第5話

 あの日、姉は鴇と待ち合わせをしていたらしいから、数ある要因のうちの一つではあるのかもしれない。でも、誰も雷があの樫の木を直撃するなんてわからなかった。姉だって馬鹿じゃない。木の下で雨を凌いでいたのだとしても、雷が鳴り続ければ、背の高いものから離れようとしたはずだ。おそらく、木に落雷したのは雷が発生した直後だったのだろう。

「鴇のせいじゃない」

「違う。俺のせいだ」

 鴇は泣きそうな顔をしていた。泣いているのかもしれなかった。

「お前、実幸さんが俺の彼女だったって思ってるんだろう。そんな訳あるか?向こうは高校生、こっちは中学生だぞ。本気にするわけないだろ。幸さんは相談にのってくれてただけだ。どうしたら碧井と仲良くなれるかって」

 僕は息を止めた。耳元で動悸がする。

「お前、中学に上がっても全然喋らなかっただろ。知り合ってから何年も経つのに、全然心開いてくれる感じもしなくて。そしたら実幸さん、「幸誠と友達になってくれるの?」とか言って張り切ってさ、「じゃあ、私と恋人ってことにして家に来なよ」って言ったんだ。年ごろなのにそんなことしていいのかって聞いたら、「部活一筋だから大丈夫」ってさ。まあ、お前に効果はなかったけど」

 何度か姉と鴇が一緒に家に帰って来たことがあった。そして居間でゲームをして、僕も誘われたが、当然面白くなく、無言で自室に閉じこもっていた。

「俺の勘違いじゃなければ、碧井、キスしただろう。あの時、俺がどんな気持ちだったかわかるか。お前に向けてた感情は、友達に向けるべきものじゃなかったんだって気づかされて。待ち合わせ場所に行ったら、実幸さんに打ち明けるつもりだったんだ」

 今度は本当に泣いていた。震える肩の上で雨粒が跳ねている。

「……なんだそれ」

 泥に塗れた背を地面から剥がすようにして、僕は身を起こした。

「くだらない遊びにお前の姉さん巻き込んで、本当にごめん」

「違う」

「違くないよ」

「違う。違う」

 話が本当なら、僕の所為ではないか。僕の頑なな態度が呼んだ事態ではないか。

「僕のせいだ」

「どうして」

 もっと素直に話していればよかった。他人とは違う接点を失ったとしても、鴇と話せて嬉しいと伝えればよかった。失恋するとわかっていても、鴇に好きだと言えばよかった。姉さんを殺したのは僕だ。

 それなのに、僕はこの男を離したくないのだ。

「わかってるのか。僕は本気で君が好きなんだ。僕に向けたその好意が、同情心だとか罪悪感だとかからくるものじゃないって、本当に言い切れるのか?姉さんに誓って、言えるのか?」

 鴇は僕の目を見た。笑うと優しい感じのする目が、何か伝えたそうにして、濡れていた。

「好きだ」

 手を伸ばして、背中を抱き寄せる。シャツ越しに触れた、水浸しの肌が、腕が、唇が、じわりと体温を滲ませた。鴇はもう一度そっと、「好きだ」と囁いた。僕は口づけで答える。涙と雨の味がする。重く垂れこめた雲の合間を、閃光の龍が駆け上がっていった。

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龍を放す 絵空こそら @hiidurutokorono

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