第7怪 【呪いの成就】 後編

「突然すみません。オレ達人を探していて、この家に邦夫さんと智子さんっていう人はいますか?」


「智子は私で、父の名前が邦夫だけど……」


 私達はまさかの本人の登場に驚きを隠せなかった。そこで、顔を見合わせていると、苛立たしそうに舌打ちされた。


「なんの用なの!? 早く要件をいいなさいよ。悪戯なら学校に通報してやるから」


「その、実はオレ達、C区域の廃墟で──」


 そんな風に脅されては、私達は正直に話さずにはいられなかった。廃墟で私達が名前を見つけたというと、彼女は顔を真っ青にして震え出した。そして、絞り出す様な声でポツリと呟く。


「やっぱり優香のせいなの……?」


「ユウカ?」


「な、なんでもない! もう迷惑だから帰って!」


 私が聞き返すと、彼女は慌てた様子でいきなりバタンッと玄関を閉めてしまった。それ以上話は聞けそうもないため、仕方なく自転車に乗ってその場を離れようとしていると、突然とクラクションを鳴らされた。道路側を見ると、兄がバイクに乗っていた。


「お前らこんなとこでなにしてんの?」


「ちょっと事情があって人を探しに来たんだ。その人はもう見つかったんだけど、なんか変なことになって」


「これから喫茶店に行くから、そこで詳しく話してみろ。お前らも一緒に来いよ、奢ってやるぞ」


「やったーっ」


「お兄さん、ありがとうございます!」


 喜ぶ二人に挟まれて、私はほぼ強制的に喫茶店に入ることになった。


 そこは兄のバイト先で、私も何度か来たことがある。マスターとも顔見知りのため、軽く挨拶してから、兄が選んだ奥の席に座った。二人が正面に座ると、お冷を運んできた大学生の柴田さんが苦笑しながら不良学生である私達をたしなめる。


「昼間からあんまり堂々とサボるなよ」


「今日はたまたまっス。それより先輩も聞きませんか? こいつら普段はこの辺には足を伸ばさないのに、今回は人探しでわざわざ自転車で来たっていうんですよ。」


「人探しなんて、どうしたんだ?」


「実は──……」


 私達は廃墟に肝試しに行って、鳥居が描かれていた不気味なものを見つけたことや、そこに名前が彫られていたこと、そして名前の持ち主に辿り着いたことまで今まで起きたことを説明していった。


「智子さんに同じことを伝えたら、『ユウカのせいなの?』って言ったんです」


「ん? ……智子って、もしかして切谷智子のことか?」


「えっ、柴田さん、知り合いなんですか?」


「同級生なんだ。といっても、クラスが違うから直接的な関わりはないんだけど」


「そうだったんですか。じゃあ、その人について噂とかは知りませんか? 変な反応をされたから気になってるんです」 


 柴田さんは言いよどむように数泊の間を置いて、再び口を開いた。


「あのさ、変なことを言うようだけど、ここに廃墟で見た不気味な絵ってのを書いてくれないかな? 一応、名前の部分は〇〇って空白にして」


「えっと、はい、わかりました」


 真剣な顔をしてそう言われたので、私は差し出されたボールペンとナプキンを使って、あの夜に見たままを書いていった。


「こんな感じであってるよな?」


「うん、まさにこれ」


「間違いない。オレもはっきり覚えてる」


 二人の同意をもらって、私は描きあげたものを柴田さんに手渡す。すると、兄さんが横から覗き込んで、不思議そうな顔をする。


「コックリさんとどことなく似てる気がするな」


「ああ、それだ! さっき話を聞いていて、なんか引っかかったんだよな。ってことは、これは交霊術の一種なのかも。みんな、ちょっと待ってて」


 柴田さんはますます難しい表情をして足早に奥に引っ込んでいく。そして、すぐにオーナーの奥さんを連れて戻ってきた。ふくよかな奥さんはいつも朗らかな表情をしていることが多いのに、その時は見たことのないような怖い顔をしていた。


「あんた達、これを自分達が遊び半分に描いたりしてないわね?」


「し、してないです! なぁ、お前達もしてないよな?」


「うん、描いてないよ」


「オレも。なんか嫌な感じがしたし」


「こっくりさんもそうだけど、こういうものは絶対に関わっちゃダメよ。千回やっても大した問題にならない人の方が大半だけど、その中のほんの一握りの人間には実際に取り返しのつかないことが起きてしまうこともあるの。これも、コックリさんみたいに、なにかを呼び出すものなんだけど、依り代も書かれてるから同時に人を呪ってもいるものだと思うわ」


「どういうことですか?」


「なにかを招いて、四方の逆さ鳥居でそれを留まらせる。そして、墓石には害したい人間の名前を書いているわ。人型の絵の中に書かれた名前はね、これを行った人の身代りにしたみたい。つまり、自分ではなく名前の人物が墓石に書かれた人間を呪う形にしたのね」


 奥さんの話を聞いて、目を丸くした私達に柴田さんが声を濁らせる。


「奥さんはこういうこと詳しい人なんだ。それに、オレには切谷智子が呪いをかけられた原因に心当たりがある。今から七年くらい前の話だけど、オレが中学二年の時に隣のクラスで松田優香って子が五人の男女にいじめにあっていたんだ。髪を切ったり、暴言を吐いたりとずいぶんと酷いことをしていたらしい」


「もしかして、そのいじめをしていたのが智子さん……?」


「うん、そうだよ。でも、ある時にそのいじめが行き過ぎて、松田さんが足を折る大けがをした。それで耐えられなくなったんだろうな。親御さんに全部話したらしい。当然だが、親御さんは激怒した。教室に乗り込んできてな、そいつらを怒鳴りつけたんだよ。で、いじめが発覚して大問題になったわけだ」


「そっか! 自分が恨まれている自覚があるから、その女はすぐにユウカさんの名前を言ったんスね?」


「たぶんな。学校でどういう話し合いがされたかはわからないが、松田さんはひっそりと転校していったよ。だが、それからすぐに、いじめの加害者達に立て続けに変なことが起こってな。……ある奴は、いきなりお母さんが家に幽霊が出るって大騒ぎしてノイローゼで入院した。他にも、祖父が事故で半身不随になったり、妹が溺れて寝たきりになった子もいる。家が火事で燃えた奴が出たってのも聞いたな。火元が水場なんて普通なら考えられないだろ?」


「智子さんの父親はどうなったんですか?」


「なんの前兆もなかったのに、いきなり様子がおかしくなってな、そんな年でもないのに痴呆症になったって話だ。オレの親が深夜に徘徊してるのを何度か見かけてるよ」


「でも、どれもこれも偶然といえば偶然で片付けられそうな話っスよね?」


「否定はしないよ。だけど、あまりにも不思議だろ? 気味が悪くて、オレ達の代じゃ誰も話したがらないんだ。でも、絵があったってことは、松田さんは切谷達に廃墟に閉じ込めたのかもしれないな。そこから出ようとした時に、足を折るような怪我をした、そう考えると全部繋がるよ」


「あんなところにたった一人で閉じ込められたとしたら……オレでも恨むと思います」


「爪でひっかいたように描かれていたし、きっとその時間は途方もなく長かったはずだよね……」


「オレ達なんて三人で行っても怖かったのに」


 廃墟にひとりぼっちで取り残された女の子を想像する。


 だんだん暗くなっていく中で、恐ろしさは増していく。泣いても誰も助けにきてくれない。彼女はやがて爪が割れるのも構わずに恨みを込めてガリガリと絵を描いてゆくのだ。自分を閉じ込めた加害者達を呪いながら。


「私の直感が絶対にあってるとは断言できないけど、たぶん呪いを作ったのはその被害者の子じゃないと思うわ。こんな呪い方を普通の中学生が知っているとは思えないから、誰かに教えてもらったんじゃないかしら?」


「いったい誰がそんなことを教えたんでしょう」


「そこまではわからない。ただ、相手はその子のことを守りたかったのでしょうね。だから、人を間接的に呪う方法を教えたのだと思うわ。だって、この方法ならその子にはなんの被害も出ないから」


「呪われたやつらは今後どうなるんスか?」


「さぁ……ただ、いじめていた子達は死ぬまでその報いを受け続けるでしょうね」


 


 その日の夜、私はどうしても喉元まで込み上げる疑問を飲み込めなくて、思い切ってベッドで雑誌を読んでいた兄に話しかけた。


「兄ちゃん、優香さんに呪いを教えたのは誰だと思う……?」


「……お前さ、例の絵の気持ち悪さに気づいたか? 墓にいじめた奴の名前を書けば不幸になるって話なのに、優香って人は加害者をあえて自分の身代わりにしてるよな。それって『お前のせいで不幸になる身内を見ながら、死にたくなるほど苦しめ』って意味に思えないか?」


 兄の言葉に、すぅっと血の気が引いた。人が持つ恨みの恐ろしさに触れた気がしたのだ。




 これが私の人生を大きく変えた出来事である。その後、私達兄弟と友人二人は周囲が驚くほど生活態度を改めた。


 真面目に授業を受け、親にもこれまでの行いを謝り、周囲の人間にも積極的に協力するようになった。


 あれから時は過ぎ、私は今年で六十一歳になる。今でも二人の友人とは将棋を指す仲で、日常生活では孫まで生まれて平和で幸せな日々をかみしめている。しかし、どんな幸福の中でも、私達があの出来事を完全に忘れることはないだろう。


 なぜかって? 


 あの場にいた者達は、見たのだ。奥さんの目が愉快そうに歪んだのを。

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【短編集】語り手怪談──今日も誰かに起きている── 天川 七 @1348437

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