救済

 

救済

 真夜中、住宅街を歩いていた。ある家の前を通りかかった時、5歳くらいの女の子が門越しに話しかけてきた。


「お姉さん、助けて。お父さんとお母さんが家の中に入れてくれないの」


私は、スマホのライトを付け、女の子をまじまじと観察した。真冬にも関わらず、女の子は下着しか身につけていなかった。そして、体には多くの痣があった。きっと虐待されているのだろう。可哀想だなと私は思った。


「ドアをノックしてもチャイムを鳴らしても開けてくれないの。私、どうしたらいい?」


 女の子は涙ながらに私にそう訴えた。


 私は、女の子の家をライトで照らした。ベランダに赤色の灯油タンクが3つ置かれているのが見えた。それを見ると、私はあることを思いついた。そして、女の子に話しかけた。


「あそこに赤い灯油タンクがあるでしょう。あの中に入ってる液体を家の周りに撒くの。あ、玄関の前にはたっぷり撒いてね」


「うん、わかった。そのあとは、どうすればいいの?」


「そのあとは、これ」


 私は、スマホのライトを消すと、ポケットからライターを取り出し、火をつけて見せた。


「ライターに火をつけて、撒いた液体に近づけるの。そうすれば、君のお父さんとお母さんは絶対に家から出て来てくれるよ」


 そう言うと、私は女の子にライターを渡した。


「ほんとに?」


 女の子が不安げに私を見ながら訊ねた。


「大丈夫。私を信じて」






「ってことがあったんだ。けっこう前の話だけどね」


「可哀想。女の子はどうなったの?火事に巻き込まれて死んじゃったの?」


「いや、火事なんて起こっていないよ。だって、灯油にライターの火を近づけたところでそう簡単には引火しないもん」


「じゃあ、女の子はどうなったの?」


「近所の人があの家が灯油くさいって警察に通報して虐待が発覚。女の子以外にも子どもがいたらしいけど、殺されて床下に埋められていたんだって。それで、両親は二人とも逮捕されて、女の子は児童養護施設行き。これはまさしくハッピーエンドだね」


「どうだか。本当は女の子を殺人犯に仕立て上げることがあなたの目的だったんじゃないの?」


「まさか、私がいたいけな少女にそんなことするわけないでしょ」


「ふっ、白々しい。いつも変なことばかり考えてるあんたが人助けなんてするわけない。わざとらしい嘘はもうやめたら?」


「バレてた?確かに、別に助けるつもりはなかったよ。あの家族みんな死ねばいいと思ってやったの。でも、灯油は失敗だったなぁ」


「それは、女の子も含めて?」


「そうだよ。だって、虐待された子は、自分の子にも虐待をする可能性がある。そんな子は、早く殺さないと連鎖は止まらない」


「あの子は被害者なのに?」


「でも、あの子が虐待をする可能性が1%でもあるとしたら、生きてちゃいけないんだよ」


「被害者は救済されるべきよ。どうして、あなたがあの子の未来を勝手に決めつけるの」


「でも、死んでも救済されるじゃん。それに、これから抱えていくであろう辛い過去のトラウマから解放されるし。あの時に死ぬことがあの子にとっての最善策だったと私は思うけどなぁ」

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救済   @hanashiro_himeka

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