第4話
鴇は目を見開いていて、でも僕を押しのけようとはしなかった。唇を離すと、堰き止められていた息が漏れだす。彼の濡れた髪からぽたぽたと雫が降っては、肌を滑っていく。
「どうして来た?」
と、僕は聞いた。でも理由はわかっていた。
僕は姉が羨ましかった。ときどきしか起こらない気象なんかに頼らず、彼と話せる姉が。ロマンチックな悲劇によって、彼の永遠になった姉が。だから彼が来なくても構わなかった。でも、彼はそうしないだろうということもわかっていた。恋人とその弟、どちらも落雷で失ったら悲しいだろうから。
「……馬鹿野郎」
鴇は本気で怒っているような声を出した。
「答えになってないよ」
「お前は狡い、馬鹿野郎だ」
「よくわかってる」
「こんな手段使うな。言いたいことがあるなら、雷なんかに頼らないで言えよ」
僕は少し笑った。言えたらよかった。人気者の鴇。姉の恋人の鴇。僕から見た鴇がどんなに綺麗だったか。
「……姉さんが死んだって聞いた時、僕が一番最初に考えたことは何だったと思う?」
鴇は答えなかった。風と雨の音がいっそう烈しくなり、聞こえなかったのかもしれないと思った。
「もう雷が鳴っても鴇は来てくれないだろうってこと」
あの日。姉が亡くなる少し前。僕は鴇にキスをした。折り畳み傘が開かなくて苦戦していた彼は両手を傘の柄に掛けたまま呆然としていた。僕自身なぜ自分がそんなことをしでかしたのかまるで理解できず、居たたまれなくなって駆け去った。嫌われたと思った。もう稲妻を見ても僕に報告しに走ってくることはないかもしれない。でも、何事もなかったように来てくれるのかもしれない。そして後者の可能性は潰れた。姉が死んでしまったのだから。
「最初は鬱陶しかったけど、君が来てくれると嬉しかった。君と僕だけの接点があることが嬉しかった」
雲間に稲妻が閃く。龍の鳴き声がする。こんな気象、本当はとうの昔に飽きていた。でも、彼との繋がりを失いたくなくて、必死に興味があるふりをしていた。
「好きだよ、鴇」
これで本当におしまいのような気がした。わかっていた。いくら気を引いて、彼が気持ちに応えてくれたとしても、それは同情心に他ならない。
死のうとしたわけじゃない。でも、どうすればいいのかわからなかった。矛盾している。彼が欲しい。放っておいてほしい。見つけてほしい。助けてほしい。
鴇は長いこと黙っていた。そして身を正してから、
「碧井に謝らなきゃいけないことがある」
と言った。
「実幸さんが死んだのは俺のせいだ」
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