 そんな馬鹿な。いや、クオンはそう言うしかないっていうのはわかるけど、どうしてそこまで…………


「トキリさんもそれでいいですよね!」

「むっ?」

「ねっ!」

「う、うむ?」

「じゃあ決定です!」

「…………私は?」

「ニアの意見は聞いてませーん」

「えー…………まあいいけど」


 強引に話をまとめたクオンは、ニコニコしながら店員を呼びつけて注文をし始めていた。

 実況者として人気を出すにはこういう強引さも少しは必要なのかな…………なんて呆然と思っていると、クオンがその小さな身体を私の方へススッと近寄らせてきた。


「ところでお姉さん、物は相談なんですけど──────」

「──────えっ、ほんとに?」

「はいっ!どうですか?」

「…………うん、わかった。いいよ」

「えへっ!交渉成立ですね!」


 …………うん。やっぱりこの子は小悪魔系だ。間違いない。


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Fantasy War Online @YA07

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