第7話 天に愛された男

 郤缺げきけつ欒枝らんしが出会ったのは秋の始めであったが、冬にさしかかるころ、

君公くんこうの様子が変わった。丸くなられた」

 と、欒枝が焦がし苦菜にがなを煎じたものを飲みながら言った。酒は臓への負担が大きいと最近こちらを好んでいる、といちいち説明してきたため、やはり年を気にしているのだと郤缺は思った。

「私のような卑職にはわかりませぬが……ただ臼季きゅうきの目が緩くなりました」

 そうか、と欒枝が何か考えるそぶりを見せる。郤缺といえば、煮詰めたあまざけを袖で隠しながら飲む。年上への礼儀である。二人はゆったりとした空気の中、なつまにれの汁で漬けた甘味を肴にぼんやりと庭を見ていた。欒枝の別宅であるが、木々や花々が美しく配置された、見事なものである。嵌め扉を外して部屋をさらしているということは、密議でないのか、世間話のつもりなのか、それとも警戒心が薄れたのか郤缺にはわからない。

「君公は小国に慈しみの態度をお見せになられている。氏に重職をお任せはしていないが、命に背いた魏犨ぎしゅうに対して柔らかくなっているらしい。

氏と君公の間に何か?」

 郤缺は少し眉をひそめながら首をかしげた。欒枝は近くはないが遠からずと返す。ず、と苦菜を飲み、眉を顰める。たいして美味くないのであるから、ただの湯にすれば良いのにと郤缺は薄目で見ながら思った。

「狐氏の勢いは未だ強く、信用も厚い。他の氏族、まあ君公と共に放浪した者どもであるが、彼らもぴったりと君公に寄り添っている。だが、舅犯きゅうはんも年を取り、皆も過去への拘りより先を見るようになったのやもしれぬ。君公はようやく穏やかにやすんじられておられるのだろう」

 まるで、近臣のために君公が遠慮していたとでも言う欒枝に、郤缺は苦い笑みを浮かべた。確かに、その一面はあったやもしれぬ。しかし、重耳自身にも問題があったのではないか。朗らかな笑顔で許されたときの、一瞬だけ見せた冷たい目を思い出す。

「何はともあれ、晋が善き国になるのであれば、良いです」

 郤缺はぽつりと言った。欒枝はそうなる、と小さく返した。

 欒枝が、そういえば、と話を変えた。

「本格的な冬の前に軍の揃いを行い、演習をするそうだ。士伯しはく郤主げきしゅにかなり期待されておられる。ご自分の領邑で何度も族人を指揮したが上手くいかぬ、よろしく頼むと仰せだ」

 さあ、と冷たい風が部屋を凪いでいく。晋の冬は寒い。しかし、その寒さこそが愛しい故郷なのだと郤缺は思った。甘酒を飲み干すと、そっと盆に置いて口を開く。

「しかし、率いるは氏の隊。いきなりは私も無理でしょう」

 聞いている限り練度は低そうだと思いながら断言した。欒枝がくつりと笑い、立ち上がった。そうして、部屋の外すぐに控えていた家宰と思われる者に顔を向ける。

「今から士伯のゆうに行く。揃いの件だと先触れの者を送っておくれ。では郤主、共に参ろう」

 郤缺は、さすがにぽかんとした。常にゆったりとした、そして政治的手腕も慎重な欒枝とは思えぬ、果断な即決であった。

「……私は、酒精が――」

 せめて猶予は無いかと見上げて言うが、士氏の邑へは一昼夜かかるのだ、一度我が邑に寄って行くゆえに今の酒精など気になさらなくてよろしい、とせかすように言われる。郤缺は仕方なく、己の邸に二、三日の留守を御者に言づけして帰らせた。

「そういえば、汝の家にはようやく家宰かさいが戻ったとか」

 長旅用にしつらえた馬車に乗り込むと、欒枝が口を開いた。郤缺は頷く。

「隠れていた家宰の息子が戻ってきました。前の者はもう鬼籍ゆえ」

 何故死んだのかわざわざ言う必要は無いだろう。欒枝もあえて聞かなかった。史官はと問われれば、それは探さねばならぬと応えるしかない。

「郤の史を伝えることができるのは、今は私しかおりません。史官は戦いには加わらなかった。どこかで生きておれば会えるでしょう」

 郤缺の言葉に欒枝がふっと息を吐いた。家宰は文字通り家を取り仕切る大夫たいふの助けであり氏族の背骨のひとつである。それが戻ったのは郤氏にとって善きことであった。が、史官は儀礼を繋げ祀りの知識を子に教え、家の記録を残すものである。それを当主がせねばならぬのは骨が折れるであろうし――何より一抹の虚しさもあるであろう。大夫の家がとりそろえる当然の、二つの柱の一つが無い。戦士は己で作れるが、史官はそうそうに作れまい。

「一度絶えたものを起こすは面倒なことよな、郤主」

 欒枝が乾いた声で呟くと、馬車内に敷き詰めた毛織物に背を預けた。その声音に同情も憐憫も含まれておらぬ。何やら己に言いきかせるようにも聞こえた。郤缺は欒枝を一瞥すると、遠ざかっていくこう都を見た。風よけの厚い布に囲まれた馬車は山猫の敷布もあって暖かい。夜にはらん氏の邑に着くということであった。郤缺はガタガタと揺れる貴人の馬車の中で、ゆっくりと流れゆく景色を見続けていた。

 欒氏の邑に寄って翌日、郤缺たちは士氏の邑に着いた。欒氏の邑はまさに富貴の見本のようであったが、士氏の邑はこじんまりとした領である。しかし、主人か邑宰ゆうさいかの目が行き届いているらしく、張り巡らされる障壁も領民の笑顔も善きものであった。

「士氏が長子、士伯です。このたびは欒伯らんぱく、郤主ともにご足労ありがとうございます」

 士縠しこくが門にて出迎え、丁寧な所作で儀礼を行った。

「いえ、いきなり押しかけた非礼を礼を以て受けていただき、感謝にたえない」

 欒枝が完璧な返礼をする。郤缺は従の身であり、欒枝に続くように返礼の仕草をした。それを見た士縠は少々あがっているようであった。彼は郤缺より数才若い。若さゆえの緊張かと思えば、視線が妙に泳いでいる。これは郤缺よりも欒枝と話しているという事実に少々興奮しているのであろう。郤氏はもちろん士氏から見ても、欒枝の存在は遠い雲の上の存在であり、何より古すぎる由緒の貴族であった。

 ――これを平凡でつまらないとは、欒伯も遠慮がない。

 郤缺は彼の丁重さを好意的に受け取りつつ、軽々しさに危機を感じた。軽々しさは妄動を招き、最後には自滅してしまうこともある。若さゆえなのであろうと思うしかなかった。

 しかし、彼の育ちの良さそうな軽々しさは、意外のことに郤缺にも向いてきた。

「郤氏は戦いに長けた一族と聞き及んでおります。そして郤主が徳深い方と臼季より伺いました。私の至らなさを助けて下さる。感謝にたえません」

 郤缺はただ柔らかく笑み、こちらこそありがたい、といったようなことを返すしか無かった。彼の美点はこの真っ直ぐすぎるほどの正直さであろう。しかし、戦いに長けた郤氏がどのような最期を遂げたか、知らないわけがあるまい。それを平気で口に出すのも若さゆえと断じて良いものか。

 戎服じゅうふくは用意しております、あちらが練兵の場です、と歩き出すその背中に少々の鈍感さと軽々しさを感じながら郤缺は苦笑する。欒枝がそっと顔を覗きこんできて、こういう御仁だ、と囁いた。

 練兵場には、士氏の馬車と兵が揃っていた。借りた戎服が少々体に合わぬと思いながら郤缺は眺める。もたもたと整列にさえ時間がかかっているようだが、若い男が差配している辺りは、整然と並び、車上の者も命令を待つ姿勢となっている。青年の背中は厚みが見え、戎服の上からも鍛え上げられた肉体が想像できた。弓を持ってはいるが、腰に剣を下げている。士氏の勇士か、中々に好いと感心していると、

「あれが弟のかいです。働きものであるが、剣など下げて匹夫のまねごとまでする」

 と、案内する士縠が肩をすくめて言った。欒枝が面白いと言っていた男か、と思いながら目を向けた。重耳の車右しゃゆうであったのも頷ける手際の良さである。十は己と離れているであろう。そうなると車右であったのは二十も前半であったことになる。武に長けた一族ではない士氏と思えば、大抜擢と言えた。――そこまでの者なのかと郤缺はがぜん興味がわいた。

 士縠が呼びつけ、弟が駆け寄ってくる。まず、兄に立礼の形で慰労と共に練兵の内容をうやうやしい態度で報告すると、次に郤缺に対し立礼し、口を開いた。

「戎服にて粛拝しゅくはいでご挨拶失礼致します。士氏が末子、士季しきと申します。郤主の徳は風に乗り伺っております。かねてより非才の私にご教示頂きたいと願っておりました」

「風ですか」

 郤缺は思わず笑った。噂で聞いた、誰それに聞いたという声はあったが、風という言葉は初めてである。

「はい。人が介した巷間こうかんの卑語ではなく、清聴な風に乗って届いております」

 その声に媚びは無く、彼にとっての真実のようであった。士会しかいは信用ならぬ噂話など善きも悪きも取るに足らぬと捨て、郤缺の情報を注意深く精査し続けたのであろう。

 年に似合わず重みのある男だ。誰がこの青年を君公の車右に推挙したのか知らぬが、よほどの目利きらしい。

 郤缺は戎服ゆえと同じ儀礼に則って返礼する。

「郤氏の主をしております。私のことを風がお知らせしたとのこと、風精に感謝しても足りません。郤氏の技をお望み頂き光栄の至りです。卑職の身なれどお伝えできれば我が喜びとなりましょう」

 やはりお互い仰々しい挨拶であったが、郤缺の好意を士会は確かに受け取ったのであろう。嬉しそうに破顔した。若者の笑顔だと郤缺は眩しく思った。

 ところで、士縠は戎服を着ていない。彼は、

「私は立っていることしかできぬゆえ」

 と申し訳なさそうな、しかし逃げ口上にも聞こえる言葉を残して去って行った。郤缺の後ろで士会がさらに申し訳なさそうな顔をする。

「兄は武が少々」

 と言った後、言葉を止めた。わざとではなく言いよどんだようである。――苦手、下手、嫌い、向いていない。様々な言葉があろうが、兄へもそして郤缺へも非礼であると口ごもってしまったのであろう。その様子は、まさに末子の仕草であった。幼稚というわけではない。かわいげがある、というものである。郤缺には持ち得ない魅力といえた。

「士伯の車右はどなたか」

「家宰の息子となりますが」

 郤缺のいきなりの質問に、士会が面食らったように返した。郤缺はそうか、と頷く。

「士氏の子には分不相応であろうが、士伯の車右をあなたがしたほうがよかろう。私から進言する。士季は士伯から言われた折に初めて聞いたという顔をすればいい」

 柔らかい声音で言うと、郤缺は練兵場の中へ向かっていく。やはり、きちんと整列がなっていない馬車が並んでいた。狭い車の上で、御者と車右と弓兵が戸惑った様子で不均衡にぎゅうぎゅうと立っている。郤氏の、整然とした隊列を思い出し、郤缺は肩をすくめた。

「いや、あの、郤主」

 士会が慌てた様子で駆け寄り、声をかけた。

「その、先ほどのことですが、兄に黙り謀れということですか」

 途方のくれた声音であった。まだ政治の恐ろしさを知らぬ小僧の面もあるらしい。この程度、謀議でもないと郤缺はくつりと笑う。

「士伯は戦場での働きにご不安と聞いた。ゆえに私が小才であるが差配を承る。しかし、あくまで名実共に下軍かぐんの大夫は士伯なのだ。あなたの兄上が私の差配通りに動けなければ、心に傷を負う。それをあなたが支え名誉を守ってやりなさい。が、あなたから申し出ればそれも傷つく。私から欒伯に願い、士伯と話をつけていただく。士季は、兄上の誇りのために、職分の地位を落とすことは耐えがたいか?」

 試すつもりはなかったが、士会の器を試すような言いぐさになってしまった。郤缺は、己に徳という言葉は遠いと顔には出さず自嘲する。

「いえ。合点がゆきました。謹んで承る。兄の名誉は士氏の名誉です。わたしにとってその役目は誇りとなるでしょう」

 真っ直ぐと郤缺の顔を見ながら、士会が言った。この男は己の利より氏族の誉れを選ぶことに躊躇がないらしい。我の無さとも見えたが柔弱さは無く、欒枝とは全く違う重みが感じられた。

 軽みが足りぬ

 という印象を郤缺は拭えなかった。兄は軽すぎるが、弟は年の割に重すぎる。が、士氏の行き先を郤缺は――今のところ――あれこれ考えるような立場でもなく、趣味でもない。目を士会から馬車の群に移していく。

「先ほど、あなたは良く働いておられた。あなたの世話した馬車たちは今からでも戦場へ駈けることができるだろう。面倒を見れば、隊の全てをそのようにできる。しかし、それでは足りぬ」

 士会は困惑した顔でため息をついた。

「はい。その通りです。わたしはそれはできる。しかしわたしがついてなければ、あの者らだけではできない。わたしの言葉がどうも、わかりづらいらしい」

 兵の中には士会より年上で先代から仕えている者もいる。いくら氏族の直系と言っても、士会は末子である。強く出れば士氏の主である兄の顔に泥を塗るやもしれぬ。それがため息に出たのだ。

「私には良くわかる言葉でお話しされるが、軍事になれておられぬのかな。共に調練しよう」

 郤缺は士会の背中を軽く叩いて促した。士会が意外そうに見下ろしてくる。彼は郤缺より背が高い。

「ここは仮でも戦場で、あなたと私は共に戦士となる。堅苦しい儀の形に囚われることこそ礼を逸する行為というもの。君公の車右であったとき、いちいち御者に儀礼を尽くしておられたか?」

 ほんの少し、獣のような目で郤缺が笑う。それは郤氏独特の笑みでもあった。士会は、しておりませぬな、と白旗をあげるように両手を軽く上げた。士氏の兵どもを調練するのも楽しみであるが、この若者を研磨するのも面白そうだと沸き立つ思いの中、居並ぶ戦車を見た。士氏の兵は郤氏に比べると練度が低かった。が、これは比べる相手が悪い。郤氏は祖父の郤豹げきひょうのころから武に強い一族のひとつであった。そのころ同じように武に長けた族といえば、魏氏とちょう氏であったと聞いている。まあ、そのような軍を率いて秦や重耳と争った郤缺から見ると確かに物足りないが、特別弱兵というわけではないと見ていた。

 郤缺は車に乗る兵どもに降りろと強く命じた。士会が後ろで頷きながら着いてきていた。武や恐怖を思い起こさせる郤氏でありつつ、篤敬とっけいと評判の、郤缺の強い言葉に、兵はあわてふためき全て降りる。それを整列させるべく口を開きかけたとき

「全員、整列。車に乗っている形で、各々の隊乱さず真っ直ぐに整列せよ」

 士会が後ろからさらに強く怒鳴った。郤缺の言葉で降りきった兵たちは、少しひるんだが、しぶしぶそのとおりにした。郤缺はその声に無礼さを思わず、いっそ頼もしさを感じる。

「士季。一度、あなたの言う『わかりづらい』というものを見てみたい、そのまま続けてほしい」

 郤缺の言葉に、士会が素直に頷いた。少し口角があがっている。何やら思いついたのか、ため息をついていた姿は消えていた。

 現代の軍事訓練から見れば、士会は特別珍しいことをしたわけではなかったが、個人の裁量に任せることが多い当時としては異色であった。彼は、歩兵となったそれらを、馬車隊の整列のまま足並みをそろえて行進させたのである。郤缺は風変わりなことをする、と見ていた。郤缺は整列させ、まずは言葉での支配をもくろんでいたのだが、彼がこれをやりたかったのであれば、やらせてみてもよい。本日は挨拶代わりのついでで調練をしているだけなのだ、見学も良いだろう。

 行進の手も足も動きを合わせろと強い言葉で士会が言う。兵たちは一部不満そうではあったが、監視するような郤缺の目を怖れたのか従っていた。次第に、各馬車隊それぞれの動きが揃っていく。お互いが気もそぞろだった御者と弓兵の息がぴったりと合っており、車右もそれらと完全に動きを合わせていた。

 兵たちが何往復もの行進で疲れを見せた頃、士会は止め、暫く休ませる。兵の息が整った頃、そして弛緩する前に再び整列させ、ようやく馬車に乗せる。最初に見た、ぎこちなさは無く、皆姿勢が良い。御者は手綱をしっかりと握り、弓兵は左で周囲を警戒し、車右は御者と弓兵に気を配っている。

 私ならこのまま模擬戦をさせるが。

 郤缺がそう考えていると、士会は御者だけの動きを命じ、馬車を一斉に真っ直ぐ走らせ、場のきわになれば反転させまたも走らせる。それを幾度とくり返せば、今度は右組と左組に分け、馬車隊を右からと左からとで同時に走らせる。

「ぶつからぬよう、弓兵が指示しろ」

 すでに士会は怒鳴らなかった。静かに紡がれる命令を、誰もが黙って聞いて動いていた。きっと兵どもはまだ意味がわかってないな、と郤缺は思いながら、少々士縠と士会を憐れんだ。生まれ順が逆であれば、郤缺など必要無かったであろう。弓兵の次は車右同士が交差する瞬間だけ打ち合う。落ちるな、しかし落とすな。最後に、軽い模擬戦であった。甲の上であれば矢を射ても良い、しかし御者への指示を忘れるな。相手を戈で落とせ、しかし弓兵を守れ。指示に従い駈けろ、しかし己の判断を持って皆を預かれ。それだけを伝え、あとは自由にさせていた。

 郤缺のところへ、汗をかいたまま士会がやってくる。兵たちは己らが辛いと思っているのであろうが、兵の動きを漏らさず見続け調練を長く行わせる集中力、それによる疲労は経験のないものには分からないだろう。

「郤主が最初にあのものたちの気を立たせて下さった。おかげで、わかりづらいと言われずにすみました」

「……私はただ大声をはりあげただけです。あとは士季の労だ」

 郤缺としてはそう答えるしかなかった。未だ、車輪が走り、矢が飛び交い、戈の打ち合う音、人が馬車から落ちる音が聞こえていた。士会が時々口を鳴らす。時間を計っているらしかった。郤缺はそれをじっと見続けていた。

 全ての調練が終わり、へとへとの兵たちが去っていくのを見送ると、郤缺は口を開いた。

「士季。時間がある時でかまわないのだが、私の邸に来ては貰えぬだろうか。あなたと職分や氏を忘れ、ゆっくりとたわいのない話がしてみたい」

「よろしいので?」

 士会は嬉しそうな顔をし、よろこんで、無聊ぶりょうの身であるゆえいつでも、と応じた。郤缺はその言葉に微笑だけで返した。年の割の重みは気になる。しかし、そんなことなどどうでもよいではないか。郤缺は、前人未踏の山頂にたどり着いた心地である。

 己は士会という天才を見つけたのだ。彼自身もまだ分かっておらぬ、天のもたらした才能を、郤缺だけが見つけたのであった。

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