第7怪 【呪いの成就】 前編
『相手の破滅を願うような根深い恨み』そんなどす黒い憎悪を人が抱いた時、その気持ちは時間の経過と共に薄れて消えてゆくものなのだろうか?
これは、私の人生を変えた出来事である。
1977年の初夏、私は当時十五歳の中学生で、その頃は三つ上の兄の影響もあり学校では不良仲間やガラの悪い先輩とつるむようなワルぶった子供であった。
小学生の頃から学校での素行は悪く、授業など真面目に受けたこともない。生徒指導の先生に呼び出されたことは数知れず。母にもずいぶんと迷惑をかけた。
母は物静かな人で、私達兄弟が問題を起こす度に周囲にふかぶかと頭を下げたものだ。我ながら情けない限りだが、そんな姿に思春期の苛立ちが勝り、私はそっぽを向いて会話もろくにしなくなっていた。
父の職業は大工で、ゲンコツが得意な男だった。今なら問題になるだろうが、当時は親のしつけで子供がゲンコツを食らうこともよくあることで、兄弟で反抗期を迎えてからは私も殴り返すようになった。しかし、まだ十五歳。私が力負けすることも多く、そうすると兄が守ってくれた。父親に飛びかかって殴り返してくれる兄は、私の憧れだった。
その頃、中学で流行っていたことがある。オカルトブームの到来によるこっくりさんだ。私も誘われて、放課後の学校に残ってはこっくりさんをやったり、怖い話でもりあがったりと、面白おかしくそのスリルを楽しんでいた。
しかし、ブームがくれば問題も起こるもので、学校全体であまりにもオカルトが流行ってしまい、全体朝礼で校長先生が怖い話やこっくりさんの禁止を伝える事態になった。
禁止されると反抗心が顔を出す年頃だ。私はもっと派手なことをしてやろうと、その日の深夜にさっそく友人の佐竹と宮原を誘って近くの廃墟へ肝試しに行くことにした。
そこは宮原の家から近い場所にある廃墟で、二階建ての一軒家だった。周囲には普通の家が立ち並んでいる中で、一つだけ異質な雰囲気がある。
自宅の前には錆びたバイクが置かれていて、一階の出窓には破れたカーテンが引っかかっていた。懐中電灯で外観を照らしているだけでも、おかしな圧迫感がある。
「へぇ~っ、雰囲気だけはあるな」
「お化け屋敷みてぇ。わくわくするぜ」
「じゃあ行こうぜ! 先輩に聞いたら玄関のカギが壊れていて、そのまま入れるらしいぞ」
三人して虚勢を張り合い、私は気持ち悪いものを感じながらも玄関のドアノブに手をかけた。そっと押すだけでドアが開く。じっとりしたほこり臭い空気が流れてくる中を、私達は肩で風を切るように家の中へと入っていった。
玄関から先の廊下や壁は荒れ果てた様子だった。木の床には複数の来訪者の靴跡が残り、壁は落書きだらけ。上からつるされた電灯も傾いている。廊下を真っ直ぐいくと右側に部屋があるようだ。倒れているガラス張りのドアを踏みつけながら、中を覗くとそこはリビングのようで、ボロボロのソファに和室の襖が見えた。
驚いたことに、部屋の中には異様なほど物が残っている。小学校低学年くらいだろう子供の服に、女性の口紅や靴、男物のネクタイにタバコの受け皿など、さまざまなものがある。キッチン近くのテーブルには開きっぱなしで卒業アルバムが置いてあった。
「……気持ち悪い家だな」
オレが感じたままに呟くと、佐竹がなにかに気づいた様子で指を差す。
「見ろよ、ソファの上にでかいクマのぬいぐるみまであるし、テレビも残ってる。どうしてこんなに物が多いんだ? なんかおかしくねぇ?」
「ああ、お前達は知らなかったっけ? この家は夜逃げしたって噂があるんだよ。なんでもこの家を建てる前にあった家で火事が起きて男の子が亡くなってるんだってさ。それで、新しくこの家を建てたはいいけど、引っ越してきてすぐからその子の幽霊が出るようになったらしくて、耐えられずに逃げ出したんだ。それ以来、廃墟って話だよ。時々、肝試しにきた奴らが子供の幽霊を見るって聞いたけど、今のところそんな気配はないね~」
でかいクマのぬいぐるみの頭を軽く叩いて、ホコリをまき散らせながら宮原が笑う。しかし、いくら余裕を装っていても強張った表情は隠しきれない。話を聞いたせいか、なんだか息苦しさを覚えた。私は早く家に帰りたいのを我慢して、襖が続く部屋に足を進める。
ガタついてボロボロの襖を開くと、中は和室で開け放たれたままの箪笥と仏壇がそのまま残されていた。
「うわっ、仏壇まで残ってる」
「そこは止めとこうぜ」
「なんだ、二人とも怖いのか? ビビりだな。オレが行ってやるよ」
止めておけばいいものを、私は怖がっていると思われたくなくて、先陣を切るように畳を踏んだ。長い年月で腐っていたのだろう、足をとられながら沈み沈みどうにか前に進むと、閉ざされた仏壇を思い切り開く。そこには、なにもなかった。
内心ほっとしてかかとを返すと、私はふざけ半分に笑いながら二人を振り向こうとした。
バンッ
その瞬間、なにかが破裂するような音がした。反射的に音の方に振り向くと、襖近くでひっくり返ったちゃぶ台に視線が引きつけられる。その下になにかが挟まっていたのだ。よくよく見れば、それは絵本だ。なぜそんなことをしたのか、今でもわからないが、なんとなく気になって、私はちゃぶ台の足を持ち上げた。
すると、ちゃぶ台の表面になにか彫られていることに気づく。上下を逆さにしてみると、鳥肌が立つほど気味の悪いものが書かれていた。
思わず後ずされば、興味をもったのか二人が寄ってくる。
「なにしてんだよ? なんか見つけたのか?」
「いや、このちゃぶ台に変なものが書かれてるんだ」
「うわぁ……なんだこりゃあ、気持ち悪い」
私達は三人で輪になって薄暗い廃墟の中で懐中電灯を照らしながら、ちゃぶ台を照らした。
ちゃぶ台の隅に逆さ斜めに鳥居が四つ。その下には墓のようなマークが記されており、見知らぬ男の名前が墓石部分に書かれている。そして、墓の右隣には人形を模したものがあり、そこにも女の名前があった。
さらに恐ろしいのは、それには血が滴って飛び散ったように、黒いしみがところどころにあり、細い傷を執念深く重ねて描かれているのだ。まるで爪で掻きむしって作られているようにも見える。
私は喉が詰まるような違和感を覚えながら、二つの名前を読み上げる。
「
「聞いたことないな。ここに住んでいた人じゃないの?」
「それなら子供の名前がないのはおかしいだろ。肝試しにきた奴が悪戯で書いたんじゃないのか?」
「なるほど。他に来た奴を怖がらせようとしたんだな、きっと!」
「……たぶん違う。なにか道具を使ってこんなものを書いたとしても、完成までには何時間もかかるはずだ。そんな手の込んだ悪戯を普通はしようとは思わないだろ?」
私の言葉に二人は黙りこんだ。本当は言わずともわかっていたのだろう。みんなが口を噤むと、廃墟の圧迫感が増したように思えた。気まずさを誤魔化すようにちゃぶ台を元の状態に戻すと、宮原が唐突に目をこする。
「ふぁ~あ、オレもう眠いわ」
「そ、そうだな。夜も遅いしさ、二階はやめて帰ろうか」
「家を出たら解散な。明日また話そう」
わざとらしく大欠伸をする宮原に乗っかり、私達は揃って帰ることに決めたのだ。こうして、私たちは肝試しを終えたのである。
家を出ると、なにもなかったという安堵感から、すっかり解放された気でいた。しかし、この夜の肝試しが発端となり、私達は後に恐ろしい事実を見つけ出してしまう。
翌日、私はいつものように空っぽの鞄を持って学校へ向かった。遅刻ギリギリで京室に入ると、すでに来ていた佐竹と宮原がぱっと視線を向けてくる。
指で下を指す佐竹に頷いて、私は鞄を机に引っかけて三人で教室を出た。行き先は当時、私達のたまり場になっていた一階の階段裏である。授業中も教師に見つかりにくい場所なのでよく使っていた。
階段裏につくとさっそく二人が話し出した。
「昨日のことなんだけど、オレ気になってあの後に名前を調べてみたんだ」
「調べたって、どうやってだ?」
「電話帳だよ。あの名前が夫婦のものなら、夫の名前が電話帳に載っているかもしれないと思ってさ。いや~大変だったわ」
「夜中にそんなことしてたなんて、笑っちまうけどな」
「で、どうだったんだ?」
「それが大当たり! 住所は町内だったから、給食食べたら学校を抜け出してその家に行ってみようぜ」
「面白そうだな」
私はその時、夏で日も長いし夜ほど怖いことにはならないだろうと思い、簡単に返事を返した。そうして、私達は午後になると学校を抜け出して、自転車でその家の住所に向かったのである。
その家は道路通りに建つ普通の一軒家で、表札には確かに切谷とあった。裏に回れば女物の衣服が干されており、私は拍子抜けする。
あの廃墟の不気味な落書きを見て、てっきり亡くなっているものと思っていたのだ。それは二人も同じだったようで、がっかりしたように顔を歪めている。
「せっかくこんなとこまで来たのに、なんにも収穫なしか~」
「つまんないよな。チャイム鳴らしてみるか? 本人に聞いてみりゃいいじゃん」
「なんて聞くんだよ?」
「そこはボカせばいいだろ。ほら、いくぞ」
佐竹はオレが止めるのも聞かずに、チャイムを鳴らした。ピンポーンという甲高い音の後に玄関がガチャリと開く。その素早い反応にオレ達がびっくりしていると、中から顔色の悪い二十代前半くらいの若い女性が出てきた。目を鋭くてきつい印象の人だ。
「あんたたち誰?」
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