第3話 貴人との出会い

 郤缺げきけつが任命された下軍かぐん大夫たいふというものは、本来、下軍の将、に言われるがまま馬車隊をまとめ敵に突進する下級指揮官の立場である。むろん、指揮官も馬車に乗り弓を引く。各馬車には弓兵と御者、守り手である車右しゃゆうが同乗し、周囲に数十名の歩兵が配置される。本来これを複数ひきいるわけだが、郤缺の場合、ひきいる馬車隊は無かった。あとの手勢は奴隷に近い歩兵のみである。馬車から礼儀無く人を引きずり落とすか、馬車に塵芥のように轢かれるかの、悲しい兵どもである。前述の君公から貸し与えられた者であった。が、すっかり慣れ親しんでいる。郤缺は正しい手続きの上で乞い願い、重耳ちょうじからげき氏の臣と認められた。臣といっても、ただの小兵であったが。結局、複数の馬車隊を率いる下軍の大夫という職分は名ばかりである。重耳やその周囲には未だ警戒の念が強いのであろう。

 そうして季節が一巡りした。野に隠れていた数年はなかったかのように郤缺は大夫としての己を取り戻していた。

 夏も終わり秋の始まりというころであった。その日の陽光はまだ暑かったが、風には涼が含まれている。郤缺は汗だくになりながら手勢らと修練を終えた。湯気でも出そうな汗臭く熱い体に井戸の冷水をぶっかけ、麻布で体を拭いた。もう、三十路半ばというよりは四十路前と言うべき年であったが、その体は加齢による脂肪が無く、はちきれそうな筋肉が濡れた布にそって浮き上がっている。この時代の貴族はめったなことでは衣服を外では脱がぬ。そのあたり、人よりわきまえている郤缺は、諸肌脱いで汗を流す小兵たちを少々羨ましい目で苦笑しながら、麻布で首筋をぬぐい、顔もぬぐった。前髪からぽたりと滴が垂れるのが少々うっとうしかった。

 修練場など、郤缺に与えられた小領の一部を改造したものである。他者が見ればちんけであると嘲笑するかもしれぬが、郤缺にとってのせいいっぱいである。汗を拭いながら己の小さな邸に歩いて行くと、門前に貴人の馬車が止まっていた。

 やはりというべきか胥臣しょしんであった。

 晋都であるこうとこの小領は近いため、胥臣はしょっちゅうやってくる。役目であるのかもしれぬが、郤缺への保護欲もあるのであろう。そのあたり、胥臣は少々、情が深すぎると言えた。晋公重耳に対しても、重さがあった。それは忠臣として当然なのやもしれぬが、郤缺は少し不自然さも感じ始めていた。

 胥臣は馬車の上から命を言い放つような男ではない。慎ましいしぐさで降りると、礼を以て郤缺に挨拶をする。郤缺も返すしかない。相手は簡略であったが礼服に近く、こちらは修練後の簡素な戎服じゅうふくもどきである。胥臣は気にしていないようであったため、郤缺も気にするのをやめた。

 通り一遍の儀礼のあとに、胥臣が開口一番

欒伯らんぱくがあなたに会いたいと願われた」

 と、言った。欒伯とは、らん氏の長である欒枝らんしのことである。その性質を一言でいわば沈毅貞節と謳われ、陰惨な内乱の中、表向きは中立を保っていた大貴族でもあった。その勢力の強さと、静観する姿に父である郤芮げきぜいも敵対することはなかった。よもや裏で重耳を支援していたなど、当時はわかるべくもない。それにしても、である。

「しかし臼季きゅうき。私は欒伯と一面識も無いのだが……」

 郤缺は困惑を隠さずに言った。胥臣はそうなのですか、と感慨もなく返してくる。欒枝が、共に公族の血を引く大夫として会いたいと言っているらしい。郤缺は首をかしげるしかない。かつては敵同士となり、その過程もあって、郤缺から見るとどうも腹が見えぬ御仁でもある。何より公族どうしと言うが、つい何代か前に公室から臣に分かれた郤氏に比べ、欒氏は周が安泰であったころに臣へと降りた、現在において最も古い公族出の貴族である。不可解極まり無い。

「貴方が覚えておらずとも、彼の方は見知っているのではないでしょうか。欒伯は賢人を見抜く御仁です」

 胥臣がさらりと推測し、郤缺を安堵させるよう微笑んだ。その上で、欒枝は郤缺と二人で久闊きゅうかつを分かち合いたいのだと頼んできたという。絳に赴けば常につきまとうかの如く共に居る胥臣は、さすがに遠慮するということであった。それはまあ、息苦しくないなと苦笑した。郤缺の苦笑を戸惑いとでも勘違いしたのか、

「公室より分かれた家はいまや少ない。欒伯も世が落ち着き寂しさを覚えたのでしょう。謀議などなされぬ方だ、やすんじて行きなさい」

 と、胥臣が安心させるように優しく言葉を紡いだ。

 数日、使いによる訪問のやりとりを欒氏と行い、郤缺は絳へと向かった。

 すっかり復興し活気溢れる絳は郤缺にとって故郷であった。要職についていた祖父や父は本宅を所領ではなくこの首都に置いていた。しかし、荒廃を乗り越えた都は郤缺の知らぬ景色をも見せる。つまらぬ感傷であるが、疎外感はあった。

 たどりついた欒氏の邸は、豪勢さより品の良さ、何より重厚さがあった。威圧感があるというわけではない、落ち着いた大人の重さというべきか。邸をぐるりと囲む垣も丁寧に土が塗り固められており、美しく光を照り返している。門衛も威圧しておらぬが、その所作に油断は無い。郤缺は己の馬車が場違いにみすぼらしいかと思ったが、特に引け目は感じなかった。その意味での卑屈さを、郤缺は生涯持つことが無かった。

 欒家の取次たちは礼儀があっても悠長さは無く、清々しいほどの洗練された丁重さで郤缺を主人の棟に通した。その室は磨き上げられた板張りの床だった。庭への扉は閉ざされ、天井に近い窓から陽光が差していて、少し薄暗さも感じた。貴族の当然として、丁寧に編まれたむしろ――いわゆる敷布である――の上にやはり敷布状の席が主の前に用意されていた。郤缺は少し眉をひそめた。欒枝は郤缺を主賓の位置に置き、己は下位の場に座っていた。格の上でも年齢としても逆であろう。が、それがわからぬ男でもないらしく、欒枝は全て承知の上という顔でにこやかに郤缺を見ていた。仕方無く、郤缺は座する際の儀を行った後、緩やかに席につく。

郤文げきぶんが末でございます。我が血筋にてご歓談なさりたいとお招きのこと、嬉しく存じます」

 丁寧な所作で挨拶をすれば、欒枝がやはり丁寧な所作で返礼する。

子欒しらんが末のものです。お忙しいであろうところを人づての招客という非礼を寛容にもお許しいただき、我が邸へお越し戴いたこと感謝に堪えません」

 少々仰々しい挨拶ではあったが、それが当時というものであった。なおかつ、郤缺と欒枝の差は大きい。逆臣の子と重臣、小領主と大領主、血筋の格。礼を尽くすのも当然であった。むろん、卑屈になる必要はないが。ところで、欒枝の言う子欒は晋侯六代目の公子である。郤文がいつから分かれたか史書には無いが重耳の祖父か曾祖父の時に臣に降りた可能性が高く、極めて新しい氏族である。立場の低い郤缺が少々気後れし、席順がおかしいと眉を顰めるのも仕方が無かった。なんとなく、席の敷布に触る。柔らかな毛並みが気持ち良い。貂だな、と郤缺は思った。ここにもさりげない豊かさが見えた。

 改めて見やれば父と同じか少し若いか。静かな空気を漂わせながらも邸と同じく重厚さのある男であった。柔らかな笑みには人に対する信が見える。晋公にふさわしい公子を見極めた沈毅さと人々を安堵させる重厚さ。夷吾と重耳を天秤にもかけず、二君に仕えなかった貞節という言葉もふさわしい。常ならば敬うべき人間であろう。が、郤缺はどうしてもその沈毅な重厚に腹の見えなさを感じる。しらっとした顔をして父を欺いたのだ、腹の奥に何かあるのではないか。欒枝は値踏みされたことにもちろん気づいたが、笑みで返した。返され、郤缺は己が値踏みしてしまっていたことに気づき羞じた。礼を尽くされてこれである。やはり疑いがどこかあるのであろう。

 その後、血筋の話を中心に貴族における儀礼的な会話のあと、欒枝は爽やかな声で口を開いた。

「前の郤主は良きご子息を持ったようだ。礼を知り、己を知っておられる」

 郤芮の存在はいっそ禁言のようなものである。それをさらりと言う欒枝を郤缺は凝視した。

「彼の人はどうも不器用であった。嗣子の貴方に言う話では無いが、周りが見えておられなかった。戦は上手いが、人々が彼の忠についてきていないということがおわかりになっていない。それほど、恵公に忠義を立てておられた」

 褒めているのかけなしているのか。どちらにせよ、反応することもできず、郤缺は黙っていた。前述の通り、欒枝は郤芮と対立したと言ってよい。しかも、武力では無く情報と情勢で郤芮を追い払った。欒枝は中立の顔をしながら裏で重耳と密かに書をやりとりし、情報を逐一送っていたのである。郤芮たちが気づいた頃には、欒枝の手引きで重耳は晋人を従え、大きく立ちはだかり――あとは何度も記載した通りである。しかし、欒枝の郤芮に対する評は、あまりにも冷静で公平すぎた。敵対した者への言葉ではなかった。

 外から小鳥の声がする。庭で戯れているのやもしれぬが、郤缺にはわからぬ。窓からの光が時間を示しているだけだ。これは謀議のにおいがした。――謀議などせぬ男だと言った胥臣はいっそ滑稽で哀れである。

「さて。私は私を知っている。まず、ちょう子余しよの推薦で上軍じょうぐんの佐をやらされている男だ。趙子余は聡い。君公くんこうが己を正卿せいけいと望まれていることも、そんなことをすればまつりごとの均衡が崩れることがわかっているのであろうことも」

「趙子余であれば、正卿も立派になされましょう」

 郤缺は常識論で返した。趙子余というのは、趙衰ちょうしのことである。重耳ちょうじと共に苦難の逃亡と放浪を行った男であったが、重耳が請うても卿にはならず、他者を推薦している。しかも最も上位の正卿に国内で重耳を支持し続けた郤縠げきこくをあげた。彼は共に歩んだ者より内国にて苦労した賢人を推挙したのである。欒枝も推挙された一人であった。

「そう、彼は立派に勤めを果たす。しかし今、彼が卿に立てば、君公の周囲は偏る。事実、氏のものどもは己らこそが一の忠臣と調子にのりはじめており、止めるべき舅犯きゅうはんも己の功を誇っている。彼らは古き晋人からすると外のゆうの氏族であることを忘れ始めている」

 舅犯とは狐氏を束ねる狐偃こえんのことであり、重耳の舅でもある。重耳の寵臣の中では確かに特別扱いにちがいない。郤缺は目を伏せた。よりどころも無い公子を君公にすえたのである。それらが権威を謳歌するのは仕方がないだろう。父もそうであった。恵公の第一の臣として傲慢でなかったかと問われれば、郤缺も口ごもるしかない。

「晋は今、君公が存在するがためにひとつになっている。君公に忠義を覚えるものと、国を思うものとで、だ。さて問う。なんじは君公にだけ忠するか、晋に忠するか」

 欒枝がささめごとのような声音で、そっと言った。貞節と言われるその目は、どこか底光りをしている。これが罠であるのか、郤缺は眉を顰めた。

「私は応える立場ではありません」

 郤缺は絞り出すように言う。欒枝の目がふわりと優しくなり、ずりっと座ったまま体を動かして郤缺の肩を優しく撫でた。

「私は司空しくうではない。罪を問う立場では無い。そして上軍の佐、席次も四番手であり議題を問うても決定する立場でも無い。そして、はっきり言うが、欒氏は晋に忠義を立てる。そしてそのように思う族は少なくない」

 郤缺は目を見開いたまま下を向き、己の握った手を見つめた。強く、握りしめていた。息を吐くと、思ったより大きなため息となった。

「君公に逆らうおつもりか」

「まさか」

 強すぎる郤缺の声に、欒枝が朗らかに笑った。若子の勇みを抑えるかのように、再び肩を柔らかく撫でてくる。

「君公は、今まで晋におられなかった賢公よ。逆らう意味さえない。しかし、永遠ではない」

 欒枝の不吉な言葉に、郤缺が顔をあげた。そう、晋公重耳は長い放浪と緊張の人生で、実年齢よりも少し老けて見えた。

「君公に忠義をささげるものは、君公がいなくなったあと、さて国に忠を捧げるか。今、尽くしている臣本人はともかくその子はいかがか。『人』に対し忠の篤きものがそうでない他者へいかに強く出るかは、汝も知っているであろう。故に問う。汝は君公に忠義心を抱いているか、晋国に思いをよせているのか」

 郤缺はさすがに、欒枝が本音をぶつけてきていることがわかった。胥臣の重すぎる忠誠心を思い起こす。これは謀議ではないが、狐偃や胥臣をはじめとした重耳の忠臣への非難に近い。郤缺は目をつむった。ここは一つの分岐点であろう。欒枝の目的が何であれ、郤缺の人生も一族の行方も、ここで動く。

「私は晋国に忠を捧げると誓った、誰にでもない、ただあの戦乱の中で見つけた答えで誓いです」

 欒枝の妙に柔らかい手が肩から離れていく。体に触れた非礼をそっと詫びると、彼は明朗な声で

「ところで、だ。話は変わるが、私と昵懇じっこん大夫たいふが困っている。汝と同じく下軍の大夫であるが、汝と違い、名ばかりではない。下軍の将の元で隊を動かさねばならぬが、大夫が言うに己は戦の才が無い、と。その大夫の助けを汝がしてほしい。つまりは、代わりに差配をお願いしたい。大夫は郤主ならと既に期待しておられる。君公には郤主が少々手伝うと私から進言しておくが、名実共に下軍の大夫をしていただきたい」

 依頼のような文言の決定事項であった。郤缺は己の奥から熱き飛沫が溢れるような思いであった。動かす兵が増えるだけでは無い。馬車に乗る大夫も共におのが手で指図し、敵を圧することができる。そのような戦ができるのであれば、と武に長けた郤氏の血が騒いだ。が、それを冷たい理が抑える。

「その大夫は戦場で私の下風に立つこととなる。それを、我らはともかく他者は郤氏に従ったと勘ぐるでしょう。私は未だ咎人として臼季に監察される身です。痛くも無い腹を探られるのではないでしょうか」

 郤缺の言葉はもっともだ、と欒枝は頷きながら、しかし大丈夫だと返した。

「大夫が郤氏に従った、とは思われぬ一族だ。頼んできた者は本当に戦が上手くないのだが、弟が上手い。ただ、弟の手前、頂いた下軍大夫の地位を外れたくもなく、弟に任せたくもないのだろう。そして、この地位は彼にとって腰掛けのようなもの。血筋もあって、彼は臼季の後を追う。司空となる」

「……氏ですか」

 内乱の前に政治から一切の身を引いた、しかし重耳の父である献公の右腕として、一時代を築いた司空の一族である。戦の上手い弟というのは、若くして重耳の車右をしていた、士会しかいという末子であろう。ということは、欒枝を通し郤缺に頼んできたのは長男の士縠しこくというわけである。

「まあ、士氏が我ら郤氏の下風に立ったなど、申すものはおりますまい。士氏が我らをうまく使ったとされるでしょうな」

 郤缺の少しうんざりした声に、欒枝がくつくつと笑った。

「その方が、つまり目立たぬほうが自在に動きやすいものよ。それに士氏は司空の出自であるのだ、遠い将来、汝には都合が良いかも知れぬ、が。正直この士伯しはく、真面目であるが平凡でおもしろみが無い。それより、無官の弟が面白い。君公の車右であったが目端が利く。しかし小才でない器を見た。これが今、車右の務めも終わり、無為の時間を過ごしていると言う。兄がもてあましているのであれば、汝が客卿にするか、手勢にしてしまえばよい」

 いたずらを思いついたように言う欒枝は本気では無い、それが見て取れる。が、言外にある本音の焚きつけは、郤缺に強く響いた。

 ――士氏は腰掛けのように下軍大夫をやらされている、それを名実ともに士氏に感謝されながら乗っ取ってやれ

 とんでもないことを言う御仁だと、郤缺は呆れた。

「貴方は誰彼にもこのようなことをしているのですか」

 少し目をそらして言った。欒枝がこのように人に恩を着せ、閥を伸ばしているのであれば、評価を変えねばならぬ。佞臣ではないが、貞節という言葉はふさわしくない。理どころか利の男と言え、あまり褒められたものではなかった。

「いやいや。汝が初めてだ、郤主。これからが、重要な話だ」

 郤缺はいぶかしさを含んだ顔で、欒枝を見た。そこには、目元に深い皺を寄せ、柔らかに優しそうな微笑を浮かべる壮年の男がいる。そうだ、父よりいくつか、年下だと思った、その男が、品良く微笑んでいる。

「私は私の所領はもちろん護る。祖も祀る。それはそれとして、私を頼ってきた氏族は、もう手に余ってきた。私も年だからね。君公への忠義が強すぎる者に渡せぬ彼らを、汝が面倒をみてやってくれ。息子にはこのような血腥ちなまぐさいものを譲りたくない」

「そんな、無茶な、傲岸な! 彼らは私を疎んじているでしょう! あと血腥いから息子に譲りたくないなど、なんたる過保護ですか!!」

 郤缺は心の底から一気に叫んだ。それらの氏族どもは、郤氏を怨んでいるであろう。欒氏だからついてきたそれを、引き受けろとは何事であろうか。息子に押しつけるのが本筋であろう。

「そのような答えを出す汝だから、私は任せたいのだ。まあ、今すぐ全てでは無い、ゆっくりゆっくりだ。私は私の知る国の全てを、君公と道行きを同じくしたことだけで忠臣づらしている者どもに渡したくない。内側にいた我らしか分からぬこともある。――まあ、趙子余はそれがわかって卿を固辞しているのであろう。彼の者は柔らかい眼差しで聡い。そして趙子余だけが君公を超えて晋を見ている。が、彼の者も私と年が近い。長く長く、晋を背負えまい」

 欒枝が少し遠い目をした。己らが死したあとを見ているかおであった。欒枝は、現代人からすればまだ壮年なのであるが、当時からすれば老人と言って良い。

「ああ、あなたを継げということは、私は外から眺めろということですね」

 郤缺は、少し天を仰ぐような姿勢で言った。目の端で、欒枝がゆっくりと頷いた。また来ておくれ、久闊をわかちあいたいのだ、と、いけしゃあしゃあと言う欒枝に郤缺は頷いた。

 権勢ではなく、晋という国を卵を抱くように守れと言うのであれば、郤缺は覚悟を以て引き継ぐしかない。己の益にならぬ、己の所領も増えぬ、欒氏のような物持ちの道楽が行っていた面倒を無償でせねばならぬ。断れば即座に欒枝が郤缺を氏族ごと潰してくるのは目に見えているのである。

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